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149.きちんと自分たちの口から

「ああ、いけない。もう日が沈んじゃうな…」


 隣に座っていたレイがぽつ、と言う。

 楽しい楽しい晩餐会はあっという間に時間が過ぎて行ってしまう。ブランドン様とエリザベート様。そして私たち四人。レイのことを知っている執事のケヴィン様。ペドロさん(ペドロ様って呼んでたら様は付けないでくれって念押しされたの)、他三人の使用人さんたちと同じ食卓を囲んで。カーサさんも一緒に食事をしたかったんだけど、料理長だからさすがにそれは難しかったみたい。

 使用人たちと食事。本来ならあり得ないことだけれど、お二人とも、もうそういう堅苦しいことは嫌だ、とおっしゃって皆で食事をとることにしたらしい。


「…父上、母上。改めてお話することがあります」

 レイが切り出した。食事はほぼ終わり、食後酒を皆で楽しんでいる最中のことだった。


「俺…いえ、私デイヴィス・イグレシアス。王族として復帰し、きちんと存在を公表します。発表は一週間後です。どうかその際には父上と母上にも参列をお願いしたく存じます」

 真剣なレイの表情にどき、と胸が高鳴る。真剣な表情カッコいいんだもの。


「うん。…レイが決めたことだ。反対はしないよ。もちろん、僕たちも参列させてもらうね」

「ええ。私もよ。ふふ、久々の公の場ね」

 穏やかにお二人が返す。もちろんエドワード陛下から連絡がいってたからご存じではあるんだけどね。

「名前はどうするんだい?レイモンドは捨てるの?」

 ブランドン様からの言葉にレイは首を横に振る。

「もうレイモンドとして生きてきたほうが長いから。それに姉君から賜った名前だし捨てられない。レイモンドも付けて公表するよ。っていうか…俺正式な名前めっちゃ長くなるんだよね…署名とか面倒くさいなって…レイモンド・デイヴィス・ペトラ・イグレシアス…」

 

 ぶっと噴出しそうになるのを必死でこらえる。そう、王族は初代女王であるペトラ様の名前をミドルネームに入れることになっている。私もレイと結婚したら、正式な名前はサラ・ペトラ・イグレシアスになる。簡易的な挨拶などや日常では省くことが多いけど、公式な署名や場ではフルネームを使わなければならない。


「あと…もう一つ。これはもう今更感もすごいけど。…サラ・ヘンリクセン令嬢。俺の世界一大事な人です」

 そう言ってレイは私を紹介する。ふふ、なんだかとてもこそばゆい。

「サラ・ヘンリクセンです。改めまして、よろしくお願いします」

 軽く頭を下げて会釈をする。そんな私たちを目の前のお二人が本当に嬉しそうに微笑ましそうに見てくれているのがとても嬉しい。


 ブランドン様が穏やかな口調で語りだした。

「…レイはね、小さい頃デイブって呼ばれていたんだ。愛くるしくて、素直で快活で。家族の中心にいた子だった。この子が笑うと皆が笑顔になって。でも、知っての通り、五歳から離れで過ごさなきゃならなくなった。…この子の命を守るためとはいえ、あの頃は我が家も光が急に消えたようだった。…シャロンも、自分の策が愚策だったのではないかと胃に穴が開くほど悩んでいたんだよ」

「…結果的にあの子の策は私の時には成し得なかった悠久の平和な時代を作り出したのだけどね。…でも、代わりにデイブの十六までの人生を犠牲にした。…だから私たち家族の願いは昔からたった一つ。彼が幸せになること。犠牲になった十六までの人生を忘れ去ることができるくらい、幸せになることなの。…でもね今のレイを見ていると、とても幸せそうなの。ね、ブランドン」


「うん、レイがまさか女の子の前であんな蕩けるような顔見せるとは思わなかった。…サラちゃん。レイを見つけてくれてありがとう。あんな幸せそうな顔をさせてくれてありがとう。選んでくれてありがとう。こちらこそ、これからもよろしくね」

「女王は楽な仕事じゃないけど、レイをじゃんじゃん頼りなさいね。臣下にイラって来たらレイをサンドバッグにしてもいいのよ」

「エリザベートじゃないんだから…」


 最後になんか不穏な会話が聞こえたけどそこはスルーして。


「見つけてもらったのは私です。…いつも穏やかに笑って優しく受け止めてくれて。時には叱ってくれて。いざというときにはとても頼りになって。愛情を惜しまずに注いでくれて。私のほうが幸せ貰ってるんです。私にとって最初で最後の愛する人です。…そんなレイを産んでくださって、育ててくださって…本当にありがとうございます」

 

 伝えようと思ってたこと。…自然と口から出てしまった。心の底から沸き起こる言葉だった。レイがこの世に誕生しなければ、レイがお二人のような素晴らしい人に育てられなければ、私は彼と出会うことは出来なかったから、絶対に。

 感謝以外の言葉が見つからない。


「あっはっは、レイ!真っ赤になってるよ。君、そんな顔するんだなぁ」

「あらあらあらまぁ、ご馳走様」

 お二人の目線に釣られてレイを見ると、真っ赤になっていて。しかもジト目で私を見てるんだけど…ん!?ど、どうして!?


「も…本当、勘弁してくださいこの無自覚ド天然!!!!」

「えええええ!!!???それあなたにだけは言われたくないわ!!!!」

「もう!両親に何愛する人とか恥ずかしいこと恥ずかしげもなく言ってるんですか!そういうとこですよ自重!」

「ちょちょちょっと待って!最初にご両親の前で俺の愛しい人とか平気で言ってたのはどこの誰よ!」

「俺ですよ!何度も言うけど愛しい人を愛しい人って言って何が悪いんですか!」

「それなら私だって愛する人を愛する人って言って何が悪いのよ!」

「悪いですよ!俺の両親の前で言います!?それ」

「棚上げやめてくれない!?言ってることめちゃくちゃ矛盾してるわよ!」

「わかってますよ!でも恥ずかしいんですよ!」

「わかってるんかい!」

「サラ様言葉遣い!!!」



「ねえねえエルグラント、マリア。ひょっとしてこの二人っていつもこんな感じ?」

「あー…そうですね。わりかし会うとこんな感じでいちゃついてますね」

「めちゃくちゃ似た者同士なんです。お互いに無自覚ド天然です。ってすみません…ご子息に向かって失礼なことを」

「いいのいいのマリア。本当この子一見しっかりしてるけど小さい頃からド天然なのよ。さ、私たちは痴話喧嘩つまみにお酒飲みましょう。ああでも日を跨がないように帰らなきゃいけないなんてつまらないわ。ねえ、お泊りしていけないの?私ヘンリクセン家に書状早馬で出してもいいわよ?」

「レイが決めることですが。一応ヘンリクセン公爵に日を跨がないように帰ると約束していましたから」

「あらあら。それならこの痴話喧嘩が終わったら聞いてみましょうかね」


 ――――なんか視界の端で大人ズがニマニマしながら私たちを見てるんだけど!!!


 


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