147.まどろみの中で
久しぶりに糖分多め。
「お嬢様ここ数日本当に緊張されていて…私の目から見ても珍しいと思うほどに。昨日もほとんど眠れなかったそうで。おそらくすべての緊張の糸が切れてしまわれたんだと思うわ」
「本当にすみません…うちの両親が」
「いいのよ。私だって早々に気付いたのにお嬢様に告げなかったのだから。エルグラントだってそうでしょう?」
「まぁな。でもお二人のサプライズを俺らがぶち壊してしまったらいけないしなぁ、と思ってなんも言えなかった。嬢はいつもなんでもそつなくこなすからな。…ここまで張りつめていたとは思わなかった。やっぱりまだ十八歳の女の子なんだよなぁ」
「俺も正直サラ様が泣くだなんて思っていなくて…。気付いても彼女なら笑ってやり過ごすだろうと思っていた部分もあって…はぁ、情けない。恋人失格です」
「それだけあなたのことを本気ってことよ。絶対に嫌われないようにとにかく必死でいらしたんだと思うわ。いつもの余裕がないほどに…男冥利に尽きるわね」
「…マリア殿。お願いがあるんですけど…」
「いいわよ。私とエルグラントは扉の外で待機しているから。お嬢様に付いていなさいな」
「…ありがとうございます」
―――――――
「ん…」
私はうっすらと目を開ける。見慣れない、天井。ここは…?
「気付いた?」
横からの不意の声。でも聞き慣れた大好きな声に私はゆっくりと顔をそちらに向ける。レイがベッド横の椅子に座り、こっちを優しく見ていた。
「レイ……。~~~っ!!!私っ!!!なんてこと!!!」
慌てて起き上がろうとするのを、レイの大きな手が即座にそっと制する。ぽすっという音と共に私はもう一度ベッドへと横たえられた。
「大丈夫だよ。…具合はどう?」
「ぜんぜんどうもないわ。ぼうっとするだけ…あの、私どのくらい…」
「二時間くらい寝てたかな」
二時間!私は愕然とする。
「ああ…そしたらご一緒しましょうって言ってた昼食ももしかして飛んでしまったのかしら…」
「…そう、だね」
レイが言いにくそうに教えてくれる。
「なんてこと…最低だわ私」
「最低なのはうちの両親だよ。…ごめんね?あの二人はたっぷり叱っておいたから」
レイの言い方にちょっと笑ってしまう。
「世界広しと言えど、前女王陛下と王婿殿下を叱れるのってあなただけだわ、レイ」
「息子だからね。そこは特権」
「ふふふ」
「…笑った。…よかった」
そう言ってレイはベッドに突っ伏した。
「ど、どうしたのレイ!?」
「…泣くんだもん、急に。どれだけ血の気が引いたかわかる??ほんと、本当にごめんうちの親が…悪気がなかったじゃ済まされないよ…」
「いいえ!いいえ違うわレイ。やめて!私が色々深読みしすぎちゃっただけなのよ…!代役を立てられたのも私に会いたくないからだって思いこんじゃって…普通に考えれば、私が本物のお二人に気付かなかったらただの楽しいサプライズで終わっていた話なのよ!…なまじ私が気付いてしまったものだから…あぁ…お二人のサプライズを台無しにしてしまったのね私…」
なんてこと。目の前で倒れるだけではなくて、サプライズまで無駄にしてしまうだなんて…
「ふはっ」
レイが急に笑う。やだこんな状況でもその笑顔はきゅん。
「ど、どうしたの?」
「気にするとこ、そこじゃないだろって思って…、ふはっ…あぁ、もう本当に可愛いんだから」
「だ…だって!あんなご高名な方々のサプライズを台無しにって大罪じゃない!?」
「ふはっ!!!」
くしゃくしゃと笑う。もうもうもうその笑顔ずるい。なんだか色々真剣に考えなきゃいけないのにほだされちゃうじゃないバカ。
「…サラ、あのね、ごめんね。擁護するわけじゃないんだけど。父上も母上もものすごく反省してた。…ごめんね。泣かせちゃったのは本当にごめんね。でも、もしサラがいいなら許してあげて欲しい。俺が結婚を前提にした恋人を連れてきたっていう時点で、娘を亡くしたあの人たちにとって、サラはもう娘同然の特別な存在になってるんだよ」
「許すも許さないもないわ。何も悪いことなんてされてないもの。むしろ、あんな大切な場でサプライズにのっかれない空気の読めない子とか思われてないかしら…」
「ふっは!!!!」
レイが大爆笑している。えええ、今そんな変なこと言った!?
「さっきからズレてる…めっちゃズレてる…っ!ふはっ、はっ…だめだ。おかしい…!」
「ず、ズレてないわ!」
「可愛い。なんかもうめちゃくちゃ可愛いなぁ」
すっとレイの唇が私の唇に降りてくる。触れるだけの優しい口づけ。
「…久々だ」
唇を離してレイが幸せそうに微笑む。私も真っ赤になってこくこくと頷く。
でも、なんだか物足りない。そう思ったら自然と言葉が出ていた。
「もう一回…」
だけど思わず口から出てしまった言葉の大胆さに気付いて私は慌てて毛布を頭のてっぺんまで引き上げて顔を隠す。ななななななにを言ってるの私は!!はしたない!!!
「んっ?なんて?」
毛布の向こうから聞こえるのはレイの嬉しそうな問いかけ。
「あなた耳良いでしょ!!」
「あんまり聞こえなかった」
「だだだだだったらもういいわ!もう大丈夫ごめんなさい!!忘れて!うっかり口走っちゃっただけなの!!」
「だめ、忘れるわけないよ。そんな可愛い言葉」
いとも簡単に毛布がぺりっとはがされる。そうしてもう一回口づけが送られた。
「ふはっ。真っ赤」
「やややややっぱり聞こえてたんじゃない!!意地悪!」
「もう一回」
再びレイの口づけが宣言通り送られた、と思ったら。
「あと一回」
ちゅ。
「そして一回」
ちゅ。
「それから一回」
ちゅ。
「さらに一回」
ちゅ。
「ちょ…っ!もう!!ふふふっ!なにそれ…っ!」
「いろいろな言葉に乗っかって何回でも口づけできないかなって思って」
私は声を上げて笑ってしまう。なにこのめちゃくちゃ可愛い人。
「あ、耳がいいといえば。…あのとき聞こえちゃったんだけど」
不意にレイが言って私は首を傾げる。
「父上と母上に挨拶した後、サラ言ってただろ?『伝えたかっただけだったのになぁ』って。何を伝えようとしてたの?」
「うそ!あれまで聞こえてたの!?あなた本当に耳がいいのね…すごい特技よね」
「人の目を読む絶対記憶能力保持者に言われてもあまり説得力はないよね」
レイが苦笑して言う。ううむ…そんなことはないのに…。
「で?何を言おうとしてたの?」
「…あなたのこと」
「俺?」
レイが不思議そうに言って私は頷く。と、その前に。
「そろそろ起きてもいい?座って話したほうが楽だわ」
「ああ、ほら」
レイが手を差し出して背中に手を添えて私の身を起こしてくれる。ふと服を見ると簡単なワンピースに着替えさせられていた。
「ああ…マリアにもエルグラントにも心配かけたわね」
マリアはきっと大慌てでコルセットを外して楽になるように着替えさせてくれたんだろう。目に浮かぶようだわ。
「とても心配してたよ。だから早くその可愛い笑顔を見せてあげて」
「また…そういう恥ずかしいことを…」
「ん?どこが?」
「いいえ、なんでもない。そうそう。あなたのことをね、言いたかったの。私があなたのことをどれだけ大好きで、どれだけ大切か。本当に素敵な人で、私にはもったいないくらいで。優しくて、心が大きくて。仕事はできるのに、少し抜けてるところもあってそこが可愛くて。…でも、一番に言いたかったのは、『こんなに素晴らしい人を育ててくださってありがとうございます』って…ってどうしたのレイ!?」
私はぎょっとしてしまう。レイが真っ赤だ。
と思った次の瞬間、私はレイの腕の中にいた。
「~~~~~ああぁ~~っ!!!もう!!!なんでそんないちいち可愛いことしか言わないの!?わざとなの!?ほんともう!!!」
「どどどどどうしたの!?」
「結婚しよ!ほんと今すぐ」
「だからなんでいつもそう唐突なの!?」
「プロポーズあとからするからとりあえず結婚しよ!?」
「あなたときどきぶっ飛んでるわよね?!」
「飛ぶよこんなんサラのせいだ」
「わたしのせいなの!?」
「可愛いは正義じゃない犯罪だ」
「何言ってるの!?」
ちっとも意味が分からない!分からないのに、こんな風にぎゅっとされるのが久しぶりすぎて嬉しくて、なんか小さな疑問なんてどうでもいい。し、レイの声がなんだかとても楽しそうだし。私もなんだかとっても楽しいし。
とりあえず、私は久しぶりのこの抱擁を堪能することにした。




