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133.なんでここに

 私は小さな頃からいくらか出来る方のタイプだと自負があった。大抵のことは一回聞けば出来たし、大抵の人が考えていることもわかる。

 勉強なんかすぐ覚えられたし、状況理解が早いと先生からお墨付きを貰ったこともある。

 でも、いま、この状況は何を考えてもさっぱりさっぱり意味がわからない。



 …なんで、私の隣にレイが寝ているのだろう。



 帰ってきた高揚のせいか、なんとなく寝付けなくて微睡の中ベッドで過ごしていた。こんな日は浅い眠りを繰り返してしまうわ…なんて思って一回目の浅い眠りに入ったところまではよかったんだけど。



 ふ、と目を開けた真夜中。私の目に飛び込んできたのはとびきり美しい寝顔を見せる、月明かりに照らされるレイだった。

 今日が満月で光があって助かった。レイだと分からなければ私は屋敷中に響く大声を出していたと思う。

いや、レイだとわかっても叫びそうになるのを必死に堪えたんだけど。


「お酒…くっさ…」


 レイからお酒の匂いがぷんぷんする。湯浴みを終えてお兄さまと飲むと言っていた。多分そこでしこたま二人で飲んで、珍しく酔ったんだろうと思うけど。

 そして、私の部屋の隣に準備された自分の部屋と間違えてこっちにきちゃったんだと思うけど。


「…」


 私はレイの頬をぷにぷにと人差し指で刺す。全然起きる気配はない。

 

 ええ、ええ、分かってます。これってものすごくいけない状況よ。未婚の男女がこんな深夜一つのベッドの上で共に過ごすのはこの国ではご法度だもの。

 でも、こんな愛おしい人が隣に寝ていて、ときめかない人がいるのかしら。


 起こしていた身体を私はもう一度ベッドに横たえる。そうして、そっとレイに近づいて、ぴと、と身体をくっつけた。途端。

 その逞しい腕が伸びてきて私をぎゅうううう、と抱きしめる。

「えっ?!」


 ま、まさか起きてた?嘘!…と思ったら、レイはそのまますうすうと寝息を立てている。あ、よかった。無意識で抱きしめてくれたのね。


「…サラ…だいすき、サラ」


 ーーー寝言?!もうもうもう!!寝言でもなんでそんな甘いのあなたは!!

 抗議したくなる気持ちを必死で抑える。逞しい腕と胸に抱かれて身動きが取れないのがこんなに幸せなことだなんて。


 私は身を捩って、頭だけ腕の拘束から逃れる。目の前にはとびきり美しいレイの顔。

 いまだに信じられないときがある。こんな素敵な人が私に心をくれて、生涯を共にすると約束してくれて。

 イランニアで、私はマリアに言った。レイの奥様となる人は幸福ね、と。この人に愛を囁かれる人が羨ましい、と。


「…まさか、私がその相手になれるだなんて」


 大好き。大好き。どうしようもないくらい大好き。

 気づけば私は頭を持ち上げて、レイの頬に口付けを落としていた。愛おしくて愛おしくて。


「…大好き」


 そう、囁いた瞬間。

 


 ばちっ、とレイが目を開けた。


「きゃ!」

「……えっ?!」

 思わず大きな声が出そうになるのを必死で堪える。

 

「ちょ!…っえ!!?はっ…っ?!」

 わああああダメダメダメダメ!!!うちのマリアが起きてきたら大変なことになる!!!めちゃくちゃ耳聡いんだから!!!私は慌ててレイの口を塞ぐ。

「しーっ!!」

 片手でレイの口を押さえながら、片手で静かにしろというジェスチャーをすると、しばらく目を白黒させていたレイが色々察知したようでこくこくこく、と頷いてくれた。

 


「…っ!、な、何で俺はここに?!」

 落ち着いた後、私の手から解放されて小声で慌てるレイに私は笑ってしまう。

「多分レイは酔っ払っちゃって、間違ってこっちにきちゃったんだと思うわ」

「…酔っ払…っ!!!あぁああ…ほんと、ほんとごめんサラ…」


 うぅーん、きゅん。未だにこの二人きりのサラ呼びはきゅんってくる。

「大丈夫よ、流石に朝までこのままってのはダメだけどね」

「分かってる…。あぁ…ほんとごめん。ロベルトとのお酒がめちゃくちゃ楽しくて」

「ふふ、お兄さまとそんなに仲良くなってくれて嬉しいわ」

「にしても酔っ払うなんて…何年ぶりだよ…もう…ほんとごめん、迷惑かけて」


「…迷惑?」

 私は首を傾げてしまう。

「全然迷惑じゃないわよ。…あなたと二人っきり、とっても嬉しい。ふふ、結婚したら毎晩こんな感じなの?だめだわ、私きっと幸せすぎて死んじゃう」


 …。



 ……。



「ん?!れ、レイ、どうしたの??!」

 レイが月明かりでもわかるほど真っ赤になって両手で顔を覆っている。


「やめて。俺にだって理性の限界ってのがあるんだから」

「ん?!んん?ご、ごめんなさい?どういうこと?」

 その問いには答えがないまま、ふーっと息を吐いてレイが顔から手を離して私の目をしっかり見て問いかけてきた。

「…サラ。…口にしていい?ずっとずっと我慢してたけど、正直もう限界だ、俺」


「口に?口になにをするの?」

「口付け」


 即答するレイの言葉にぼっ!と顔が熱くなる。口付けって、口に口付けって、あれよね?あの、口と口が触れ合うあの。口に口が…だめだわ口がゲシュタルト崩壊。…ってそうじゃなくて!!!!


「嫌ならしないから」


 じっ、と私を見てくるレイ。そんな、そんなの、逆らえるわけない。違う、逆らうとかじゃない。


「…なわけない」

「ん?」

 声が掠れる。恥ずかしいけど。私だって。


「…いや、な、わけない…レイ」 

 

 うううう!恥ずかしい。顔を上げきれないから上目遣いになっちゃったし、なんだかハキハキ言えなくて口すぼめちゃったし、絶対こんな暗がりでもわかるくらい顔真っ赤だし!!!!


「…っ、もーーーー!!いい加減にして欲しい…っ!」

 レイが枕に顔を埋めながら叫んでる。叫んでるって言っても枕のおかげでぜんぜん聞こえないけど。

 しばらくそうやって枕に顔を埋めていたけど、やがてレイはゆっくりとその綺麗な顔を上げてくれた。


「…だめだ。サラ、ごめん。色々ぶつけちゃうけど、我慢して」


「んっ?!」



ーーーーーーーーー



 はい。口付けだけで歩くのもままならなくなるなんて初めて知りましたよええ。

 ちなみにそのあとはきちんとすぐに帰ってくれたけど、私は全然眠れませんでした!!!!もう!もうもう!レイさん絶許!!!

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