131.受け継いだもの
「さすがです…公爵閣下。やっぱりあなたはサラ様のお父上だ」
レイが呆然としながらお父さまに言うけど。ん?なんでそこで私が出てくるのかしら。
「レイが…王族」
お兄さまが呆然としている。お母さまはあらあらまあまあそうだったのね、とあまり動じてはいらっしゃらなそうだわ。さすが肝が据わってらっしゃる。
「…あっ!」
真面目なお兄さまが慌てて立ち上がって跪こうとするのをレイが慌てて手だけで制する。
「するなよ!絶対するなよ!!!挨拶とか絶対するなよ!!!」
「だ、だがっ!」
「頼む!!!ロベルト!!!絶対するな!!!」
「するな…と言われてもっ!!!」
「したらサラ様に『お兄さま、大っ嫌い!!』って言ってもらうからな!!!するなよ!絶対するなよ!!!」
「ふぐ…っ!そ、それは…っ!」
二人とも若干涙目なんだけど。なにこのおもしろい応酬。そしてなにその罰ゲーム。なんで私が出てくるのよ。
マリアとエルグラントも声を出さずにそっぽを向いて肩だけ震わせてる。コラそこの二人面白がるんじゃない。
「まあまあ、ロベルト。レイモンド団…んーねえ、僕ももうレイって呼んでもいいかな?」
「もちろんです!!!」
お父さまの申し出にレイがぱああと瞳を輝かせる。なんだか尻尾のようなものが見えた気もしたけど気のせいかしら…
「ロベルト、レイはそんなことを望む子じゃないよ。気持ちを汲んであげなさい。せっかくいい家族であり、友人になれそうなのなら、嫌がることはしちゃいけないよ。君が挨拶をしたいというのはこの場合ただの自己満足だ」
やんわりと、だがしっかりとお父さまがお兄さまを窘める。
レイが頭がもげそうなほど頷いている。
「…わかりました」
お兄さまが諦めたようにため息を吐いて眼鏡をかけなおし、椅子に座りなおした。それを見てほっとしたようにレイもまた着席する。
そんな二人を見て満足したようにお父さまも元の場所に戻る。
「…そりゃチェスもポーカーもダーツもなにもかもうまいわけだ」
お兄さまがレイのグラスが空なのを見て、ワインを注いであげながら言う。
「嗜みといいつつもほぼ必修授業だったからな…でも、同年代の人間と、ああやって遊べたのは今日が初めてだった。…めっちゃくちゃ嬉しかったし、楽しかった」
ありがとう、と言い、お兄さまからボトルを受け取って今度はレイがお兄さまのグラスにワインを注いであげてる。ふふ、なんだか息ぴったり。お兄さま、ちょっと照れてる。
「交渉団では?十六で入団したなら、同僚と遊びに興じることはあっただろう?」
「…レイは明けても暮れても自己鍛錬をしていましたから。どんな隙間時間でも交渉術などの勉強をしていた。俺もレイが同僚と遊んでいるのを見たことがないんです。ま、それで僅か六年という期間で団長まで登り詰めたんですけどね」
エルグラントが少しだけ寂しそうに笑いながら言う。シャロン前陛下から生い立ちを知らされていたからこそ、もう少し遊ばせてあげたかったのでしょうね。
「実質薨去とせよという宣言があったときは、確かデイヴィス王弟殿下五歳くらいではなかったかしら?それから交渉団に入るまでの間は?どう過ごされていたの?」
お母さまがレイに向かって尋ねる。
「五歳から十六歳になるまで私は王宮の離れで一人で住んでいました。一人と言ってもきちんと護衛やメイドはいましたが。家族にも毎日数分の間隠れ小部屋で会えるだけで。ですから同年代の友人と遊んだという記憶はほとんどなくて」
「そう…寂しかったわね」
「はい、とても寂しかったです。正直、大人になってからもそのときの寂しさは消えてなくて。…でも、サラ様がその感情を拾い上げてくれて、そして癒してくれたんです」
おおおおおおお!?こっちにいきなり矛先が。
しかもレイが蕩けそうな顔で私を見ている。そ、その不意打ちの顔ずるい。
「本当に愛おしいなぁ…」
「レレレレレレレレレイ!!!!!さ、さすがに今はお父さまたちの前だから!!自重!!!」
「え?なにを自重するんですか?」
「「ぶっ!!!」」
「マリア!エルグラント!!もう二人ともわかってるでしょ!!!止めてよ!!!」
いつもの流れにマリアとエルグラントが噴き出すけれど、全然助けてくれない。
「いやー無理だな。嬢。諦めろ」
「旦那様、奥様、ロベルト様、よくご覧になっていてくださいね。一見そうとわかりませんが義理の息子になる方は超が付くほどのド天然ですから」
「あら、そうなの?」
お母さまが嬉しそうに言い、マリアが頷く。
「いいじゃないいいじゃない。初めてうちに来た時と全然別人みたいだけど、あれはお仕事バージョンだもんね。こっちのほうがよっぽどいい。あと、「私」じゃなくて「俺」でいいからね。不自然だ。普通にいつも通りでいいよ」
お父さまの言葉にレイが目を丸くしたのちに、ふはっと噴出した。不意打ちきゅん!
「一番最初にサラ様からまったく同じこと言われました。…サラ様の大らかさと勘の良さと聡明さは公爵様から受け継いだものだったんですね」
「そうだったのかい?それは嬉しいね」
「はい。…本当にサラ様は聡明なだけじゃなくて寛容でおおらかで。人の心に敏感で」
ん…?…なんか嫌な予感がするわ。
「お、さっそく始まるな?」
「ええ」
エルグラントとマリアから不穏な声が聞こえたんだけど?めっちゃくちゃ楽しそうな顔してるけどね!?
「美しいし、美しさの中に可愛らしさも持っていて、たまに見せる無防備な笑顔が本当に本当にかわいくて…」
「レレレレレレレレイ!!!!」
嫌な予感的中!!!!
「どうしました?」
きょとん、と不思議そうにする顔すらイケメェン!ってそうじゃなくて!!
「お父さまたちの前で、そんな恥ずかしいこと言わないの!!」
「恥ずかしい?何の話ですか?…ああ、もうそんな赤くなった顔も可愛い…本当に愛おしくて愛おしくてどうしたらいいんでしょうか俺」
「知らないわよ!!!!」
淑女らしからぬ突っ込みを入れてしまう。
「ああ、なるほど…こういうところね」
「ええ、そうです。旦那様。彼は無自覚で甘い言葉をダダ流ししますので」
「ふふ、サラが振り回す方かと思っていたけど。まさか振り回してくれる殿方に出会えるなんて。きっと毎日とても楽しいわね」
「あ、奥様。お嬢様も似たようなものですので。ときたま盛大にレイを振り回していますので」
「まあ、頼もしいこと。さすが私の娘だわ」
そのとき、今まで押し黙っていたお兄さまがいきなり勢いよく立ち上がった。しかもただならぬ雰囲気で。いきなりの行動に一同が目を丸くする。
「お!お兄さま!?どうしたの!?」
私の声を無視して、お兄さまはレイの元に行く。まさか、あれだけ言ったのに跪こうとする…
「――――同志よ!!!!!!!」
…。
…。
ドウシヨ?
お兄さまがレイの手をがばっと掴んだ。感激の表情を見せている。
…なんかめちゃくちゃ嫌な予感。
「わかる!!!!わかるぞレイ!!!サラの聡明なのにそれを驕りもしない寛容さ、おおらかさ!!!美しさの中のかわいらしさ!!蝶のような笑みが今までどれだけ多くの男を虜にしてきたか!無防備な笑顔がどれほど愛らしくて可愛らしいか!!!!
「わかるか!!!ロベルト!!!!!」
「ああ!!!ああ!!!…語り合おうレイ!今日は明け方まで飲みながら語り合おう!!!」
「そうだなロベルト!!!」
アー…ウン。
私が女王を決意した経緯だとかレイが実は王弟でなんで存在を秘匿されていたかとかなんか朝まで語り合うことってもっと別にたくさんあると思うんだけど…
でも、なんだかんだで皆が笑っているから……ま、まぁいいわ(?)
いいのか?笑




