121.明日はいよいよ
週末はなかなか更新できないことのほうが多いです~
この数日間は本当に素晴らしかった。
やりたいことだけを濃厚に詰め込んで、レイとも何度もデートできた。サラ、と呼ばれることが嬉しくて、敬語がない会話が新鮮で嬉しくて。
何度も抱きしめてくれた。何度も頬やおでこに口付けをくれた。愛の言葉を囁いてくれた。
…本当に幸せなひとときだった。
「…終わりかぁ…」
私はベッドの中でごろん、と寝返りを打つ。
この二年間は楽しくて楽しくて、毎日がキラキラしていて。もちろん色々なトラブルにも巻き込まれて大変な目に遭ったこともあったけれど、圧倒的に楽しい思い出の方が多かった。
どんな人が護衛にきても仲良くなろうと思っていたし、マリアがいるならたとえ護衛の人と仲良くはなれなくても楽しい旅になるだろうという確信はあった。
それが、レイが来てくれて世界がまた変わった。
レイと恋仲になったことは嬉しい誤算だった。
…それからエルグラント。彼とマリアが再会できて、婚約するまでに至って。こんな嬉しいことはない。
イランニア、クーリニア、スプリニア、パッショニア、フラワニア。行っていない同盟国をあと一つ残して、私たちは明日帰途の旅に着く。
「…楽しかったな」
いつかレイが言っていた。このまま旅が続けばいいのに、と。激しく同感よ。
…でも、いつまでもフラフラしてはいられない。だって私は。
「次期、女王」
やれるかやれないかと問われたら正直やれる。でも、したいかしたくないか、と聞かれたら。
「したいわけでも、したくないわけでもない…でも、強い権力は間違った権力から人を守ることができる」
そう、私が次期女王という立場を受け入れる最大の理由。メリーのような権力を誤用する人間から、弱い人を守ることができるから。
「…するしかない!」
ぱん、と頬を打つ。
―――うん。頑張ろう。
…なんか色々考えたらちょっとお腹空いたなぁ。
レイが朝買ってきてくれたパンが確か余ってた筈だわ。
私はそっとベッドから抜け出す。出来るだけ音が聞こえないようにそっとそっとキッチンへと向かう。だって少しの気配で隣室のマリア起きちゃうんだもの。
と、思ったらキッチンには先客がいて私は小さくだけど声を上げた。
「エルグラント?!」
「んっ?!嬢か?」
エルグラントもびっくりしたように私を見る。キッチンのカウンターにある椅子に一人座っている。そしてその手にはグラスが。
「またお酒飲んでたの?」
私は笑ってしまう。
「…寝付けなくてな。サラ嬢は?」
「私も。色々考えてたらお腹空いちゃって。はしたないとは分かってるんだけど、ちょっとつまもうかと思って」
「いい、いい。腹減った時に食って、飲みたい時に飲むのが人間だ」
「ふふ、エルグラントのそういう考え方大好きよ」
「付き合うか?」
私は頷いて、エルグラントの隣の椅子に腰掛けた。
「薄くて甘いのある?あんまり他の男性の前でふわふわしちゃうとレイが怒っちゃう」
「…その前に俺以外の男の人と二人きりで飲んで欲しくないなぁ…とか思ってはいるんですけど。いくらエルグランドさんでも」
ほんのちょっぴり不機嫌そうな声が聞こえて私とエルグラントは後ろを振り返る。
「「レイ!」」
少し気まずそうな顔をしてレイがこちらを向いている。
「どうしたの?あなたも眠れないの?」
私が問うと、レイはこく、と頷いた。そのまま自然な所作で私の隣の椅子に座る。
「…明日ブリタニカに帰るって思うと…この楽しかった旅が終わるって思うと、なんか寝付けなくて。そしたらエルグラントさんと二人で飲もうとしてるし」
「お前なぁ…」
呆れた声をエルグラントが出した。
「いくらなんでも、今更俺がサラ嬢に恋慕の感情を抱くわけないだろう?嫉妬も大概にしないと、重苦しいぞ」
「わかってますけど…」
レイがそう言いながらグラスを手に取り、お酒を注ぐ。
「…エルグラントさんめっちゃくちゃかっこいいし。サラ様が目移りしちゃってもちょっと納得しちゃうし」
レイの言葉に驚いたのは私だ。
「え、ちょっと待って頂戴!私そんなに簡単に他の男性に目移りしちゃうような女性に見られてるの?!」
心外だわ。ものすごく心外だわ。
「ち!違いますよ…。そうじゃなくて!」
「あーあ、今のは失言だな、レイ」
エルグラントがくっくっくっと笑う。
私はぷうと頬を膨らませてレイに抗議を続けた。
「なによ、自分だってメリーとイチャイチャしてたくせに」
「イチャ…っ!?あれは、あのときメリーに逆らったらあなたの身に危害が及ぶから…って話し合って…!」
わかってる。わかってるけど、ちょっと腹立つじゃない。
私は、レイ以外の人間に心をあげたいとか考えたこともないのに。愛情を疑われてるみたいで。
「腕組んで、胸押し付けられて、あ!あとメリーの見立てた服を着てたわね。しかもメリーは美人だし?レイだって心変わりしそうになっちゃったんじゃなくて?」
つーんとそっぽを向いて言う。もちろんレイはそんなこと絶対にしないってわかってる。わかってるけど、疑われるのがどれだけ心外か、あなたも分かって頂戴。
「やめてください」
返ってきた言葉が怒りに満ちている。あ…しまった。ちょっとやらかしすぎたわ…
「こっち向いてください、サラ様」
「…嫌よ。疑われる気持ちわかった?」
「十分わかりましたから。こっち向いてください」
「……」
「こっち、向いて。サラ」
びくん、と肩が跳ね上がる。今それはずるい。視界の端でエルグラントがにやにやしているのが見える。絶対楽しんでるわねこの人…。
そろそろとレイを見ると、案の定怒ってる。怒ってるけど、先に怒らせたのはそっちだもん!!!
「…まずは、すみませんでした。失言を謝ります。あなたの愛情を疑うような発言をしてしまって。…正直、まだなんで俺みたいな未熟者にあなたのような凄い人が心をくれたんだろう…って思っちゃうときもあって。自分に自信がないゆえの発言でした」
驚いてしまう。レイが自信がないですって?未熟者ですって?
その若さで国家最高機関の団長まで登り詰めて、王族で、誰もが羨む立場と美貌と能力を持っているのに、それを驕ることもない清廉な心の持ち主で。
そんなレイが、自信がない?
「…あなたに自信がないのなら世界中の人間は自信を持っちゃいけないわよ」
私の言葉にレイが優しく微笑む。
「…そんなことはないです。でも、それはそれ。今のサラ様の発言はさすがに看過できません」
う、再び視線が怒りモード。
「俺が愛情を疑ったのを棚に上げて怒っているわけではないです。そうじゃなくて。今のあなたの発言は俺へ仕返しをしようとしたでしょう?俺がそうするわけがないとわかっているのに、俺を試そうとしたでしょう?…そんなことしないで。試そうとしないで。俺が間違っていたら、素直に怒ってください。嫌なことは嫌と言ってください。きちんと受け止めますから」
…これは完全に私が悪いわ…レイの言う通り、彼を試して愛情を測ろうとしたんだもの。
「…ごめんなさい。レイの言う通りだわ。でも、じゃあ言うわ。お願い。私がほかの人に心移りをするかもだなんて、冗談でも、憶測でも二度と口にしないで。とても嫌だったわ」
「約束します。…本当にごめんなさい」
「で、わたしたちは何を見せられているのかしらエルグラント」
「痴話喧嘩だろ」
「マリア!?」
「マリア殿!?」
すっかり二人の世界に入っていて全く気付かなかったわ。いつの間にかエルグラントの隣にマリアが座っている。
「ごめんなさいマリア。騒がしくしちゃって起こしちゃった?」
私が慌てて言うと、マリアは首を横に振った。
「なんとなくずっと寝付けなかったんです。この旅が終わりだと思うと、いろいろあったなぁって考えてしまって」
笑ってしまう。なんだ。皆一緒だったのね。
「そういや、レイはいつから敬語無しと呼び捨てが解禁になったんだ?」
「二人きりのときにはやめてって私からお願いしたの。すっごくときめくのよ」
私が両頬を染めて言うと、エルグラントがニヤニヤしながらレイと私を見比べる。
「いいのか?嬢。レイにそんなこと許すと、こいつさらに嬢を束縛しそうだぞ?」
「しませんよ!」
レイが慌てて否定するけれど、ふふ、少しなら束縛もされてみたいわ。
「そうそう、お嬢様に近づく男の前で『サラ』とか呼んで、これは俺のだから手を出すなって暗に牽制したりね」
「あ、それは絶対にします」
「するのかよ!!!!」
エルグラントが突っ込んで、大笑いが起きる。私も思わず声を出して笑ってしまう。
ああ、本当にこの四人でいるの、とてもとても楽しいわ。
いよいよブリタニカに帰ります!
アースと会わせるのが楽しみだなぁ。




