144.ご対面!?かと思いきや
王都の外れ、サルベート。
王宮から馬車を二時間ほど走らせたところにその避暑地はあった。ブリタニカの中でも有数のその避暑地はある一定の身分がなければ滞在することはできない。
もちろんいくら離脱したとは言え、元王族だ。避暑地の中に建てられた建物の中でもレイのご両親の建物は一際立派だった。豪奢な建物、というわけではないけれど、きちんとした造りのものだった。
門前に馬車が到着し、衛兵が御者に用聞きをする。エドワード国王陛下から事前に連絡がいっているらしく、馬車はすんなりと敷地内へ通された。
「緊張してます?」
膝の上でぎゅう、と握っていた手の上に私の大好きなごわごわした大きな手が重ねられる。
「…ちょっと。気に入られなかったらどうしようとか、何か粗相をしてしまったらどうしよう、とか」
私の言葉にレイがふはっ、と笑うけどいつもの半分くらいしかきゅんってできない。多分自分で思うより緊張しているんだわ…
「大丈夫ですよ、お嬢様。前女王陛下も、前王婿殿下も本当にお優しい方でしたから。あと、ちょっとお茶目だったわよね」
「ああ、本当に良い方達だった。歴代に類を見ない仲良し家族だったもんな、イグレシアス前王一家は」
マリアの言葉にエルグラントもレイも頷く。
エルグラントは今日護衛だからシオンに乗って並走の予定だったんだけど、私のわがままで一緒に馬車に乗ってもらった。だってエルグラントみたいな大きい人が同じ空間にいたらなんとなく落ち着くんだもの!!!よくわからないって?いいの!
「そうよね、そういえば二人が騎士団時代に忠誠を誓ったのは前女王陛下なのよね?」
「そうです」
「そうだな」
「うう…私だけ本物を知らないこの疎外感…」
胃がキリキリと痛むようだわ…
「肖像画でしかお顔を拝見したことがないもの…王室離脱後は公の場に一切出られなかったものね」
エリザベート・ペトラ・イグレシアス前女王陛下。
ブランドン・ペトラ・イグレシアス前王婿殿下。
あのシャロン陛下とレイのご両親だから良い人だってわかるんだけど!
「いきなりエリザベート前女王陛下からこの泥棒猫!!!とかって言われたりしたら私一生落ち込む自信あるわ…」
「前女王がそんな下品な言葉使うわけねーだろ!」
エルグラントがガハハと笑ってくれるのが助かる。
そんな話をダラダラとしていたら、馬車はいつの間にか建物の前に着いていた。
出迎えにこの屋敷の執事と見られる優しそうな初老の男性が立っている。他の使用人は出てきていないところを見ると、もしかしたらこの執事さんだけはレイのことを知っていて、他は人払いをしているのかもしれない。
馬車から降りた途端、執事さんがレイに向かって深々と頭を下げた。
「ご無沙汰しております、坊ちゃま」
「ちょ!ケヴィン!坊ちゃまはやめろって!!」
ぼ、坊ちゃま?!まさかの呼び方に噴き出しそうになる。
「何をおっしゃいますか。坊ちゃんはいくつになってもケヴィンの可愛い可愛い坊ちゃんでございます…そちらの方々がサラ・ヘンリクセン公爵令嬢殿、そしてマリアンヌ・ホークハルト殿、そしてエルグラント・ホーネット殿…これはまた大層な顔ぶれですなぁ」
ん?この物言い。マリアとエルグラントが交渉団団長だったと知っているのね。
いけない!その前に挨拶だわ。
私はスカートの裾を摘まみ、できるだけ優雅にそして丁寧に見えるように頭のてっぺんから足のつま先まで神経を尖らせてからほんの少し膝を折り、頭を下げる。
「ヘンリクセン公爵家が長女、サラ・ヘンリクセンに御座います。どうぞ以後お見知りおきを。こちらがご存じの通り私の侍女のマリアンヌ・ホークハルト。そして本日護衛をしておりますエルグラント・ホーネットにございます」
「これはこれは、私のような一介の執事にもご丁寧なご挨拶、痛み入ります。ケヴィン・バルトロウと申します。代々イグレシアス王家に仕えております」
丁寧な所作でケヴィン様が胸に手を当てて礼をしてくれる。
「本日はエリザベート様とブランドン様なのですが。大変申し訳ありませんがお二人とも今出ておられまして…すぐにお戻りになるとは思いますが、それまでの間お客人には邸宅を散策していて欲しいということでした。もしお疲れでなければご案内差し上げたいと思うのですが」
私はレイをちら、と見る。なんだか考え込むような所作をしているのが目に入ってどきっとしてしまう。…だ、大丈夫なのかしら。やっぱり私に会いたくないとかで不在にされちゃったとか…そ、そんなことないわよね?
「レイ…?」
私がおどおどして話し掛けると、レイがぱっと私を振り返った。
「あ、す、すみません。ちょっと考え事をしていて」
その瞳がなんだか困ったように揺らいでいるのを見て私はさらに動揺してしまう。な…なんで困ってるの??
「ど…うするの?待っておいたほうがいいのかしら?言われた通りご案内していただいたほうがいいのかしら?」
「ええ、とそうですね。それならお疲れでなければ見て回りませんか?」
レイの提案に私は頷く。あああ…まさかこのまま会ってももらえないとかそんなこと…ない、わよね?
ーーーーー
室内は本当に必要最小限の装飾品があるだけで、あとはとてもシンプルに、それでもところどころに小花柄の可愛い雑貨が愛らしく飾られていたりした。なんだろう…とてもほっこりする…お婆さまのお家に行った時みたいな。
サロンや応接室、客間や使用人室を見て回る。全ての雰囲気が優しくて暖かくて。…どうしようこの屋敷全てが、レイのご両親が良い人だって叫んでるようで逆にハードルが上がる。もし嫌われたら私立ち直れない。
レイがさっき困った顔をしていたのも気になるし、訪問の時間を伝えてたにも関わらず御不在だというのもとてもとても気になる。
「次は厨房に参りましょうか」
ケヴィン様が言ってくれて私は頷いた。
厨房に入ってまず目に飛び込んできたのは料理人たちが忙しく駆け回っている様子だった。
中でも一番目立っていたのは、真ん中で指揮を取る膨よかな女性だった。
「ほらほらほら!!今日は来客があるんだよ!!あと五十分でパンを仕上げるよー!」
「はいっ!」
女性の声に、周りにいた男性も女性もいい笑顔で返事を返している。
「あれが料理長のカーサです」
ケヴィン様が後ろからそっと声を掛けてくれる。
「女性の方なのですね…?」
この社会で女性の料理長というのは珍しい。
「凄腕なんですよ。料理の腕前だけは一流でございます」
「そこ!ケヴィン様!聞こえてるよ!腕前だけ『は』ってなんだい腕前だけ『は』って!…って!その子らが今日のお客様かい?おや!今日はレイモンド様も一緒かい!!」
「カーサ、無礼ですよ。礼儀は弁えなさい」
ケヴィン様がため息混じりに言う。
私はカーサと呼ばれた女性をじっと見る。金色の髪にレイと同じ蒼い色の瞳。…王族の遠縁とかの方かしら…?
「なんだい他人の職場に入ってきて礼儀を示せだって?!」
ごもっとも。勝手に仕事中に入ってきたのは私たちだもの。私は堅苦しい挨拶をせずに軽くお辞儀だけにとどめる。
「サラ・ヘンリクセンと申します。突然お邪魔してごめんなさい。ふふ、とってもいい匂い!お食事、楽しみにしています」
私の言葉にカーサさんは目を丸くしてから、ニコッと嬉しそうに笑った。
「あたしはカーサだよ!そうかいそうかい!こんな別嬪さんが楽しみにしてくれてるんなら作り甲斐があるってもんだわ!よし急いで仕上げないとね!あと残ってる料理はなんだっけね?」
カーサさんの隣にいた女性がすぐさま答える。
「鴨肉のローストとイチゴのプディングかしら」
「おお、それじゃあ巻きでいくよ!皆」
「「「はいっ!」」」
ものすごい熱気。凄いわ。
鴨肉とイチゴ。…私の大好物。きっとレイが事前に知らせてくれたのね。調理室から出る途中、ちら、と隣のレイを見る。あぁああ…抱きつきたい。ありがとう!って言いたい。
…ねぇ、でもレイ?なんで、あなたさっきからそんな複雑そうな顔してるの??




