141.王弟公表の日取り
「レイモンド団長殿、国王陛下がお呼びです」
アースの謝罪があってから一週間経っていた。
仕事が終わってそのまま団の食堂で夜ご飯を済ませ、部屋に戻って湯あみをしてからソファに座り人心掌握術の本を読んでいる時に、衛兵が部屋に尋ねてきて伝言を伝えてくれた。
「陛下が?」
「はい、執務室の方に来るようにとのことです」
「わかった。すぐ向かう」
もう寝るだけのつもりだったから、緩いシャツに緩いズボンというそのまま夜着にもなるラフな格好だった俺は一応きちんと着替えなおす。謁見の間でないということは非公式の場だから、わざわざ団服にまでならなくてはいいけれど。
義兄とは言え一応この国の王の前に行くのだからそれなりの服装にならなくてはならない。
きちんとしたシャツにかっちりとしたズボン、それからベストを羽織ってタイを締める。ま、こんなもんだろ。
「陛下、レイモンド・デイヴィスが参りました」
衛兵を横目に執務室の扉をノックし、そう告げると中から入れ、との声が聞こえた。
「失礼します」
「おお、悪かったな。仕事で疲れてるところ」
「大丈夫だけど…どうしたの?急に」
部屋の中にはソファに座る義兄さんとその背後に控えるサングリット宰相のみ。護衛と衛兵は下がるように命じられ隣室で待機しているのだろう。人払いしていることが分かって俺はいつも通りの口調で語りかける。
「お前の公表について、日程を決めようと思ってな」
「ああ、その話か。いいよ、いつがいいかな」
向かいに座るように促されて俺はそのふかふかな革張りのソファに腰を下ろした。
「帰ってきて色々残務処理があるだろう?」
「一応もう終わって通常業務に戻ってるよ」
俺の返事にサングリット宰相がもう終わられたのですか、と目を丸くする。一応ね、と笑うとさすがです、と頭を下げられた。
「一週間後の国民の休日に公表するのはどうでしょうか?その日でしたら王宮からの知らせということで触れ回っておけば民たちが城下に集まることができるでしょう、と今陛下とも話していたのですが」
「一週間か…」
俺は呟く。意外と早いな…
「どうした?レイ」
義兄さんが不思議そうに顔を覗き込んでくる。ああ、と俺は笑う。
「ごめんごめん、極々個人的なこと。ほら、王弟って公表しちゃったらもうあまり自由には動けないだろ?サラ様と何回か王都の街をデートしたいなって思ってたから。仕事が忙しいから残り一週間だともうデートは出来ないなって思って。でも、大丈夫だよ。そこはめちゃくちゃ個人的なことだから。ここは義兄さんの御心に従うから」
さすがに個人的にデートしたいから国を挙げての重大発表を待ってくださいだなんて言えるわけがない。
ブリタニカの王都の街で遊んだことが実はあまりないってサラが言ってたから、連れて行ってあげたいな、とは思ってた。
まぁ、俺もそんなに詳しいわけではないけど。エルグラントさんとか、団員のセリナ達に聞いてソルベの美味しい店とかサラが好きそうな女の子に人気の雑貨屋とかの情報は集めてたから、ちょっと残念だけど。
「…それなら一月後の休日の時はどうだ?」
「んっ!?義兄さん?いいよ!これはめちゃくちゃ個人的なことだし」
まさかのあっさり日にち変更。俺は驚いて胸の前でぶんぶんと手を振る。
「いいや、それは聞いてくれ。…シャロンがな、生前にレイがしたいことはなるだけ叶えてくれって言ってたんだよ。我慢を強いて強いて辛い思いをさせたあの子がこうしたい、と願うことがあったらどんな力を使ってでも叶えてやって欲しいって」
「…姉君が」
まさかのここで姉君登場。でも。
「…そっか」
死してなお俺のことを本当に大事にしてくれてる。そのことが途轍もなく嬉しくなる。
「…変更が可能なら甘えて良い?それなら五日くらいはゆっくりデートできそうだ」
「勿論だとも」
「感謝するよ、義兄さん。サングリット宰相も、準備ありがとう」
「いいえ、もったいないお言葉に御座います」
「サングリット宰相も公務続きだもんね。どう?後継人はいそうなの?」
俺の言葉に白髭を豊かに蓄えた老人はふぉっふぉっふぉ、と愉快そうに笑う。
「見た目は老いぼれですが、まだまだ頭脳は若者です。…でも、そうですね。サラ様のお兄さまであるロベルト様あたりには目を付けているんですが…まぁなかなか彼は昇進やそういうものには興味が無いようでして」
ああ、と俺は納得して笑ってしまう。確かに、ロベルトというかヘンリクセン家の人は権力を持つことに興味がない。城勤めを志願したのも給金が安定しているからだという理由だったと飲んだ夜に聞いた。
「サラ様が女王に即位したら、ひょっとしたら動いてくれるかもよ。あいつ、妹を溺愛してるから」
「そうなのですか。それは期待大ですな」
そう言ってまた朗らかにこの国の宰相が笑う。
「あのさ、義兄さん、宰相。一個聞いていい?」
この際だ。ちょっと気になっていたことを聞いてみる。
「サラ様の正式な王位継承の発表っていつ頃の予定になってるの?」
「王位継承の発表か?サングリット、いつ頃と話していたかな?」
義兄さんの問いかけにサングリット宰相が白髭を触りながら答える。
「まずはレイモンド様のご存命とご回復の発表を国民に知らせた後に暫くしてから、ということにしています。一年内には発表できるかと。回復の知らせののちすぐに次期女王のサラ様の婚姻相手があなただと発表してしまうと、よからぬ憶測を持つ人間が出てきますでしょうから」
「よからぬ憶測?」
「あなたがサラ様を女王に仕立てるために作り上げた偽物の王弟ではないのかという憶測です」
「…暇なこと考えるねぇ」
「他国に比べれば比較的貴族間の派閥争いなどもない我が国ですが、それでもより高い権力を狙う為に隙を粗探しする人間は一定数いるのです。…どうか足元を掬われませんよう」
「わかってるよ。大丈夫。そこら辺は俺よりよっぽどサラ様の方が長けてるから」
「まぁ、あの子ならな」
義兄さんが嬉しそうに笑う。
「で?なんでそんなことを聞いてきたんだレイ」
義兄さんの問いかけに俺はちょっと照れてしまう。
「結婚。…早くしたいなって思って」
俺の言葉に義兄さんと宰相が目を丸くしている。
「でもそういうことなら、そんなに長くは待たなくて良さそうだね。良かった」
「…驚いた。意外とベタ惚れなんだなレイ」
「意外とってなんだよ。確かに女性は苦手だったけど、俺だって愛する人ができたら溺愛くらいするよ」
「…っく…っ!!はっはっはっはっ!!!」
義兄さんがいきなり陽気に笑い出した。
「シャロンそっくりだなほんと。愛情深い姉弟だ。シャロンも一見わかりにくかったが、私のことを溺愛してたからなぁ」
「死んだ後に絶対に絶対に再婚するなって釘刺してたもんね」
俺もおかしくなって笑ってしまう。
ひとしきり笑った後、義兄さんが言った。
「私の言う通りになっただろう?」
「なにが?」
「お前に最初、サラの護衛を頼んだときに、ほら」
ーーーサラ嬢は、あのシャロンをメロメロデレデレにして『大好き』と言わせた子だ。…お前もきっと好きになる。似てるからな。イグレシアス姉弟。
見た目は老いぼれ!頭脳は若者!その名は!
宰相サングリット!!!
はい!ごめんなさい!




