128.男同士の戦…い?
「詳しくって言うと、色々と話さなければいけないことが多すぎるのよ、ねぇ、レイ」
「そうですね…」
静かな覇気を向けられてレイが青い顔をしている。
まあ、将来の義兄にそんな視線向けられたら誰だってショックだし怖いわよね。
「こらこら、ロベルト。あんまり威嚇しちゃだめだよ」
お父様が笑いながら言ってくれるけど、お兄さま全然聞いていない。
どうしましょうか…私がやめてって言ってもきっと今のお兄さま聞いてくれないわよね…
そんなことを思っていたらレイが口を開いた。すっと空気を下げて、神妙な声を出して。
「…認めていただけないとお話できないこともあります。ですから認めていただくまで、私は引きません。…どうしたらロベルト様にも認めていただけるのでしょうか?」
びりっと空気が変わる。驚いてレイを見ると、もう青い顔はしていない。その代わり、強い決意を目に秘めている。何があっても、私と共に居るんだって。お兄さまに認めてもらうんだって言っている。
ふふ、とても嬉しい。
「…ほう」
お父さまが感心したように声を出した。でしょうでしょう?私のレイ、カッコいいでしょう?
「…勝負をしましょう、レイモンド団長」
お兄さまが不意に言い出した。
「勝負、ですか?」
「ええ、勝負です。別に私に負けたら妹を諦めろだなんていいません。あなたがどれほどの実力者か調べたいだけです。妹の伴侶になるに相応しいだけの男なのかこの目で見定めたいだけです」
「わかりました。内容は?」
「ご希望はありますか?」
「…あなたに武器を向けるような勝負だけは出来ません」
「…なるほど、それならロベルト。プレイルームで勝負してみたらどうだい?」
お父さまが横から提言してくれて、お兄さまがそれに頷いた。
「それじゃあ、チェス、ポーカー、ダーツ辺りで勝負というのはどうでしょうか?」
「承知いたしました。ロベルト様のお望みのままに」
レイが恭しく頭を下げる。
―――――
「ごめんなさい、レイ。お兄さまが」
「大丈夫です。これくらいのことで認めてもらえるのだったら、容易いことです」
プレイルームに向かう途中で私はレイにこそっと耳打ちする。
「それに…あなたがロベルト様を止めなかったから」
レイの言葉にびっくりしてしまう。
「気付いていたの?」
「勿論です。どれだけあなたを見てきたと思うんですか。ロベルト様が悪意を持って俺に挑戦を仕掛けてきたのなら、あなたは絶対に止めてた。でもそうじゃなかったんでしょう?」
レイの言葉に私は笑ってしまう。さすがね。
「勝負事が終わったら教えてあげる」
「さ、どうぞ。中に入って」
「これは…見事なものだ…」
お父さまが入室を促すと、エルグラントがあんぐりと口を開けてプレイルームを見渡す。
「男のロマンが詰まっているでしょう?さ、愚息どもが遊んでいる間、エルグラント殿は私と一杯どうですか?」
「おっ!いいですね!!…っと失礼いたしました!つい軽い口調を…」
そう、エルグラントはもう退団し、交渉団団長という肩書はない。騎士爵という称号は持っていたけど、貴族のそれとは別物だ。対してお父さまは公爵。この国で王族の次に身分が高いとされている。本来なら礼儀を尽くさないといけない。でも…
お父さまとお母さまが座り、エルグラントが躊躇って立っているのがおかしくて、私は彼の手を引っ張りお父さまの向かい側のソファに無理矢理座らせる。
「構わないわよエルグラント。むしろこういう場でかしこまった口調を使い続ける人間がお父さまは大嫌いだわ」
「ほ、本当か…?」
「そうそう、普通にしてくれたらこっちもおいしい酒が飲めるからね。マリア、グラスを頼めるかい?」
「かしこまりました」
「もう、あなたったら。マリアだって長旅で疲れているのよ。マリア、あなたはエルグラント様の隣でお酒の相手をしてあげて」
お母さまがやんわりとお父さまを窘める。私も激しく同感だわ。
「ですが…」
「ふふ、これは公爵夫人命令」
穏やかな優しい物言いだけどこれは絶対に有無を言わせない時のお母さま。ああ、なんだかなにもかもすべてが懐かしい。
「…かしこまりました」
マリアが苦笑しながらエルグラントの隣に座ったのを見届けて、私は扉の所に控えている使用人の一人に声を掛けた。
「ルイザ、グラスとお酒をお願い。あと、なにかお父さまたちのお酒のおつまみも」
「かしこまりました。奥様とお嬢様はどうなさいますか?」
あっ!と私は声を上げる。
「お母さま!私ほんの少しならお酒飲めるようになったんですの!ご一緒しません?」
「まぁ、本当に?それは楽しい申し出だわ。ルイザ、私たちは薄くて甘いお酒でお願い」
かしこまりました、と言ってルイザが頭をちょこんと下げて出て行く。
「サラはお酒が飲めるようになったのかい?」
お父さまが嬉しそうに言ってくれる。
「ええ、でも、最初はエール二口で酔っぱらってしまってレイにとっても迷惑かけちゃったの。ね、レイ…」
そういってお兄さまとレイを振り返ると。
「…あらあら」
お母さまが呆れた声を出す。
「本当に素直じゃないなぁ、ロベルトは」
お父さまがやれやれといった顔を見せて、私はにこにことしてしまう。
だって、ものすごく真剣な表情で二人でチェスをしているんだけど、お兄さまとっても楽しそうなんだもの。
「んん!?あれは、どういうことだ?嬢」
エルグラントが驚いた声を出す。マリアも若干驚いた顔をしている。
「ロベルト兄さま、おそらくレイのことはすでに認めているわ。だって最初の国外追放の時から「不足はない」ってレイの実力は認めていたもの」
お父さまもおかしそうに笑う。
「サラから紹介したい人がいるって葉書が来た時も、多分レイモンド団長じゃないかなって憶測を立てたんだけど、そのときもサラの相手として不足はない、と言っていたしなぁ。まぁ、実際に紹介されるるまでドキドキしてたようだったけど」
「…アース王子の時あれだけ反対してらしたから…てっきり今回もそうかと」
マリアがぽつりと言うのを、今度はお母さまがおっとりと切り返す。
「だってアース王子はアホじゃない?レイモンド様はそんなことないもの」
んふっ!!と私は噴出してしまう。
そう、お母さま口調はゆっくりだし、基本的におっとりしているんだけど容赦ない時は容赦ない人なのだ。
「だが…先ほどもあれだけレイに威嚇してらしたじゃないか…?」
エルグラントの疑問に私は答える。
「一瞬だけね。レイがどう出るか見たかったんじゃないかしら。もしあのお兄さまの威嚇や言葉で、怯んだり逃げ出すような人間だったら私を任せられないと思って試されたんだと思うわ」
でも、わかってる。レイは絶対に逃げ出したりはしない。
「レイが毅然とした態度をとってくれたから、お兄さま、安心してくれたと思うわ。勝負をしましょうといったときにはもうすでに目がただ単に『遊びたい』になってたもの」
「あっはっは、久しぶりだけどその能力は健在なんだな、サラ」
お父さまとお母さまが笑う。
と、その時。
「…そ…っか…あぁ~~~、よかった…」
エルグラントがはぁぁぁ、と長い息を吐いた。
「エルグラントにとって、レイは息子同然なんです。…ちゃんとレイがヘンリクセン家に受け入れてもらえるのかこう見えてものすごく心配してたんです」
マリアが笑いながらお父さまたちに言う。そうだったのね。ふふ、なんだかとっても優しい気持ちになれるわ。
「あああああああああ!!!また負けた!!!!」
突然お兄さまの声が聞こえ、私たちは再び振り返る。
「ちょっと今のは反則でしょう?そっちのナイトを動かすだなんて!」
「いや、ですが…今の流れから行くとそこしかな…」
「もう一回!」
「は!はい!」
私はおかしくて笑ってしまう。ちょっと教えてあげたくなっちゃう。
確かにお兄さまもめちゃくちゃこういう頭脳系のゲームはお強いし、負けなしと言われた人ではあるんだけど。
――――お兄さま、お兄さま。その人王族ですから。いくら嗜みといえどチェスなんか最高の教師陣に教えられて育った人ですよ。
夕食の時間あたりに話すことになるでしょうけど、今は黙っておきましょう。
だって、とっても楽しそうなんだもの。―――二人とも。




