153.あなたとダンスを
週末書けなかった欲が大暴走中
「…喜んで」
しまった。嬉しさのあまり顔がへにゃってなってしまった。
なぜかまたざわり、とどよめきが起きてレイを見ると。あからさまにその目は怒っていて。
―――!?
「その笑顔、俺以外の前で禁止」
こそっと私にしか聞こえないような声で言う。うう、もう、なにその独占欲。きゅんきゅんする…。
アースやカール、ヘイリーにもお相手が決まったのだろう。やがてゆっくりと音楽が始まった。
レイが私の腰に手を回して、ゆっくりとステップを開始する。とっても安定する。すごく踊りやすいわ。踊りやすい…のだけれど。
…この音楽にレイのこのリードって…
「ね、ねぇ、レイ。これって結構密着するダンス…よね?」
「うん、俺がリクエストした。堂々といちゃつけるかなって」
「またあなたはそういう…」
ふはっとレイが笑う。あ、だめ。
「レイ、その笑顔、この場では封印。他の人に見られたくないわ」
くるくるとレイの腕の中で回りながら私は拗ねてみせる。
「じゃあサラもさっきの笑顔、禁止ね?」
「はい。レイもね?」
「勿論ですとも。俺の愛しい人」
「約束ですよ、私の愛しい人」
息がかかる距離まで顔が近づく。このまま口づけでもしそうなほど密着するけど、ま、公の場ですもの。それは無しです。
「サラ、上手だねぇ」
私を器用にリードしながらレイが言ってくるけど、
「それはこっちのセリフだわ。あなたとのダンス、とても踊りやすい」
「本当?それは光栄だな」
「ええ。本当に上手。…想像するととってもいや。この後、他の令嬢とも踊るんでしょう?」
くるり、とレイの手によって体が回され、再び反動を付けてレイの正面に戻される。そのたくましい腕が私を抱き締めるように背中に回ってきた。
「嫉妬してくれてるの?」
「してるわ。とってもしてる。目移りしちゃ、嫌よ?」
ダンスにかこつけて、レイの手をぎゅっと握る。レイの頬にほんの少し赤みが差した。
「本当は、このままダンスパーティー終わるまでサラだけと踊っていたい」
「私も」
「誓うよ。他の令嬢なんか目に入らない。今日だって最初からサラしか見てない。俺の贈ったドレスめちゃくちゃ似合ってる。すごく可愛い。これ以上惹きつけられることなんてないって思っていたのにまた一瞬で心を奪われた」
レイの嘘のない正直な言葉にほっとすると同時にとても照れてしまう。
「本当に…可愛い?」
「可愛いし、綺麗だ。正直ほかの男に見せたくもない」
曲が終盤に向かうにつれて、動きは緩やかになる。ぴたりと体をくっつけて揺れるだけのダンスをレイが始めたのでそれに合わせて私も揺れる。
「めちゃくちゃダンス申し込まれてたよね?」
レイが言って私は頷く。
「ええ、でも、たぶん珍しさからよ。王子に婚約破棄されて国外追放になっていた令嬢と踊ればお茶うけの話くらいにはなるもの」
「…そう思ってんなら、そのままでいっか…」
「ん?何か言った?」
レイが私に向かって笑ってなんでも?と誤魔化す。
「そのまま危機感だけは忘れないでね?…どうしようもなくて踊らなきゃいけなくなっても全身から嫌だオーラを出すんだよ?」
嫌だオーラってなによ。思わず笑ってしまう。だけど、そこは恋人の言うことですもの。私は素直に頷く。
曲が更にゆっくりとなる。ああ嫌だわ。もうそろそろ終わってしまうと思ったらレイも同じことを思っていたみたいで。
「ああ、やだなぁ。終わっちゃう。このあと二人と踊るのが面倒くさい」
「同じ曲目と振り付け?」
「まさか!!!体が密着しないようなダンスにするよ。曲目も一番短いワルツを少しテンポを上げてもらって演奏するようにお願いしてる」
「け、結構用意周到ね」
そこまで全力拒否。
「あからさまにサラと差をつけるから、俺の本命がサラってバレバレになるんだろうなぁ」
「困ったことにならない?貴族間の諍い的な…」
「全然。とりあえず他の令嬢とも踊っておけば、どうにでも逃げられるからね」
レイがめっちゃいい笑顔で言ってくる。
やがて、曲が静かに終わった。
「…離れがたいなぁ」
「…私も」
お互いにお互いにしか聞こえないほどの距離で私たちは愛を囁き合った。
「愛してる。サラ」
「私も…愛してるわ、レイ」
じっと、熱の籠った目で見つめ合いながらゆっくりと私たちは体を離して手を離し、完全に離れた。
「私をあなたのような美しい女性と最初に踊れた幸運な男にしてくださり、ありがとうございました。…良い夜を」
レイが皆に聞こえるように声を出したのちに手を取ってそっと口づけを送ってくれた。
「王弟殿下に手を取っていただき、こちらこそ素晴らしいひと時を頂戴いたしました。王弟殿下も、どうぞ良い夜を」
最後にもう一回見つめ合ってから、レイは私から離れていった。ふう、と息を吐いているとお兄さまが近寄ってきてくれる。
「いやー見せつけたなぁサラとレイ。すごかった。皆の視線釘付け」
「えっ!?そうだった??」
「ああ、見ていてこっちが恥ずかしくなるくらい。まぁ、あれだけ難易度の高いステップを軽々と、しかもあんな絵になる仕方で踊ったんだ。いい虫よけにはなると思うよ。…レイも人が悪いなぁ」
くっくっくとお兄さまが楽しそうに笑う。
「虫よけ?」
「あれだけの高難度のダンスを見せつけられた後に、しょぼいダンスはできないだろ?」
「…高難度だったかしら?」
「ま、サラは一回教えられれば覚えるけど。普通の人間は難しいかな。それをリードできるレイも、やっぱり本物の王族なんだと思うよ。さて、何かジュースでも飲む?」
「ええ、喉乾いたわ。オレンジジュースがいいな」
「お願いしようか」
「ええ」
お兄さまと腕を組んで飲み物を持ってきてもらえるように給仕にお願いする。
瞬間、遠くの方で他の令嬢に膝を折っているレイが見えて、私は思わず目を逸らした。チク、と胸が痛む。そんな私を見て、お兄さまが優しく頭を撫でてくれた。うん、大丈夫よ。
やがて第二部二曲目のワルツが始まる。うん、確かにこれめちゃくちゃ短い曲だわ。さっきのレイの言葉を思い出して思わず笑ってしまう。
給仕からジュースを受け取り、喉に流し入れる。こういうときごくごくと飲めないのが貴族の面倒くさいところね、と思うわ。
「…おいしかった」
ゆっくり時間をかけてジュースを飲んで、皆が踊るさまを見ていた。レイの方を見たいけど、見たくないような。…いいえ、違うわ。やっぱり見たくない一択だわ。
やがて二曲目が終わり、三曲目に入る前の間奏が流れる。相手探しの時間だ。
「さ、サラ・ヘンリクセン令嬢殿…!!ぜひ私と一曲!」
「いや、ぜひ私とも!!」
また男性陣が声を掛けてくる。お兄さまが「ちょっと妹は一曲目で疲れて…」などと対応してくれている。あれ?虫よけ効果薄くない?そんなことを心の中で笑いながら思っていたら。私にダンスの申し込みをしていた男性たちがさぁっと引いていく。
ど、どうしたのかしら?お兄さまよっぽどひどいこと言ったのかしら?
そんな呑気なことを考えている私の前に彼が現れた。
「サラ、私と一曲踊ってくれないか?」
私は目を疑った。お兄さまもその美しい瞳を零さんばかりに目を丸くしている。だってそこには…
「アース、様?」
私に向かって跪いて手を差し出し、じっとそのレイと同じ蒼い目で私を見るアースの姿があったから。




