こぼれ話:レイと団員たち
こぼれ話。こぼれ話書くの楽しかったです。
「セリナたち、少しいいか?」
とある日の終業後、俺は談話室でおしゃべりをしていたセリナをはじめとする六人くらいの女性グループに話しかけていた。俺が話しかけた途端、皆が立ち上がりそうになるのを慌てて手で止める。
「いいいい、すまない。極々個人的なことだから」
「どうされました?」
セリナが尋ねてくる。俺は手近にあった椅子を手繰り寄せて彼女らの近くに座った。
「少し聞きたいことがある」
しまった。こういうの聞いたことがないから少し声が強張って低くなってしまった。目の前の彼女らの表情がさっと変わり、真剣なものになる。
違う違う!ごめん!と思いながらもそのまま言葉を続けた。
「…王都の街で」
皆の喉からごくり、と言う音が聞こえる。いやだからなんでそんな緊張してんだよ。
「…若い女の子が好きそうな店を知らないか?」
「「「「「「へ??????」」」」」」
女性陣の声がハモる。
「ん?だから、若い女の子…サラ様を王都の街にデートで連れて行きたいんだ。俺、外国はわかるんだけどあまり王都のことは知らなくて…エルグラントさんにも聞いたんだが、ソルベの美味しい店しか知らなくて。情報を知ってたら教えてほしい…ってなんだ皆その顔は」
目の前の女性団員たちがニマニマと俺を見ている。
「まさか団長からそんな相談をされるとは思いませんでしたわ」
セリナがニコニコ…いや、これはニマニマだな。ニマニマしながら言ってくる。
「そりゃ…こういうことは俺なんかよりセリナたちの方がずっと詳しいだろ?」
「…変わられましたね、団長」
セリナの言葉に俺は首を傾げる。
「二年前は就任したばかりと言うこともあって、少しピリピリしておられました。…私たちにこんな相談をしてくださる方ではなかったのに。今の団長の方がとても素敵です。あ!勿論異性的な意味はミジンコほどもございませんからね?!」
「ふはっ」
セリナの言葉に俺は思わず噴き出してしまう。敢えて言われなくても分かってるよ。
…。
……?ん?なんで皆固まってるんだ?
「団長も、そんな砕けて笑うんですね…」
セリナの隣のイェシカが驚いた顔をしている。
「勤務時間外だからな。少しくらい砕けてもいいだろう?」
エルグラントさんがもう少し笑顔を出せと言っていたし。…この笑い方はサラが好きだと言ってくれた笑い方だし。
サラのことを思い出すだけで、ほわ、と纏う空気が優しくなるのが自分でもわかる。すぐ温かくて優しい気持ちになっちゃうから、勤務時間内に考えないようにするのにいつも必死だ。
「団長今サラ様のこと考えていらっしゃるでしょう?」
セリナが楽しそうに聞いてくる。
「…わかっちゃうか?」
少し照れて返す。と、また驚いた顔をされるんだけど。…こういう反応を見ると、本当に俺には隙がなかったんだろうなぁ、と思う。少し反省。
「わかっちゃいます。それと団長がそうやってサラ様を思い出す気持ちもわかっちゃいます!!!嗚呼!社交デビューされてからあの美しさは群を抜いておりましたもの!!!二年ぶりにあの御尊顔を拝見した時私あまりの美しさに鼻血がでそうになるのを堪えるのが大変でしたわ!!!」
「鼻血」
「あの陶器のようなお肌!控えめだけれど可愛らしいお鼻とまるで朝咲の紅薔薇のような唇!何よりあの美しい美しい宝石のようなエメラルドグリーンの瞳…!!!!華奢なのに女性らしいお身体つき…!仕草一つ一つが美しいのに愛らしくてなんなんですかあれは…!団長グッジョブでございます!!」
「グッジョブ」
熱弁するセリナ。そう、セリナは可愛い女の子が大好きだ。勿論異性愛者だけど。
「そうか、セリナも貴族だもんな。彼女の社交デビューも知ってるなそれは」
「ええ、ええ。アース第一王子殿下との婚約も納得の美しさとお家柄でございましたのに…あっ…申し訳ございません団長私ったら!!!」
「いい、いい。大丈夫。愛しい彼女の心は今俺のものだから」
ふ、と微笑んで言うと、またまた珍獣でも見るような目を皆から向けられる。
「団長…一人称『俺』だったんですね…いやそれよりも。この前も思ったんですけどあまり…その、恥ずかしい言葉を言うときに照れたり、されませんね?」
「恥ずかしい言葉?恥ずかしい言葉なんかあったか?今」
別の団員、シャーリーの言葉に俺は首を傾げる。
「まさかの無自覚なんですか?!」
「あー…サラ様からもよく言われるんだけど無自覚ド天然って。あんまり恥ずかしい言葉言ってる感覚がないんだよなぁ。ちなみに今のはどこが恥ずかしい言葉だったんだ?」
「愛しい彼女の心は俺のもの…ってとこです」
俺は首を傾げる。どこが恥ずかしい言葉なんだろう。
「実際めちゃくちゃ愛しいし、彼女の心は俺のものだし…え?どこが恥ずかしい?!」
「マジですか?!」
「それマジっすよ〜だんちょー、どこで油売ってんのかと思ったら女子団員と恋バナっすか、いいっすね!僕も混ぜてくださいっす」
後ろからのんびりした声が聞こえて、全員の視線がそっちに行く。
「マシュー」
「「「「「「マシュー副団長!!」」」」」」
全員が再び立ち上がりそうになるのをマシューが笑って「いいっす、いいっす」と言って嗜める。
俺の隣にきて、マシューも手近にあった椅子を持ってきて座った。
「んで?なんの話っすか?」
マシューの問いにセリナが答える。
「団長がサラ様と王都の街でデートをしたいから、いいところを教えてくれと仰ったんですが…話せば話すほどちょっと普段の団長とのギャップに驚きの連続でして。そこまで話が行き着いておりませんの」
「ブッ!お、だんちょーもやっと素を見せ出したっすか」
「…マシュー、余計なこと言うなよ」
ジト、と睨むがマシューは楽しそうに笑うだけだ。
「素、て団長普段はどんな感じなんですか?」
リズが尋ねてくる。この子は確か二年前に新兵だった子だ。眼鏡がよく似合う、座学の得意な子だったと記憶している。
「ヘタレっすよ、ただの」
「マシュー!」
俺はマシューの口を塞ぐ。告白がどっちからだったとか、あの酔っ払った夜の話とかされたらたまったもんじゃない。
だけど今の行動も予想外だったみたいでセリナがぽかんとしたまま言う。
「…ほんと、団長がこんな表情豊かな人だとは思いませんでしたわ…でも、よくよく思い出せば新兵のころって今みたいに笑ったりしてましたわよね」
セリナは俺より一年先に団に入ったな、なんて考えている隙にマシューが俺の手からするりと抜けた。くそう、器用な奴め。
「団長、最初は人当たり良すぎて勘違いする女性が多かったからっすね。一回あったじゃないすか。めちゃくちゃ揉めたの」
マシューが言い。俺はう…と言葉につまる。エルグラントさんが嘘の噂を流してまで問題解決に当たってくれたあれだ。
セリナも「ありましたわね、あの大量退団者が出た乱のことですわね」とか言ってるし…乱てなんだよ…居た堪れない。
「あれ以来、団長はあんまり表情出さなくなったんすよ。あと、団長になってからナメられないように頑張って繕ってるんすけど、実際はただの人当たりのいいお人好しの好青年っすよね。ボロがでないように終業後はすぐ団長室に戻って。ね、だんちょー」
「…マシューほんとうるさい」
かぁ、と顔が赤くなるのがわかる。
なんか、素をバラされるのってめちゃくちゃ恥ずかしいな?!
「フフッ、せっかくですから、仕事外の時くらい肩の力抜いて今みたいにされてはどうです?折角団長皆に人気あるのに、わざと近寄り難くしているなんて勿体無いですわ」
セリナが言ってきて、俺は頷いた。
「エルグラントさんからも言われた。…もう少し笑えって。手始めに中堅クラスのやつらと酒でも飲もうかと思う」
「…ほんと変わられましたわ。すべてサラ様のお陰でしょうかね?」
セリナの言葉にうーん、と俺は首を傾げる。
「勿論、サラ様とそうなって色々と気持ちが柔軟になったのは自覚はあるが…そうだな。でも、団員の皆が、団長になったばかりなのに、二年間団から離れていた俺のことを見捨てないでいてくれたから。…もう少し俺の方から歩み寄らせてもらえたらなって」
そう言って力の抜けた顔でくしゃり、と笑うと、目の前の全員がマシューも含めほんのり赤くなった。…え、ど、どうしたんだ?
「無自覚ド天然の無防備笑顔マジで殺傷能力高いっすね…」
「団長へミジンコ程の興味が無い私でも今きゅんってしましたわ」
「これは…ちょっと老若男女問わずタラシ込められそうですね…」
「歴代のどんな団長よりある意味怖いのでは…」
――――ちょっと皆何言ってんだ???
結局その後も全然関係ない話で盛り上がって、良いデートのお店とか場所とか聞き出せなかったけど、後日セリナたちがデートスポットや人気の雑貨店を紙に書いて渡してくれた。感謝。
このやり取りを遠巻きに眺めていた団員たちの頬も赤くなったことをレイは知らない。




