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145.まだ会えない

「続いてはお野菜畑にございます」

 次に案内されたのは庭園ではなく、広い広い畑だった。整然とたくさんのお野菜たちが植えられている。

 圧巻の光景に私は思わず声を上げる。


「お野菜畑?!ここでお野菜を作ってらっしゃるの?」

「左様でございます。ペドロ!皆さん!ご主人様たちのお客様のご到着ですよ!

 まず畑の真ん中で立っていたペドロと呼ばれた中年の男性ーーーいえ、青年のように若い人だわ。がケヴィン様の声に振り返って私たちの姿を目に捉えて満面の笑みを浮かべて手を振ってくれる。

 麦わら帽子に褐色の肌。背格好ががっちりしている。いつもきちんと畑のお仕事をしている人の体型だわ。

 あら…遠目からでもわかるわ。この人も美しい碧眼なのね。王族の遠縁かしら…

 

「いらっしゃいませーー!お客様がたーー!あ!レイモンド君もこんにちはー!」

 めちゃくちゃ子犬みたいに声をあげて手を振ってぴょんぴょん飛んでくれてる!

 なにあの人かわいいーー!!見た目とのギャップ激しい!人懐こい!!!


 ペドロ様の声に誘われるように畑仕事をしていた他の人たちも顔を上げて立ち上がり、私たちに向かって会釈してくれる。

 レイも笑って手を振り、私もきちんと会釈と礼をして返す。


「ペドロがこの畑の責任者です。かなり腕がいいんですよ。彼の手にかかれば、どんな萎れた植物もたちまち元気になってしまいます」

 ケヴィン様の説明に感心してしまう。

「まぁすごい!そんな才能をお持ちなら是非お話ししてみたいですわ」

「お連れいたしましょうか?」

「いいえ、お仕事の邪魔をしては悪いもの。残念だけど今回は諦めますわ」

「承知いたしました。これで粗方ご覧いただけたと思います。それではそろそろ客間に戻りましょうか。紅茶でもご用意致しましょう」


 ありがとう、と言って振り返って本邸に向かって歩き出そうとしたそのとき、後ろからトントン、と肩を叩かれた。ん?と思って振り返ると、そこには土がついた野菜が入ったカゴを持った真っ暗に日焼けした男性がいた。麦わら帽子を目深に被り、どこか気まずそうに私に話しかけている。


「こ…これ、お土産に、ペ…ペドロ様がも、もっていけ…って…」

「まぁ、いただいていいんですの?」


 男性がこくこくと頷く。畑の方にいるペドロ様を見ると、真顔でグッと親指を立てていて笑ってしまう。愉快な方だわ。


 そのまま受け取ろうとすると、すぐさま後ろからエルグラントが「俺が持ちます」と苦笑しながら手を差し出して代わりに受け取ってくれて、私は綺麗なドレスを着ていたことをはっと思い出す。

「やだ、私ったら。折角レイが贈ってくれたドレスを汚すところだったわ、ごめんなさい」

「いえ…それはいいんですが…」

 そう言ってレイははぁ…と溜め息を吐いた。


 …なんだか、レイ疲れてない?



ーーーーー


 私たちは客間に戻り、使用人が淹れてくれた紅茶を飲んでいた。

 人払いをした後にケヴィン様がレイの小さい頃の話をたくさんしてくれた。やっぱり、レイが王弟だということをこの屋敷で知っているのはケヴィン様と小さい頃のレイのお世話をしていた数人の使用人だけらしい。今日はたまたま皆休みとのことだった。


 そんな風にしばらく談笑していた時のことだった。

 こん、こんと扉が叩かれて、向こうから使用人の声が聞こえた。

「ケヴィン様。旦那様と奥様がお戻りになられました。サロンの方にいらっしゃいます」

「わかりました。今行きます」


 ケヴィン様が立ち上がり、行きましょうか。と私たちに促した。

 ううう〜緊張する。本当に緊張するわ。

「お嬢様、大丈夫ですか?」

 後ろからこそっとマリアが尋ねてくれて、私はコクコクと一応首を縦に振る。


「手、繋いで行きます?」

 レイが言ってくれて、私は思わず一回頷きそうになってから慌てて首を横に振った。

「さ、さすがに初めて見る女が息子と手を繋いでいるのは気分が悪いと思うの…!」

 ほんとはすっごくすごく握ってて欲しいけど!!

「そんなこと気にする人たちではないですけど…まぁ、サラ様がそう言うなら」


「さあ、待たせちゃいけない。行くぞ、サラ嬢」

 エルグラントが背中をそっと押してくれた。


「…そうね!ここまできたのだもの。どうせなら好かれるように精一杯頑張るわ!」

 私の言葉に三人が優しく微笑んでくれた。




 そうしてサロンに入って一番に目に入ったのは。


「…カーサさん…ペドロ様…」


 そう、何となくは分かっていたけれど、そこにはきちんと正装したお二人の姿が。お二人の後ろには使用人たちが五名ほど頭を下げて私たちを出迎えていた。

 後ろでレイが大きな溜め息を吐いているのがわかる。

「ええと…」

 私も思わず躊躇ってしまう。


「ようこそ!サラ嬢!!」

 ペドロ様が朗らかな笑顔で言って、カーサさんも隣で嬉しそうに笑っている。

「いや〜!驚いた?驚いた?こんにちは!初めまして!ようこそ我が屋敷へ!大歓迎だよサラ嬢!」

「私もさっきのお嬢さんがレイモンドが紹介したいって言ってたお嬢さんだと分かった時、嬉しくて嬉しくて!」


 その歓迎の言葉を聞いた瞬間、私の中で何かがぷつん、と音を立てて切れてしまった。


 あぁ…やっぱり。


「サラ様?!」

「お嬢様?!」

「サラ嬢?!」


 私の大好きな三人の声が揃う。…だめ、こんなことで、こんなとこで、泣いちゃいけないのに。

 気がつけばぽろ、と涙が溢れていた。


 分かっていたけれど。分かっていたけれど。

 やっぱり歓迎はされてなかったのね。


 …でも、だめよ。こんなところでめそめそしてはいけないわ。私は精一杯の力を振り絞って涙を止める。

 そうして、ドレスの裾を掴んで腰を折った。嫌われていても、挨拶だけはきちんとしなければ。



 私は深々と頭を下げたーーー



「…お初にお目にかかります。エリザベート前女王陛下。ブランドン前王婿殿下。ヘンリクセン公爵家が長女。サラ・ヘンリクセンにございます」



 ーーーカーサさんと、ペドロ様の後ろで、


 …頭を深々と下げている使用人の五人のうち、二人に向かって。




 



 

 

 

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