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120.こっちも久しぶりの

 行ってらっしゃいと、レイとお嬢様を見送った後私はちょっぴり寂しい気持ちになってしまった。


「お嬢様もそんな年頃だものね」

 ふう、と息を吐く。レイから昨夜就寝前に二人で出かけてもいいかと打診があったとき、勿論快諾はした。だけどいざレイと恋仲になって二人で出かけるとなると、この手からお嬢様が離れていくような感覚にどうしようもない寂しさを覚えてしまったのだ。


「ほんと、マリアはサラ嬢大好きだな」

 くっくっくっと後ろから聞こえる声に私はジトリとした目で振り返りながら答える。

「私の人生を変えたお方だもの。大好きに決まってるわ」

「俺のことは?」


 もう!この男はすぐそういうことを言う!


「…だい、す、きだけど」

「知ってる。マリア、今日は?何かすることあるか?」

「溜まってる洗濯物を片付けるわ。あと、食料品の買い出しと…えっと、お嬢様の髪につけるオイルが無くなってしまったから買いに行きたいのと…」


「俺といちゃつく時間は?」


 エルグラントの言葉に私は頬が赤く染まるのを感じる。しかもこういう時のエルグラントの目はどうにも直視できないほどの色香を振りまくものだからタチが悪い。


「それは予定には入れてなかったわ」

「ひっでぇ。…最優先事項だろ。マリア、来いよ」

 ソファに座るエルグラントが手招きする。その足が大きく開かれてる。その間に座ってってこと。昔から変わらない。エルグラントが私に触れたいときの一連の流れ。


 でも、私はこの誘いを一度だって断れたことはない。


 私はエルグラントの大きく開かれた足の間に腰を落ち着ける。背中に当たるエルグラントの体温が高くてとてもとても心地いい。

 エルグラントの大きくて逞しくて太い腕が私を後ろからぎゅうっと抱きしめる。


「あ――――…すっっっげえ久しぶり」

「この間だって、抱きしめてくれたじゃない」

「あれは二人きりとはいえ、隣にレイ達がいたじゃねぇか。そーじゃなくてさ。ほら、上向いて」

 私はエルグラントに言われるがまま上を向く。と、触れるだけの口付けが唇に落とされた。

「こんなふうになーんにも気にせずくっつけんの、めちゃくちゃ久しぶりじゃねぇか」

「レイとお嬢様がクーリニアで遠乗りデートに行った以来、くらいよね?」


 そうそう、と言いながらエルグラントは私の腰を抱き膝裏に手を差し込んで、ぐるりと回転させて横抱きにした。


「こっちのが顔をよく見られる」

 そう言って、頬や瞼に口付けをたくさん落としてくる。エルグラントはこうするのが大好きだ。

「ふふ、くすぐったい」

 くすぐったくて身を捩るけれど、エルグラントは許してくれない。捩っても捩っても的確に自分が口付けを落としたいところに落としてくる。

 もう無理、許してと私が音を上げるまでこれは続く。


 ひとしきり、じゃれ合いくすぐり合い、抱きしめ合い、愛の言葉を囁かれ、囁いて。

 ある程度満足しあったところで、エルグラントがやっと私を開放してくれた。


「さて、と。一緒に洗濯するか。あと買い出しも。全部終わったら昼から酒飲もうぜ」

「エルグラントはゆっくりしていていいわよ?」

「二人でやったほうが早いだろ」

「家事をする男性なんか聞いたことないわ」

「おいおい、俺はずっと独り身だぞ?身の回りのことくらい一通りできる。それに、それを言うなら俺は国家最高機関の団長をする女性なんて聞いたことなかったけどな」

「また二十年近く前の話を蒸し返して」

 笑ってしまう。でも確かに彼の言うとおりだわ。


「できるほうがすればいい。俺らは貴族じゃないんだ。女性がこれをしてたらダメだの男性がこれをしたらダメだの囚われて生きる必要はないしな。楽に、楽しく生きられればいい」

「そうね」

 エルグラントは良き夫となるんだろう。子どもがいたら、おそらくその子ものびのびとエルグラントのようにおおらかで朗らかな子になったんだろう。


 

 ―――子どものこと。私はふと考える。

 エルグラントとの子。望まないわけじゃないけれど。あまりにも私とエルグラントは離れている時間が長すぎたから。まずはその間の時間を埋めたいと二人で話し合って決めた。…でも。



「マリア?どうした?」

 エルグラントの言葉に私ははっと我に返る。

「いいえ、何でもないわ。ごめんなさい」

「本当か?俺に隠し事はなしだぞ?もうお前が勝手に一人で悩んで考えて離れていくなんてごめんだからな?」


 エルグラントの言葉に私ははっとする。そうだ。また私は一人で考えて。

 もう同じ過ちは繰り返さないって思っていたのに。

 私は一度大きく息を吸い込む。大丈夫、エルグラントならきっと受け止めてくれるから。


「…エルグラント。あのね。もう一回、話し合いたいことがあるの」

「子どものことか?」

 まさかの返しに私はえっ!と大きな声を出してしまう。

「わかるさ。…確かに子は成さないって話し合って決めたよな。…でも、そのときのマリア、すげー寂しそうな顔してたんだよ。気付いてたか?」

「そう…だったの」

 そんな表情まで気付いていただなんて思わなかった。

「…正直なところな。危険も伴うと思う。年齢的にな」

 ええ、と私は頷く。そう。年齢的に妊娠はいくらかしにくくなっているだろうし、危険だって大きい。でも…可能性がゼロなわけじゃない。


「…でもなぁ、俺も想像しちまうんだよ。お前との間に子どもいたらめっちゃくちゃ可愛いんだろうなぁって。溺愛して溺愛してでろでろに甘やかしちまうんだろうなぁって」

「…嘘」

「ほんと」

 あ、だめ。まだエルグラントから明確な言葉を貰っているわけじゃないのに、もうすでに泣きそう。


「泣くなよ」

「泣いてないわよ、まだ」

 うるって来てるだけだもん。そんな私をエルグラントが優しく優しく見つめるもんだから、それで泣きそうになっちゃうじゃない。


「可能性がある限り頑張ってみるか?…まぁ頑張るもんじゃないと思うが。そこはさ、あまり思いつめすぎず。できたら、幸運だった。くらいの感覚で。一番大変なのはマリアだからな」

「…いいの?」

「いいもなにも。俺だって望んでるって言ったろ?」

「…本当に?」

「…だから、泣くなって」


 気付けばぽろぽろぽろと涙が溢れてきていた。だって。まさか、可能性がある限り、望みを捨てなくていいって言葉を貰えると思ってなかった。こればかりは、私の意志だけでどうにかなるものじゃないから。エルグラントも同意してくれなきゃいけない問題だから。


「ただ、約束してくれ。俺はお前と一生二人きりでもいいと思っている。あまりそれに囚われすぎないでほしい。さっきも言った通り、『出来たら幸運だ』くらいの感覚でいてくれ。期待しすぎると、実際に駄目だったときにマリアがつらい思いをするから」

 本当に優しい人。私はエルグラントの言葉に泣きながら頷く。


 エルグラントの太い腕が再び私を抱きしめた。さっきみたいに強くじゃなくて、優しく包み込むように。エルグラントがそのままの体勢で体を揺らす。

「なんか、あやされてるみたい」

「あやしてんだよ」

 ふふっと笑いが出ちゃう。

「楽しみだな。ブリタニカに戻ってからの生活も」

 ええ、と私は返す。国に戻ったら婚姻証明書をすぐに提出する予定だ。式は挙げないことにした。


「さて、と。洗濯して、買い出し行って、今日は二人で飲みながら夕食作るか」

「私あなたのアレ食べたいわ。鶏肉をトマトで煮込んだの」

「おう、任せとけ」

「あなたの好きなバケットもいっぱい買いましょう」

「マリアの好きなウイスキーもな」

「エールも買わないと」

「塩辛もな」


 ふふふっと二人で顔を見合わせて笑う。離れていた時間は長いのに、お互いの好きなものを熟知していることがとてもとても嬉しい。

 

 離れる直前に、エルグラントがもう一度触れるだけの口づけをくれた。

この二人も大好きです。

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