124.交渉団
「だんちょー!!!!???」
王国交渉団、休憩所。
昼休憩をほとんどの団員がここで過ごすらしく、今の時間皆の様子を見るのにはちょうどいいと思いますとレイが案内してくれた。さすが王国最高機関。とてもとても広い。
ここが演習場です。ここが交渉術の座学の部屋です、ここが~…とここに到着するまでの間レイがいろいろと紹介してくれた。途中何人かの団員がレイとエルグラントに気付き、慌てて端に寄り頭を下げていたのが印象的だったわ。
休憩所について、一番最初にマシューがレイに気付き大声を出した。レイがそれに応えて軽く手を挙げると、思い思いに休憩していた団員たちがいきなり総立ちになった。え、え、何怖い…。
「「「「任務お疲れ様でした!!!!団長!!!!」」」」
びりびりと鼓膜が破けるのではないかと思うほどの団員たちの声に後ろからマリアが耳をさっと塞いでくれた。あ、ありがと。
「ああ、今帰った。急に悪いな」
うわなにめっちゃくちゃかっこいい。いつもの柔らかいレイの表情は急に消えて、きりっとした顔立ちになってる。
「正式には明日皆に任務完了の報告をするつもりだが…すまない。皆の休憩時間を少しだけもらう。その分の休憩時間は延長してくれ。…今日は紹介したい人がいる。全員、整列!!!!」
びりり、とまた鼓膜を破るような大音量のレイの号令で、団員たちがばっと整列した。わ…わぁ。すごい、圧巻。
だだっ広い休憩所に団員たちがさっと並ぶ。総勢五百名ほどはいるかしら。交渉団員の半数以上は常に諸外国へと任務に赴いているはずだから、これでも確か半数かそれ以下よね。
そんな思考の渦に入っていると、団員の方々の視線がレイの後ろの私たちに注がれているのが分かった。ふふ、男性の方々は赤くなってる。エルグラントを久々に見て嬉しいのね、きっと。
「…やっぱ嬢は目に毒だろうなぁ…しかも今日はばっちり着飾ってるからな」
エルグラントがくっくっくと笑いながら小声でマリアに言っている。ん!?私!?なんでそこで私!?
「やっぱり誘いを断ればよかったわ…」
マリアまで頭抱えちゃってどうしたのよ。
しかもレイが一瞬後ろを振り返り、マリアとエルグラントに向かってすみませんと表情だけで言っている。ええええ??なになに?なにが起きてるの。
「―――全員最大級の敬意を表するように!我が王国交渉団初代団長、マリアンヌ・ホークハルト殿をここに紹介する!!」
再び前を見て言い放ったレイの言葉に、団員全員がぽかん、となっている。そりゃ当たり前よね。この人たちにとっては伝説みたいな人物だもの。
あ、でも二十年以上在籍しているであろう中堅以上の団員なんかはマリアが目に入った瞬間から涙をこぼしそうになっていたわ。うんうん、嬉しいわよね。
「こちらへ。マリア殿」
レイが振り返り、マリアに向かって手を差し出す。その手を取り、マリアが一歩前に出る。
最初は、小さなどよめきだった。それが次第に大きくなり、やがて歓喜の声が上がり、そうして部屋が壊れるのではないかと、地震が起きているのではないかと錯覚するほどの大歓声が休憩所中に響き渡った。
「嘘だろ!!!???本物ですか!??団長!!!」
「感激です!!!まさか実物にお会いできるなんて」
「マリアンヌ団長!!俺です!!覚えてらっしゃいますか!!!???」
次々と団員たちから感激の声が上がる。熱量がすごいわ。
まるで全員こちらにとびかかってきそうな勢いに、私は思わずエルグラントの後ろに隠れてしまう。男性も女性も屈強な人たちばかりだもの、…正直ちょっと怖い。
エルグラントが苦笑して、私の壁になってくれる。
「怖かったら掴んでていいぞ」
と言ってくれるので、お言葉に甘えてエルグラントの服の裾を掴ませてもらった。
わあわあと歓声が鳴りやまぬ中、マリアがレイに向かって言う。
「発言しても?」
「勿論です」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
マリアがすう、と息を吸った。
「――――静粛に」
決してレイやエルグラントのようにびりりと響くような大声を出しているわけではない。なのに、マリアの声がまるで耳の近くで発せられたかのように聞こえた。そしてそれは全員同じだったのだろう。一瞬でシン、と皆が静まった。
「…マリア、すごい」
思わず声が出てしまう。エルグラントが振り返って頷く。
「すごいよな、俺もあれだけはどうやっても真似できない。どれだけ収拾がつかなくなっても、どれだけ騒いでいても、マリアが一言発するとああなるんだ」
懐かしそうにエルグラントが目を細めている。少しだけ潤んでいる気もするけど、こういう時は黙っていましょう。
「レイモンド・デイヴィスよりあったように、私が初代団長マリアンヌ・ホークハルトだ。久方ぶりの者もいれば、初見の者もいるだろう。…皆、とてもいい面立ちだ。訓練を欠かさず、鍛錬を欠かさず、我がを驕らず、日々真面目に取り組んでいるのが見て取れる。私が在籍していた時よりもさらに良い組織になっていると一目見ただけで確信できた」
かぁっ……っこいい~~~~~~!!!とまるで何かの追っかけのようになってしまう。多分誰もいなければ私間違いなくごろごろしながら叫んでいたわ。
ああああーもう、団服無いの!?団服!!!!団服着たマリアで見たい!!!!
「かっこいいだろ」
エルグラントがこそっと耳打ちしてくれて、私は頭がもげそうになるほど頷く。
「訓練を怠るな。鍛錬を怠るな。己が驕りや誇りを捨て、日々精進していけ。この組織をさらに良いものとするよう個々が努力を続けていくように」
突然、マリアが急にぴりっとした空気を捨てて、かわいく微笑んだ。え、なにそれなにそのギャップ。
「…あなたたちには、それが可能よ。心から応援しているわ。頑張ってね」
はいノックアウト!!!サラ・ヘンリクセンノックアウト!!!!
「エル!!エルグラント!!!何あれ!!何あれずるい!!!」
私がエルグラントの服の裾をぐいぐい引っ張りながら言うと、エルグラントも苦笑して返してくれる。
「ずるいよなぁ~、ほんとあれはずるいんだよマリア。あれでやる気起こさないほうが無理だろ?飴と鞭の使い分けがほんとずるい」
「悪女だわ、悪女!!マリア…おそろしい子…!!!」
案の定私のようにノックアウトされた団員たちが頬を赤くしたり歓声をあげたりしている。間違いなく士気が上がっているのを肌で感じる。…すごいわマリア。本当に素敵。
「静粛に!!」
びりっとしたレイの声が再び団員を黙らせる。
「もう一つ、報告がある。…エルグラントさん、お願いします」
そう言って、レイがエルグラントに振り返った。
「おう、悪いな嬢。ちょっと行ってくる」
えええ…私一人!?こ、怖いんだけど…でも、仕方がないものね。私はエルグラントの服の裾を離す。
そんな私を見て、レイが微笑んでエルグラントと入れ替わって私の元までやってきてくれた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫よ、でも熱気がすごくて」
「いずれあなたが統べることになる組織ですよ。負けないで」
いや、負けないでって…何と戦ってるのよ。思わず苦笑してしまう。
「よお!元気にしてたかー!」
エルグラントが皆に向かって挨拶してる。おおおおお!!!エルグラント元団長!!!待ってましたぁ!!久しぶりに筋肉見せてください!!!と男性の野太い歓声があちこちから上がる。な、なんか人気の質がまたちょっと違うわね。質というか方向性が。
「二年ぶりだな、んで、皆に報告があるからお前らちょっと黙れ」
黙らせ方が雑!雑だけど全員黙っちゃうんだもの。それはそれですごいわ。
「俺とこのマリア、結婚することになったから。祝ってくれよなー」
マリアの頭にぽんと手を置いてエルグラントがにこにこ笑いながら報告する。なんだか、エルグラント全体的に緩いわね…?
「こういう時はあんな感じですエルグラントさんは。締めるときはきちんと締めてくれますから。普段がああだからいざというときめちゃくちゃカッコいいですよ」
レイが私の思考を読んだのか苦笑しながら教えてくれる。な、なら良かった(?)
エルグラントの発表に一瞬シン、となったが本当に一瞬だった。
今度は私も学習したもの。大歓声が起きる前にぱっと耳を塞ぐ。
うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!とこの日最大の雄叫びにも近い歓声を肌に感じるまで数秒もかからなかった。




