146.やっと会えたのに
私がカーサさんとペドロ様の後ろの二人に向かって礼をしたとき、私の後ろの三人がはっと息を飲むのがわかった。
そうかぁ…やっぱり三人も気付いていたのね。レイは実のご両親だし、マリアとエルグラントは実際に御本人と会ったことがあるんだもの。
そこはかとなく悲しい気持ちになりながら、私はゆっくり顔をあげた。
…カーサさんとペドロ様も、ケヴィン様も、目をまんまるくして私を見ている。なんで、いつわかったんだ?という顔。
不穏な空気を感じたのでしょう。今まで使用人のフリをして頭を下げていたエリザベート前女王陛下と、ブランドン前王婿殿下がちら、と顔をあげた。
さっき厨房にいた一人。と、畑で私に野菜をくれようとした人。あれからわざわざ使用人の服に着替えてまで…ああ。だめ、悲しすぎる。
そして、目が合う。
ーーー直前に目が合わぬよう僅かに逸らしてしまった。目を読むのが怖い。これほど自分の能力を嫌だと思ったことがない。
泣きそう。…大好きな大好きな大好きなレイを育ててくれたご両親。その方達が、そこまでしてまで私に会いたくないだなんて思わなかったの。ここに到着してからずっとレイが見せていた不穏な表情。到着時間をかなり前から知らせていたにも関わらずの不在。極め付けは代役を立ててまで私を避けようとされた。
…なにをどう総合的に判断しても、私はきっと嫌がられているわ。
でもただ伝えたかったの。レイを育てたご両親に会って。よろしくお願いしますって言って。あなたの息子さんが大好きですって。素敵で素敵でどうしようもないくらい素敵です!って…
「伝えたかった…だけ、なのに、なぁ」
自分に聴こえる声量だけで一人ごちる。だめ、気を抜くとぽとぽとと涙が落ちてきそうになる。
その時、ほんの少し言葉に怒気を孕んだレイの声が後ろから聞こえてきた。
「父上、母上。おふざけも大概にしてください。いくらサラ様が可愛いからってやりすぎです。だから言ったでしょう?この方はあなたたちがどんな変装したって見破るって。真剣な心持ちで会いに来てくれるのにその出迎え方は失礼だって」
「ごごごごごめんよレイ!!ま、まさかサラちゃん泣いてる???」
「ああああああ!!ええ!!?え!?ごごめんなさい!!!なななななんで泣いてるの!?」
…へ?
私はがばりと顔を上げた。そこには、おろおろと焦りを見せるブランドン様とエリザベート様の姿が。
「…へ?」
今度ははっきりと口に出てしまう。だって、お二人の目は本当に意地悪な光なんて一つもなくて。ただただ焦っておられて。
「…私に、お会いになりたくなかったの…では?だから代わりにカーサさんとペドロ様を仕立てあげられたのでは…」
大慌てでブランドン様が首を横に振る。
「そんなわけないよ!!!そんなわけない!!もう楽しみで楽しみで仕方がなくて!!折角来てくれるんならなんか楽しいことして喜ばせようってエリザベートとも話してて!ね!?」
ブランドン様から話を振られたエリザベート様はぶんぶんと首を縦に振る。
「そうなの!!そうなのよ!!!ここで、実は私たちが本物でした!って飛び出してどっきり大成功☆ってしたかったの!!びっくりさせるけど若い女の子なら喜んでくれるかしら…って。あああ本当ごめんなさい!!!」
え…?え?こ、これは一体どういう状況なの?私は困惑を隠さずにレイを振り返る。
「ああ、もう。そんな一杯目に涙溜めて…。本当にすみませんうちの両親が。泣かないで俺の愛しい人」
そう言ってそのごわごわの指が私の零れ落ちそうな涙を掬ってくれる。
あ、この甘いのはご両親の前でも変わらないのね。なんだかぼんやりとそんなこと考えてしまうけど。
「今ので大体察して頂いたかと思いますが…ちなみにいつ気付かれました?」
「…肖像画、私一度見たことがあるし…」
「…でも今と全然違うでしょう?」
確かに。肖像画はお二人が二十歳程の時に描かれたものだった。その肖像画と比べるとお二人ともまだまだお若いけれど、だいぶふっくらとされて、頭髪も白髪が混じり、お年を召されて。顔つきものほほんとされて全然違う。別人といえば別人だわ。
「…カーサさん。料理長なのに、敬語を使わなかった下働きの人が一人いたわ。そしてその人が言葉を発した時、敬意の色がさっとカーサさんの瞳に浮かんだの。…おそらくこの人がエリザベート前女王陛下だわって…ほとんど直勘」
「なるほど、父については?」
「私に野菜をくださったときに。…顔はとっても日焼けをしていたのに、手が耕作人のそれではなかったわ。あと…エルグラントが受け取るときに咄嗟に敬語を使っていたの。エルグラントは私には敬語を使わないし、働き人に対しては気軽に気さくに話しかける人よ。敬語なんて使わないわ。…こっちもほぼ直勘」
「…直勘に至るまでの状況判断能力が相変わらずすさまじいですが」
はぁ…とレイがため息を吐きながらお二人に向かって言った。
「御覧の通りです。…もういい加減にしてください。エドワード義兄さんもやめておいたほうがいいって言ったんでしょ?」
「だってー」
「だってじゃありません!だいたいケヴィンもなんで止めなかったんだ!」
レイの怒りの矛先がいきなりケヴィン様に向かう。
「ご主人の意向に従うのが執事の役目で御座いますから」
そう言ってケヴィン様がしれっと返す。
あ、レイがものすっごくイラってしてる。
でも、いいの。いたずらされたとか、そういうのはどうでも良いの。私が今一番気になっているのは…。
私はお二人に向かって向き直る。
「…あの…それでは、私は別にお二人に嫌われているわけでは…ないのでしょうか?」
「嫌い!?誰が!?僕らがサラちゃんを!?ないないないない!!!むしろ初めてレイから話を聞いた時、嬉しくて嬉しくて!二人で飛び上がって喜んだんだよ!!」
「もうもうもうもう、こんなかわいい子がレイのお嫁さんだなんて!!私にまた娘ができる日が来るだなんて嬉しくて嬉しくて私なんか大泣きしたのよ!!!」
あ…そうか。シャロン陛下はもう亡くなっちゃったから…お二人は娘を亡くされたから。
ぐ、と何かがこみ上げてくるのを必死で抑える。
「ごめんねぇ…サラちゃんが聡い子だって言うのはエドとレイから聞いてたんだけど…変に気を回させることになってしまって」
「本当ごめんなさい。年甲斐もなくはしゃいじゃって…レイの提言に耳を貸すべきだったわ。泣かすつもりなんてちっともなかったの。大歓迎なの」
「ほんと…に?」
「本当ですよ。サラ様。イグレシアス家はあなたを歓迎します」
レイが言ってくれて、とてつもない安堵が押し寄せる。
良かった…本当に良かった。だってずっとずっとずっと緊張していたの。本当に人生においてこんなに緊張したことがないってくらい。
大好きな人のご両親に会うことがこんなに緊張することだなんて思っていなかったの。気に入られたい、どうしたら気に入られるか、どうすればご両親の目によく映るか。そんな打算的なことばかり考えていて。
ああ、だめ。ほっとしたら我慢していた涙が溢れてくる。
さっきも緊張の糸が切れたはずなのに。完全には切れていなかったみたい。
再びぷつん、と何かが切れた音がした、途端。
―――私は膝から崩れ落ちた。
「サラ様!!!!!!」
「お嬢様!!!!!!」
「サラ嬢!!!!!!」
大好きな三人の声がして、なんだか安心したまま私は意識を手放した。
嫁姑のどろどろだけは書かない。あれは書くのも読むのも苦手なんです…平和が一番。




