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129.レイとロベルト

目線が途中変わります。

「チェックメイト」

「また負けた…ちょっと、レイモンド団長、何か不正でもしてるんじゃないんですか?」


 チェス、六戦目。今のところ全勝。

「私も必死なだけですよ。サラ様にふさわしい男として見てもらうために」

 手元に置いてあったショットグラスの中身を一気に煽る。すぐさま近くにいた使用人が強い蒸留酒をお代わりで入れてくれる。

「ありがとう」

 礼を言うと、いいえ、とにこやかに返される。

 礼をすると大抵の使用人はとても驚く。私どもにいちいちそのようなものは不要です、とか畏れ多い、とか言われるけど、ヘンリクセン家の使用人は皆にこやかに礼を受け取る。


 ―――きっとそれは日常的にこのヘンリクセン家の人々が礼を言っているからだ。


 なんて好ましい家族だろうと思う。こんな好ましい家族に育てられたサラ様があんな素敵な女性になるのも激しく納得できる。

 だからこそ強く思う。

 この好ましい家族に受け入れてもらいたい、と。自分に対して威嚇してきたこの目の前のロベルト様にも受け入れていただきたい、と。


 …と、すごく意気込んではいるものの。

 なんか、ただチェスを楽しんでいるだけのような感覚に陥ってる。どういうことだ?


「あー…悔しい。こう見えても私、イグレック学園のチェス大会では万年優勝者だったんですよ。さあ、もう一戦行きましょう」

「それは…すごいですね。わかりました。今度は私が後攻で」

「そういえば、レイモンド団長はイグレック学園には在籍してませんよね?私より一つ上なだけだから学園内にいてもおかしくないのに。所作が美しい。庶民の出ではないでしょう?大抵の貴族の子息や息女はイグレック学園へと入学すると思うのですが」

 

 手際よく駒を進めながらのロベルト様の指摘にぎく、となる。いや、どうせ後できちんと自分の身元をいうつもりではいるけど、今追及されるとちょっと困る。

「十六で交渉団に入ると決めていましたので。入学はしませんでした」

「入団するまで在学すればいい話では?実際に私の周りにも十六歳で中途退学し、交渉団に入った者もいましたよ」


 うううう…そこつかれると辛い。俺も駒を進めながら応じる。


「…そこらへんは…俺のことを認めていただけたら…話せる話の中に入っていますので」

「へえ、レイモンド団長一人称『俺』なんですね」


 しまった。完全に油断していた。ロベルト様の王手一歩手前だ。

 ロベルト様がにこっと笑う。うっ、その笑い方意地の悪い時のサラ様そっくりだ…。

 俺は即座に立て直しを計る。負けるわけにはいかない。

 仕切り直しだ。ショットグラスの蒸留酒をまた一気に煽る。


「レイモンド団長はサラのどこが好きなんですか?」

「ごほっ!!!!!」


 もう飲み込んだ後だったからかろうじて酒を噴き出しはしなかったけど、俺は完全に咽込んでしまう。げほげほと苦しそうにしていると、使用人がハンカチを手渡してくれた。ありがとう、とお礼を言ってそれを受け取る。

 すぐさまお代わりの蒸留酒と水が入ったグラスが置かれる。細やかな仕事だなぁ、なんて涙目になりながら考える。


「いきなりですね…」

「いい感じに動揺してもらわないと、私に勝機はないと悟ったので」


 まさかの堂々と小賢しいことしてます発言に俺はきょとんとしてロベルト様を見て驚いてしまう。

 そこにはめちゃくちゃ楽しそうな顔で俺を見ているサラ様の兄君がいた。さっきの威嚇なんか微塵も感じさせない。


「で、どこが好きなんです?」

「…どこと言われたら。正直顔も性格も何もかも好きですね」

「月並みな答えだなぁ」


 少しずつ体制を立て直していく。よし、これなら挽回できる。

 駒を進め合いながら俺は言う。


「…どこが好き、という質問は好きなところがありすぎてすごく難しいですが、どのくらい好きかと聞かれたら即答できます」

 ロベルト様も正直めちゃくちゃ強い。勝ってはいるものの、毎回ぎりぎりだ。

「へえ、どのくらい好きなんですか?」

 誘い駒に乗った。―――よし!



「――――自分の人生を全て変えていいほどに。…チェックメイト」



 ふう、と息を吐く。良かった。勝利は死守できた。俺の勝ちだ。


「―――ぶっ!!!」

 ん?今どこからか笑い声が。驚いて顔を上げると、そこには嬉しそうに笑いながら俺を見るロベルト様が。

「ろ、ロベルト様?」

「ロベルトと。いくら義兄になるとは言え、そもそも一歳しか変わらないんですから。レイモンド団長」


 ちょっと待て。義兄?義兄って言ったよな?認めてくださったてことだよな??確かに七連勝したけど、いつどのタイミングでこの方は認めてくれたんだ?


「いくらあの子が聡明でも、美しくても、そんなのは関係ない。私にとっては世界一可愛い妹です。…あの子を泣かせたら、あの子に『レイ、大っ嫌い』って言わせますから」



「――――ふはっ!」 

 …笑ってしまう。どこかでも聞いたぞそれ。なんだ、この人。めちゃくちゃ面白いな。俺は手を差し出した。

「俺のことも、レイとお呼びください。敬語も不要です」

「それなら私にも敬語は不要だ。よろしく、レイ」

 ロベルトが手を差し出してくれる。俺たちは握手をする。なんだか妙に高揚する。

「よろしく、ロベルト」


「次はポーカーをするか?」

 ロベルトが嬉しそうに言い、俺もまた嬉しくなる。だってぶっちゃけると、同世代の人間とこんな遊びしたのは人生で初めてだからだ。ヒューゴやマシューとは飲みに行くばかりだし。

「いいな。俺、強いぞ」

「完璧すぎる男はむかつくなぁ」

 ロベルトが笑いながら酒を煽る。俺もつられるようにしてショットグラスを手に取った。



―――――


「あらあら、すっかり仲良くなっちゃって」

 お母さまの言葉に私はレイとお兄さまの方を向く。

 くしゃりと笑いながら、本当に楽しそうにレイがお兄さまとポーカーをしている。時折合間に「今のはズルだろ」とか「ロベルト!」とか「やった!私の勝ちだぞレイ!」とか言っているのが聞こえる。わー本当にすっごく仲良くなってる。ふふ、嬉しい。


「ロベルトはこういうゲームで負けないから、途中から誰も一緒にしてくれなくなったのよね。手加減したらしたで『馬鹿にされた』と言われるし。…ロベルト本当に楽しそう」

「レイも…多分同年代の人間とああいうゲームは初めてだわ」

 私の言葉にお母さまが首を傾げる。続きを促されているのはわかるけど、それはきちんと皆の前で話をしたい。私は困ったように笑ってしまう。

「あとで話すわ。…その時でもいい?」

「もちろんよ、私の可愛い娘。あなたが望むように」


 お母さまが私の頭をご自分の肩に引き寄せる。久しぶりのお母さまの匂い。小さい頃から変わらない大好きな大好きな匂い。思わず私はその肩に頭を摺り寄せてしまう。


「あらあら、十八になったというのに。相変わらず甘えたさんねえ」


 ―――いいじゃない、二年ぶりなんだもの。

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