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136.寂しかった

「…ふぅ」


 私は自室で一枚の書状を前に溜め息をついていた。帰国して一週間。遂にこの日が来てしまった。


「アースからの謝罪…かぁ」

 今朝方王宮から届いた書状。エドワード国王陛下からのものだった。内容はアースからの謝罪の場を設けたということ。そして日程は明後日。


 …正直、どうっっっっっでもいい、というのが本音だ。今更謝罪なんかいらないし、ベアトリスちゃんと仲良くよろしくやっててくれればそれでいいのだけど。

「…レイ、一緒に来てくれるかしら」


「お嬢様が言えば絶対に来てくれますよ。お願いしてみたらどうですか?」

 私のドレスを一枚一枚ブラッシングしながらマリアが独り言を拾ってくれる。

「そうね…あぁぁ…本当に面倒くさいわ。アースだって今更私に謝りたくもないでしょうし」

「それでも王族の言葉を撤回した以上、公式の場での謝罪は必須ですから」

「マリアも来てくれる…?」

「エドワ…陛下が良しとされるならば」

「エルグラントも来てくれるかしら…」

「お嬢様が頼めば喜んで来ますよあの男は」

「自分の旦那様にその物言いはどうなの!」


 そう、先日マリアとエルグラントは婚姻届を出して正式に夫婦となった。二人の希望で式はしないって言っていたけど、何かできたらいいわね、って思ってはいるわ。

「陛下に三人の同席が可能かお伺いを立てなければね。マリア、陛下に出す書状の用意をお願い」

 はい、と言ってマリアが部屋から出て行く。



 陛下から書状の返事が来たのは翌日のことだった。三人の同席を許可する、という内容に私はホッと胸を撫で下ろした。一人でももちろんいいのだけれど、三人がいてくれたらさらに心強いもの。

「レイにお願いしに行きたいのだけれど、エルグラントとマリア付き合ってくれる?」

 昼食をとり終えた後に、私は二人に向かってお願いする。

「ああ、勿論だ。というか嬢を一人で交渉団に連れてはいけない。危なすぎる」

「狼の群れにウサギを放つようなものだものね」

 ん?ど、どういうこと?


 レイは帰国後一日我が家に滞在したのちに、自分の部屋がある交渉団宿舎へと帰ってしまった。ヘンリクセン家にまだ滞在すればいいって言ったのに、理性が持たなくなりそうなのでとかなんとか訳の分からないことを言って帰ってしまったのだ。


 ーーーー正直、ものすっっっっっごく寂しい。


 だって二年間ほぼ毎日一緒にいたのに。朝起きてレイの顔が見られないことが、本当に本当に寂しくて堪らない。

 非番の日に会いに来ますって言ってくれたけど、一向に来ないし!!ってマリアに愚痴ったら、「おそらく、二年間溜まった仕事の消化に追われていると思います。もう少し待っていてあげてください」って言われちゃった。

 わかってるわよ…仕事が忙しくて会えないのも仕方がないって。でも、会いたいんだもの。


 なので、お願いついでに会いに行くのが実はかなーりかなり楽しみだったりする。


「お仕事終わりの時間に合わせて行ったほうがいいわよね。…一緒にお食事とかできないかしら。お食事は無理でも、少しくらいおしゃべりできないかしら」

 マリアが優しい目で私を見つめているのに気がついて、私は首を傾げる。

「どうしたの?マリア」

「いいえ、お嬢様、最近さらにさらにお美しくなったな、って思いまして」

「え?え?あ、ありがとう…?」

「嬢がこんだけレイのことを思ってるって知ったらあいつ崩れ落ちるな、嬉しすぎて」

「そうだと嬉しいのだけれど」

 私は笑う。ああ、早く会いたいわ。



ーーーーーーーー


 夕方、交渉団。

 私たち三人は応接室にいた。

 さすがマリアとエルグラント。二人がいてくれたおかげで面倒な手続きなんて一つもせずにすんなりと私たちは交渉団の応接室に通された。


 …は、いいんだけれど。

 この応接室は一般の来客用なので、外から見えるようになっている。

 …のも、いいんだけど。


「…なんか、私たち、客寄せの動物扱いみたいね…?」

 そう、さっきから、窓の外に人だかりができているのだ。頬を赤らめて男性の団員やら職員さんがこちらを覗き込んでいる。正直居た堪れない。

「軽率なことをしてしまったかしら…マリアとエルグラントはこの方達にとっては憧れの対象だものね。それは一目見たくなるものね」

 私の言葉にマリアとエルグラントは首を振る。

「いえ、それが理由で覗き込まれている可能性は二割程度かと」

「嬢は良くも悪くも目立つもんなぁ」

「えっ?!私のせい?!」

 驚きで声を上げたそのとき。


「サラ様!!マリア殿、エルグラントさんっ!すみません、お待たせして」


 息を切らせてレイが応接室に駆け込んで来た。

 わ!レイ団服だわ!あぁああ、もうめちゃくちゃかっこいい!!!!

 そして久しぶりの姿に、なんだか…


「サラ様?!」

「お嬢様?!」

「嬢?!どうした!!」


 気がつけばぽろ、と涙が出ていた。レイが慌てて駆け寄ってくれて、私の顔を心配そうに覗き込んでくれる。

「どうしました??サラ様」

「…会いたかっ…た。顔見たら、嬉しくて…っ」

 やだもう、泣くつもりなんて無かったのに。だめ、嬉しくて涙が出てしまうなんて。

 レイがはっと息を呑み込むのが気配で分かった。


「マリア殿、エルグラントさん。…少しだけ二人きりになってもいいですか?エルグラントさん、俺の部屋、わかります?」

「おう、わかるぞ。じゃあ俺たちはゆっくり来るから、ちゃんと嬢を満たしてやれ」

「節度は守ってね」

「はい、サラ様すみません。行きましょう」

「えっ、え?行くってどこに?」

「俺の部屋です」


 そう言ってレイは私の手を取り、急ぎ足で歩き始めた。私も訳が分からないまま慌ててついて行く。廊下を歩くと沢山の団員さんたちが驚いたように私とレイを振り返る。

 宿舎と見られる建物内を抜けたさらに奥にある離れの建物にレイの部屋はあった。部屋数からして隊長格以上の人たち専用の宿舎のようだわ。


 部屋に入り、扉を閉めた途端レイの腕が私を力一杯抱きしめた。たちまち幸せな気分になってしまう。

「…会いたかった、サラ」

「私もよ、あなたがいない毎日が寂しくて寂しくて堪らない」

「俺もだよ…あぁ、ほんと…寂しい思いをさせてごめん」

「お仕事だもの。しょうがないわ」

「顔をよく見せて」

 レイは私から離れると、その両手で私の顔をそっと包み込んだ。じっと私を見つめてくるその蒼い瞳を見ていると、どうしてかまた涙がでてきた。


「…泣かないで、俺の愛しい人」

 レイの唇が涙を拭き取ってくれる。そのまま頬や額、あらゆるところに口付けが落とされる。

「だって、…会いたくて…っ」

「うん」

 口付けを落とされるたび嬉しいのに、涙が出てきてしまう。まるで小さな子どもみたい。会えなかった不満をぶつけてるだけじゃないのこんなの。

「仕事ってわかってるけど、会いたくて…っ」

「うん」

 口付けは止まらず落とされ続ける。

「会いに来てよ…っ」

「うん。…ごめんね」

「わがまま言ってごめん、なさい」

「こんな可愛いわがまま聞いたことないよ」

 レイが優しく笑ってくれる。

「ごめんね、言い訳にしかならないけど、本当に早朝から深夜まで溜まってた仕事の消化に追われてて。今日やっと落ち着いたから会いに行こうとしてたんだ。夕食は無理でも、少しでもいいから話せないかなって思ってて。…そうしたらサラ達が来てるって聞いて。俺がどれだけ嬉しかったかわかる?」

「本当に?」

「嘘は言わない」

 そう言って再びレイの口付けがあらゆるところに落ちてくる。ふふ、なんだかとてもくすぐったくなる。

  

 …でも。


「ねぇ、レイ。お願い。口にも頂戴」


 はしたないかしら。でも、欲しいのだもの。


 私の言葉にレイの頬に一瞬赤みが刺す。でも、すぐにその形のいい唇が尋ねてくれた。


「…いいの?」

「して、欲しいの」

「その言い方は、ずるいなぁ…」


 レイがくしゃりと笑う。

「この前、ちょっと強引すぎたかなって反省してたから、今日は我慢しようと思ってたのに。あっさり打ち砕くんだから」


 そう言ってレイの顔が近づいてきた。

 そのまま、優しく触れるような口付けが口に落とされる。ニ、三度触れたのちにレイが顔を離した。

「…可愛い。明るいところで見ると、可愛さ倍増だなぁ」

 眩しそうに私を見つめてくる。もう!またそんなセリフをさらって言うんだから!

「少し、痩せた?目の下にも隈ができてるわ」

「激務だったからね」

 本当に忙しかったみたい。顔色も少し悪いみたい。手を伸ばして隈に触れると、レイがすり、と私の手に頬擦りをしてくる。

「でも、サラの顔を見たら疲れも吹っ飛んだ。会いにきてくれてありがとう」

 再びレイの腕が私を抱き締める。


 エルグラントとマリアが到着するまで、ぎゅうう…と、会えない時間に少なくなったお互いの温もりをまた埋まるかのように私たちはひたすら抱きしめあった。

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