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134.元団長ズの叱責

 早朝、俺は自分の部屋で頭を抱えていた。


「…最低だ、最悪だ…」

 思い出すのは昨日のこと。覚えてる。もちろん全部なにがあったか覚えてる。覚えてるからこそタチが悪い。

 お酒のせいだなんて生ぬるい言い訳はしたくないけど、もう言い訳でいいから言わせてほしい。お酒のせいだ。お酒のせいで気が大きくなってしまった。気が緩んだ。あんな…


 ――――口にしていい?


 な!!に!!!を!!!!言ったんだ俺は馬鹿か!!!いや、したいと思っていたのには間違いはないけど。それでも、無意識だとしてもあんな風に交渉術フル活用して頷くしかないような状況を作り出した自分を何回でも殴りたくなる。

 

 ゆっくり、進むつもりだったのに。俺だって恋愛なんて手探りだからわからない。でも、あんな風に強請ったりしてじゃなくて。サラの気持ちが自然とそうなった時に自然な流れに身を任せて口付けすればいい、くらいに思ってたのに…


 想像以上に欲深い自分を見せつけられたようだった。

 一瞬で溺れてしまった。あの柔らかさと香りに。まるで貪るようだったと自分でも思う。


「ああぁああーーーもう、最っっ低だ俺…」

 嫌われてはいないと思う。それでも、多少なりとも怖がらせてしまったかもしれない。俺は肩を落とす。猛省だ。

 紳士としてすべてがあるまじき行為だった。サラには心から謝罪をしなきゃならない。



「仕事、気持ち切り替えられるかな…」

 何か、ぱっと切り替えたい。日の高さから見てももう少ししたら準備を始めないといけないはずだから。…そう思ってふと窓の外に、救いの神がいることに気付き俺はばっと立ち上がった。



―――――

「エルグラントさん!!」


 そう、俺の救いの神。エルグラントさん。

「おお、おはよう、早いなレイ」

 腹筋をしながらエルグラントさんがいい笑顔を見せてくれる。

「ご一緒してもいいですか?」

「おう、…って酒くっさお前!!!ロベルト様とどんくらい飲んだんだ!」

「う…やっぱ匂いますか。結構な…量です、あの…少し酔っちゃ…痛っ!!!!」

 エルグラントさんの手刀が思い切り俺の頭に降ってくる。わかってた。絶対怒られるってわかってたけど、エルグラントさんのこれ、めちゃくちゃ痛いんだよ…


「飲むのも酔うのも構わないがなレイ。お前は今日正式に交渉団に団長として戻るんだろう?その団長が酒の匂いぷんぷんさせていってみろ!どこに威厳がある!どこにそんな酒の匂いさせた団長に付いていきたいと思う団員がいる!!」

「はい…」

 久しぶりのマジな叱責。相変わらず肩がびくびく震えてしまう。現役時代から変わらない。怖いけど。この叱責は今の俺には本当に必要なものだ。

 俺はうなだれる。弁解の余地もない。エルグラントさんがどう考えても正しい。

「久しぶりに楽しかったのも分かるから、これ以上は言わない。次は気をつけろ!」

「はいっ!」



「…よし、じゃあ腹筋なんて生ぬるいこと言ってらんねえな。酒抜くぞ。走れるか?」

「いけます!」

「よし」

 エルグラントさんがにかっと笑って言ってくれる。ああ、もうほんとカッコいい。エルグラントさんは絶対にネチネチ怒らない。そして怒った後はこうやって必ずフォローを入れてくれる。一緒になって問題を解決してくれる。団員の全員と言ってもいい人間がエルグラントさんを大好きなのも納得しかない。

「敵わないなぁ…」

「ん?何か言ったか?」

「いいえ、よろしくお願いします!!!」

「よし、走るぞ!」


 そう言ってエルグラントさんと俺は走りだした。



―――――――


「はー…完全に抜けました」

「ならよかった。うえ、さすがにこれだけ汗かくと気持ち悪いな…シャワーじゃなくても水道くらい借りられるかな」

 走り終わってヘンリクセン家の中庭で俺とエルグラントさんはぜいぜい言いながら呼吸を落ち着けていた。



「湯あみのご用意ができております。お客様」

「「――――っ!!!???」」


 不意に後ろから声を掛けられて俺とエルグラントさんはばっと後ろを振り返り、警戒体勢をとった…が、目の前の存在に即座にその体勢を解いた。

「び…っくりした。気配ゼロでした」

「驚かせるなよ…マリア」

「あなたたちもまだまだねえ。一介の侍女の気配に気づかないなんて」

 侍女の服を身に纏ったマリア殿がそこにはいた。

「一介の侍女は気配消せねえだろ普通」

 くっくっくとエルグラント殿が笑いながら言う。激しく同意だ。


「ヘンリクセン家の皆さんはもう起きられたんですか?」

 俺の言葉に、マリア殿が頷いた。

「旦那様は今日早朝に手掛けられている事業の方で会議があるからもう出かけられたわ。ロベルト様は今起きられてご支度中よ。奥様とお嬢様は眠ってらっしゃるわ。今日はゆっくりご起床の予定よ」

「そうですか。俺も準備しないと」

「エルグラントは?どうする?私も今日は仕事だから相手は出来ないけど、家が見つかるまで屋敷に滞在していていいと旦那様は仰っていたわ」

「そうか、それはありがたい。じゃあお言葉に甘えるとする。日中はシオンに乗って町ぶらぶらしてくっかな」

「ええ、自由に動くといいわ。さぁ、二人とも湯あみをしてきて…と、その前にレイ。あなたに聞かなきゃなんないことがあるんだけど」


 マリア殿が俺をじっと見てくる…そうだよな、気付かれないはずないよな。殴られても仕方ないことを俺は昨日してしまったんだから。



「―――すみませんでした!!!!」

 俺はがばりと腰を折ってマリア殿に頭を下げた。

「??ど、どうした?レイ」

 エルグラントさんが訳がわからないといった顔で俺とマリア殿を交互に見比べている。


 しばらくずっとそうしていると、マリア殿のはぁ、という小さな溜め息が耳に届く。びく、と肩が震えあがる。

「…まぁ、何もなかったようだからいいけれど。あなたのことだから酔っぱらって間違って入ってしまったんだろうけど。もう少し慎重になさい」

「はい…」

「おいおい、マリア、何の話だ?なにがあったんだ?」

「今朝お嬢様の様子を見に行ったら、部屋中がお酒臭いわ、お嬢様の枕元に見慣れた金の短い髪が落ちてるわ。誰が真夜中来たのかすぐわかってさすがに肝が冷えたわよ」

「…お、おう…それは思い切ったことしたなレイ…」

「違います!本当に部屋を間違っただけで、俺も夜中目が覚めて叫びそうになったくらいなんですから!」

「よく叫ばなかったわね…?」

「サラ様が俺が状況を理解できるようになるまで口を塞いでくれていたので…」

「お嬢様起きてたの!?」

 マリア殿が驚いた声を上げる。

「はい、俺が起きた時にはサラ様も目を覚まされていました。ほんと、あの方が理性的な方でよかった。じゃなきゃ大変なことになるところでした」

「まぁ、サラ嬢が驚いて大声でも出そうものならお前の信用はがた落ちだもんな…」

「あなたが寝込みを襲うような人間ではないことは信頼してるけど…お嬢様が起きていて、逆に本当になにもなかった…?」


 マリア殿の声に俺はびくりと、肩を震わせる。

 いやーな汗が背中を伝う。


「おいおい…レイ、お前即答できないって…まさか…」

 エルグラントさんが青い顔をしている。何を考えているか即座にわかって俺はぶんぶんと手を振った。

「そ!!!それだけは絶対にないです!!!死んでもないです!!!それだけは!!!」

「それ『だけは』ってことは、それ『以外』にはなにかあったってことよね?」

 マリア殿めっちゃ怖い。本気で怖い。

 だめだこれ…逃げられない。


「口に…口づけを…ちょ、ちょっと深いのも」


 …。


 ……。


 ん?な、なんだ?なんで二人とも黙っているんだ。俺は恐る恐る顔を上げると。

「な、なんで二人ともそんな盛大に呆れてるんですか?」


「あなたねぇ…」

 マリア殿が盛大に呆れた声で言う。

「そんなもったいぶった言い方したらもっとすごいことが起きたと思うでしょうが!!!二十五にもなってその初心はもう大概になさいよ!?」

「で、でも…俺…なんか交渉術みたいなのも使っちゃって…伺いは立てたけど、サラ様が断れないような状況作り出しちゃって…」

「伺い立ててお嬢様がいいって言ったんでしょ?」

「ええ、そ、それは勿論です」


 マリア殿がはーーーっと長い溜息を吐いて、エルグラントさんが肩を震わせて笑っている。

「あなた教育の仕方間違えたんじゃないの?普通の二十五歳はもう少し恋愛に手慣れてるわよ」

「許してやれマリア。そして矛先をこっちに向けるな」


「ねえ、もしかしてあなたお嬢様に謝罪しようとか考えてないでしょうね?」

「え?で、でも俺の昨日の一連の行動はたしかに紳士としてはあるまじき行為で…」

「そうね、深夜に部屋に入ったこと、ベッドに入ってしまったこと。それはお嬢様に謝罪なさい。でも、口づけを贈ったことを謝罪しようとしているのなら絶対にやめなさいよ」

「え…な、なんでですか?」

 はーっとマリア殿がまた頭を抱える。エルグラントさんが笑いながら代わりに答えてくれた。


「簡単なことだ。逆の立場になって考えればいい」   


「逆の立場…?」

「もしお前がサラ嬢から口づけしていいか聞かれて、喜んで了承したのに、後日それを謝罪されたらどう感じるかってことだよ」


 …。


 …。


「め…めちゃくちゃ…へこみますね。なかったことにしてくれって言われてるみたいに感じます…ね」

「そういうこった。女性の嬉しい気持ちをぐちゃぐちゃにしかねない行動なんだよそれは」

「ほんと…もう。これで仕事はできるんだから不思議でしょうがないわ…」

 二人の言葉にどんどん小さくなってしまう。反論一つできない。


「ま、今回の件は旦那様や奥様には内緒にしておきますから。今後二度とこういうことがないように!」

「はいっ!」


 なんかもう今日俺めちゃくちゃ怒られる日だなぁ…


 …仕事…がんばろ…


 しょぼんとなりながら俺は湯あみへと向かうのだった。

ヘタレ団長のかっこいいところをいつか書いてあげないとかわいそうになってきた…実力はあるんですよ?実力は…

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