126.体育館倉庫裏的なアレ!?
喧騒がやがて落ち着き、穏やかに皆と話ができるようになったころ、その集団は現れた。
「…サラ・ヘンリクセン公爵令嬢。ちょっとよろしいですか?」
そうやって私に声を掛けてきたのは交渉団の団服を着る数名の女性集団。
先頭に立つ女性が物凄く美人さんだわ。きりっとした表情がかっこいい…てそうじゃなくて。
この人たち…さっきレイが私を恋人だって紹介した時に泣いていた人たちだわ。
はっ!!!この流れはまさか…
隣でレイが「おい、お前たち失礼なことを…」というのを手で制す。
「あなたが、団長の恋人?ふぅん、ま、別れるのも時間の問題ね」
「なによこんなところにドレス着込んでめかしこんできちゃって。場違いだってわからないの?」
「やぁだ、世間知らずのお嬢様だもの。仕方ないわよ」
「二年間もわたしたちの団長を独り占めするなんて図々しいのも大概になさい」
…ってやつではないわね。いかんいかん、つい妄想してしまったわ。
だって目が違うもの。敵対心なんて皆無だわ。
と、思った瞬間。
美人さんが私の手をがしっと握ってきた。
――――へ?
「ありがとうございます!!!!!!!!やっと!!!やっと団長にお相手が!!!!しかもこんな美しい方が!お願いします絶対に絶対に別れないでください!!!」
えええええええええ??????こ、これはめちゃくちゃ予想外の言葉なんだけど。
「ど、どうなさったのですか??」
なんでそんな感謝の言葉???
背後でエルグラントがお腹を抱えて笑っているのが分かる。レイが頭を抱えながら美人さんを軽く叱責する。
「セリナ。お前も例外じゃないぞ。きちんと礼はつくせ。まず挨拶だろう」
レイの言葉に弾かれたように美人さんが私の手を離して一歩引き、胸に手を添えながら深々とお辞儀をしてくれた。美人さんの背後に立つ女性集団もその礼に倣う。
「大変失礼いたしました。セリナ・ヴィッセルと申します。交渉団第四隊隊長を務めております。以後お見知りおきを」
「サラ・ヘンリクセンと申します。こちらこそよろしくお願いいたします」
「ええ、ええ存じております。あのご高名なヘンリクセン家のご息女ですもの…!!まさか団長があなたのような高嶺の花を射止めることができるだなんて…」
ん?逆じゃなくて?
ま、まあいいわ。私は気になっていたことを質問する。
「あの…セリナ様。なぜ私は感謝の言葉をいただけたのでしょうか?」
「まぁ!私のようなものに敬称など不要です。どうかセリナと敬称なしでお呼びください。…感謝の言葉は…恥ずかしながらここ数年、女性の新兵が長続きしなくて、私達もほとほと困り果てていたんです」
ん?どゆこと?私は首を傾げる。
「あああ!!!もう!そんな仕草も可愛らしい!!!」
…ん?
「あっ!失礼しました私ったら。きちんと説明いたしますと、毎年複数名の女性の新兵が入団するんですが、ほとんどが団長目当てなのです。動機が不純なもので、長続きをしないのです。なまじこの歳で彼女もおらず、結婚もせず、一応顔もよく立場もある…そんな優良物件目当てに入団するものが後を絶たず、私達も困り果てていたのです。でも、団長に恋人がいるとなれば!!そんな輩は最初から来ませんから!!」
えええええ何その理由!!!!
こ、交渉団ってそんな不純な動機で入団できるくらい入団試験のレベル低かったかしら…
そんな私の思考を見透かしたかのようにセリナ様は言う。
「恋の力をナメてはいけませんよサラ様。レイモンド団長に近づくためにものすごい実力を付けて近づく女性は山ほどいます」
「で、実際に入団してあの鬼指導と女性への超絶塩対応に勝手に幻滅して退団していくのよね」
セリナ様のすぐ背後にいた女性団員が言い、皆がうんうんと頷く。
レイが万人にモテるわけではないとわかっているけれど、それでは目の前にいるこの女性団員の皆さまは、そういうことに興味がなかった方々なのね。
「セリナたちは、エルグラントさんが嘘の令嬢の噂を流したときに、辞めなかった団員です。そもそも彼女たちは俺に露程も興味はありません」
「団長の言う通りですわ。サラ様。安心してくださいね!今団内にいる女性団員は団長に興味のない人間ばかりですから!!!そして絶対に絶対に絶対に別れないでください!!!」
ふたたびセリナ様が私の手をがしっと掴んで力説してくる。
「もうこれで女同士の醜い争いから解放されると思うと…!純粋な動機の新兵が入ってくると思うと!!!!喜びで涙が溢れて止められませんでしたわ!!!」
あぁ…さっきの涙はそういう…
ていうか…
「レイ、あなたどんだけよ…」
思わずジト目でレイを見ると、レイが赤くなって慌てる。
「勘違いしないでくださいよ!本当に俺は女性に気を持たせるようなことはしてません!」
「…本当に?」
「本当ですって!!!あなた以外に気を引きたい女性なんかいない!」
…。
……。
ん?なんか皆あんぐり口を開けてない?
あっ!そうか、レイは団員の前だと…!
はっ、となぜ皆がそんな表情をしているのか気付いたレイがすぐに顔を取り繕うが、時すでに遅し。
「団長が…慌てた…」
「団長が…デレた…」
「団長が…赤面してる…」
ええええええええええええ!!!!!???と団員の驚愕の声が休憩所内に響き渡った。
―――――――
「私とサラ・ヘンリクセン公爵令嬢の関係に関しては、正式に公表するまで一時箝口令を敷くことにする。皆の休憩時間を使ってしまいすまなかった。最初にも言った通り、休憩時間は延長してくれ。きちんと休むように!以上!解散!」
再び団員を整列させて、レイが号令をかける。
団員の皆さんの視線が生温かいのは突っ込まないでおきましょう。
交渉団の皆様に見送られて私たちは建物の外に出た。
「…すみませんでした。軽い気持ちでマリア殿を紹介しようなんて言っちゃって」
「まあ、あいつらの熱量を予測していかなかった俺たちも悪い」
エルグラントが気にするなとぐったりしているレイの背中を叩く。
「久々に会う顔もいて、楽しかったわよ。感謝するわ、レイ」
「マリア殿…」
レイが泣きそうになっている。ふふ、さっきまでの顔つきと全然違う。
「サラ様も、すみませんでした。怖かったでしょう?」
「ええ、さすがにあれだけ体格の良い男性たちに囲まれると怖かったわ。でも大丈夫。すぐにマシューが来てくれたし、その後は皆さんともお話したけどとってもいい方たちばっかりだったもの」
「…それなら、良かったですけど…しかも、ああああ…バレた…」
「まぁ、いいじゃねえか。お前がサラ嬢の前だとあんなになるってバレて、逆に好感度爆上がりだったぞ」
「恥ずかしいじゃないですか…」
ぐったりとレイが肩を落とすもんだから私は苦笑しながらフォローを入れる。
「いいじゃない別に。それはそうとしてとってもカッコ良かったわ、レイ。号令をかけるときなんかときめいちゃった」
「本当ですか?それは嬉しいですけど…あっ!号令と言えば俺、マリア殿の号令のとき鳥肌が止まりませんでした!なんですかアレ、どうやるんですか!?」
「号令?私何かしたかしら?」
マリアが不思議そうに首を傾げる。
「全然大声を張り上げてるわけでもないのに、なんていうか、耳に届くっていうか…」
ああ、とマリアが返事をする。
「なんなのかしらね?別に普通に声を出してるだけなんだけど。エルグラントも現役のころしょっちゅう聞いてきたけど説明できないのよね」
「それが普通は出来ないんだよな。ほんと、底知れないやつだなぁ」
エルグラントがくっくっくと笑う。
王宮の敷地外に出ると、ヘンリクセン家の馬車がすでに待機していた。
「さて、と。じゃあここでお別れだな。皆はヘンリクセン邸に向かうんだろ?」
エルグラントの言葉に私は驚いてしまう。
「えっ!?エルグラント別行動なの?聞いてないわ!」
マリアに慌てて尋ねると、マリアは不思議そうに返してくる。
「お嬢様は家に帰らねばなりませんし、私は侍女ですから当たり前ですがお嬢様に同行します。レイを紹介するのにヘンリクセン邸に連れて行かねばなりませんが、エルグラントがヘンリクセン邸に行く理由はありませんよ?」
「ちょ!!ちょっと待って!じゃあエルグラントはどうするの?」
私の言葉にエルグラントは首を傾げる。
「どうするって…適当に宿を取って休むが…」
「ええええ、ダメよ!エルグラントも嫌じゃなきゃヘンリクセン邸に滞在して頂戴。部屋なら腐るほどあるから」
「い、いや、そうしてもらえるのならありがたいが…」
「それに、マリア、あなたもお父さまたちに婚約の報告とエルグラントを紹介しなくてはダメよ?」
「あっ!」
マリアが思い出したように声を上げる。
「そうでした…しなければなりませんね」
エルグラントが首を傾げる。
「侍女の婚約なんか報告するのか?まぁ、契約上報告しなければならないとしても、俺の紹介はいらないだろう?」
エルグラントの言葉にマリアはふるふると首を振る。
「ヘンリクセン家では使用人は婚約する場合と結婚してからと、伴侶を紹介しなければならないのよ。じゃないと公爵様から怒られるわ」
「そうなの。使用人皆家族、って考えだからお父さま。だからあなたも来なくてはダメよエルグラント」
私が言うとはっはっはとエルグラントが声を出して笑う。
「ま、ヘンリクセン公爵にも久々に挨拶しねえといけないしな。んじゃお言葉に甘えるぞ」
エルグラントの言葉に私はぱあっと表情が明るくなる。ずっとずっと一緒にいたんだもの。これでバイバイだなんて寂しすぎるじゃない?
馬車に乗り込んで、さあ!家に帰るわよ!




