125.怖いよおおおお
マリアやエルグラントが団員に囲まれている。マリアを見て涙を流す者、握手を求める者、エルグラントにお祝いの言葉を投げかける者。様々だけど皆嬉しそう。
で、レイも。私の傍にいてくれたんだけど、途中からたくさんの団員に囲まれて離れて行ってしまった。
レイは前自分が怖がられていて人気がないと言っていたけど、全然そんなことないじゃない。むしろ、皆目を輝かせてレイに話しかけてる。いつものようなくしゃりとした笑い方はしないけれど、薄く微笑むたびに周りの団員が嬉しそうな顔をしているの、気付いていないのかしら。
で、私はというと…。
ええと、これはどういう状況かしら。なんでこんな囲まれているのかしら。ひええ、怖い。
そう、私を幾人もの男性が取り囲んでいる。怖いよう。なにこれ今からリンチでも受けるのかしら。
皆頬を赤くさせて鼻息荒い…やだなに本当に怖いんだけど。で、でも!ここで怯んじゃだめよ!レイもさっき負けないでって言ったじゃない!
私はすっと姿勢を正す。スカートの裾を掴み、ご挨拶をする。
「ヘンリクセン公爵が長女、サラ・ヘンリクセンに御座います。私事で皆さまの団長殿のお手を二年間という長い期間煩わせてしまったこと、心よりお詫び申し上げます」
「お!!!俺!!!スターリン伯爵家長男、エルーガ・スターリンと申します!!!」
「おいお前抜け駆けするな!!!あ!あの自分は…!」
「お前こそ抜け駆けじゃねえか!あ…あの今サラ様は好い相手というのはいらっしゃるのでしょうか」
え。なに。私の挨拶と謝罪はスルー???
皆言葉を発しながらぐいぐいと近づいてくる。ちょ、ちょっと待って???
どうしよう、怖い、逃げられない。誰か。一歩引こうにも後ろにも男性がいる。やだ、本当に怖い。どうしよう、誰か…!
私が若干パニックになりかけた、その時だった。
「お嬢!!!!!」
「マシュー!!!!」
男性の山を掻き分けてマシューが来てくれた。良かった…ほっとしてマシューにしがみつく。
「お嬢大丈夫っすか!顔色が」
「え…ええ、ごめんなさい。こんなに大勢の殿方に囲まれたことなかったからびっくりしちゃって」
「全員もう少し離れろ!!!いきなりお前らみたいなのに囲まれる女性の気持ちも考えろ!!!」
わ、マシューもこんな風に怒鳴ったりするのね。
マシューの怒鳴り声に団員たちが少し引いてくれた。
「お嬢震えてるじゃないっすか…」
「ごめんなさい…あまり男性に対して免疫がなくって」
マシューが指摘する通り、手がカタカタと震えてしまっている。
――――ぷつん。
ん?ぷつん?なんか今変な音が聞こえなかった?と思った次の瞬間、耳をつんざくようなマシューの叫び声が休憩所内に響き渡った。
「だんちょーーーーーーーー!!!!!!!!なに自分の女一人にしてんすか!!!!!!!!おまえ馬鹿っすか!!!!!!????」
わーお。馬鹿とかいっちゃった。マシューがぶち切れてるう。怖ああああ…
「マシュー!!!悪い!!助かった!!!!」
息を切らせながらレイが皆を掻き分けて私のところに来た。
「お嬢めちゃくちゃ震えてるっすよ。一人にするだなんて何考えてるんすか」
「悪い、皆に囲まれて身動きが取れなかった。サラ様すみません。何度も切り上げようとしたんですが」
「言い訳無用っす。守れないなら連れてくるなって話っす。…さっさとバラして牽制でもなんでもしないと。こいつら完全にお嬢狙いっすよ」
「…マジか…」
「マジっす」
レイが頭を抱える。しばらくそうしていたが、ギン、と眼光を鋭くして私を取り囲んでいた団員たちを睨みつけた。皆の顔色が一瞬にして青くなる。わー怖いー
「お前たち…そもそも女性に対する礼儀も知らないのか。こんなに震えさせてまで自分をアピールしたいのか?」
レイの静かな声に団員たちがふるふると首を振る。
「交渉団員たるもの常に冷静であり、どのような方に対しても礼儀を重んじろ!自己の欲求を満足させるために動くんじゃない!!!!」
びりりと空気を震わせる怒りに満ちたレイの言葉に団員が弾かれたように頭を下げる。
「す!すみませんでした!!!!」
「謝罪の相手を間違えるな!」
再びレイの怒号が響く。ああ…もういいのに。小さくなる団員さんが若干可哀そうになってきたわ…
はいいっと背筋を伸ばして、男性たちが私に向かって頭を下げてきた。
「大変な失礼を致しました。サラ・ヘンリクセン公爵令嬢。…あなたがあまりにお美しく、これを逃したらお近づきになれる機会はないのだと思ったら…度を過ぎてしまいました」
さっきエルーガ・スターリンと名乗った男性が礼儀正しく謝罪してくれる。それを皮切りに次々と謝罪の言葉が投げかけられた。
「わ、私なら大丈夫です。こちらこそこういう場に不慣れなもので…逆に混乱を招いてしまって申し訳ありません」
「あなたが謝る必要はないんです」
レイが言ってくれる。でも…
「…想像以上でした。ここまで一瞬で大量の男どもを引き寄せるとは思っていなかった。すみません。さっき自分から言いましたけど、撤回します。すみません、バラします」
ん?なに?何の話?
レイが息を吸い込んで一息で言った。
「―――悪いが、彼女は俺の想い人だ。彼女からも心をいただいている…絶対に手を出すなよ」
シン、と部屋中が静まり返る。お、この流れはもうわかっているわよ。このあと阿鼻叫喚の嵐ね。
私は耳をぱっと塞ぐ。
…。
……。
ん?なにも聞こえないんだけど。ってええええええ!!!???
「ど、どうしたの皆…」
なんだか皆さんぐったりと肩を落としているんだけど…?女性の団員さんは数人なんだか涙目になっている人もいるし…私を取り囲んでいた男性たちは魂が抜けたように白くなっているわ。
「ほらほらほら、そういうことだから、お前らさっさと退け!」
がははと笑いながらエルグラントとマリアが私たちのところに来た。掻き分けた人ごみの向こうに口笛を吹いている人や、おめでとう団長!やっと春がきたな!などと言っている方々が見える。どうやら空気的に中堅クラスの方々っぽいわ。
「牽制は賢明よレイ。私もエルグラントもここまでひどいとは思ってなかった」
「十八になってから一層美しくなったもんな、嬢は」
「迂闊でした。猛省してます。マシューがいてくれて助かりました」
言いながらマリアとエルグラントとレイが私を守るように立ってくれる。
「サラ様…うちの団員が怖い思いをさせてしまい、申し訳ありません。でも、信じてください。皆本当に心根のいい人間ばかりなんです。…どうか、嫌にならないでください」
レイが私に向かって言ってくれる。ふふ、今のレイの言葉で何人かの団員さんの頬が赤く染まったわ。この天然人タラシ。きっとこういうところすごく慕われているだろうに。気付いていないのがまたレイらしいというか。
「全然気にしていないわ。皆さん、とても屈強な方々ね。とてもとても恰好いいし素敵。それに謝罪の言葉もご丁寧で、温かくて。―――皆さんのような方たちが国家最高機関に属してくださっているのはブリタニカ国民として誇りです。…いつも国のために貢献してくださり、感謝いたしております」
そう言って、ゆっくりと微笑む。と、なんだか目に見える範囲の皆の頬が赤く染まったんだけど?あれ?なにか照れるようなこと言ったかしら?
はああああ、と長い溜息が聞こえるほうを向くと、レイが頭を抱えていた。エルグラントはくっくっくと笑っているし、マリアは心得たようにすました顔をしている。
「…ほんと、そういうところですよサラ様」
そ、そういうところってどういうところ!!!???なんの話!?




