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117.マシュー、ばらす

 翌朝、マシューが私たちの泊まる宿まで挨拶に来てくれた。


「じゃあ、僕は帰るっす!お嬢、ふつつかな団長ですがよろしくお…」

 ゴン、とレイからのこぶしがマシューの脳天に入る。

「なんでお前によろしくされなきゃなんないんだ!」

「言っときますけど、恋愛経験じゃ僕のほうが先輩っすからね!?」

 マシューが涙目になりながら返している。


「えっ、マシュー恋人がいるの?」

 今の会話の流れからするとそういうことなのかしら?不思議に思っていると。


「マシューは恋人どころか五人の子どもの父親だ」


 エルグラントがとんでもない爆弾を投げてきた。私は驚きのあまり大きな声を出してしまう。

「五人!?」

 嘘でしょう???どこからどう見てもお父さんには見えない。


「あ、ついこないだ六人目が産まれたっす」

「「六人目!?」」

 更なる爆弾発言にレイとエルグラントの声がハモる。な、何という大所帯…!


「ちょっと待って、奥方が妊娠してたなんて知らなかったぞ俺」

 レイが慌てたように言って、マシューがきょとんとする。

「知るわけないじゃないっすか。だんちょー、二年間いなかったんだから」

「だ…だとしても文の一つくらい…」

「知ってどうするんすか。また的外れなお祝…もごっ!」

 レイが今度は慌ててマシューの口を塞いだ。ちょっとまって、今なにかすごく楽しそうなワードが聞こえたわ。

 隣でエルグラントがぶほっと噴き出した。これは、エルグラントも知ってるわね。


「なに?的外れなお祝いって、何をあげたのレイ」

「忘れてください。聞かないでください。エルグラントさんも絶対言わないでください!マシュー!俺一回だけ間違ったけど、あとはきちんとしたお祝いやってただろ!!???」

 レイが赤くなりながら必死にマシューに抗議している。んと、マシューそろそろ苦しそうなんだけど大丈夫かしら…?ていうか、団員からおちょくられるレイ、めっちゃくちゃ可愛いんだけど。


「そろそろ放してやれ、レイ」

「もうそれ以上は窒息するわよ」


「絶対言わないか?マシュー」

 マシューがレイの迫力の問いかけにこくこくこくと必死で頷く。頷いてるけどその目は…いいえ、面白いから黙っておきましょう。

 尊敬する二人から窘められ、一応マシューの言質(?)も取れ、ぐぬぬ、となりながらレイはマシューの口から渋々と手を離した。



「お年寄り用の布おむつっす。大量に。馬車一つ分」

「マシューーーーー!!!!!」


 手を離された途端即裏切る部下に、レイは真っ赤になりながら怒号を上げる。

 

 エルグラントはお腹を抱えて笑っている。マリアも盛大に噴き出して肩を震わせている。私も、笑っちゃいけない、レイのプライドを傷つけちゃいけない、と思って我慢してたんだけど…


 〜〜〜っ!だめ、もうだめ!!!!

 遂に声を上げて笑ってしまった。


「サラ様まで…」

 レイがショックを受けてるのを見て慌てて謝る…けど駄目。笑いが止まらない。

「ご、ごめんなさ…っ」

「あれは未だに団内でも伝説だもんなぁ」

 エルグラントが涙目になるほど笑いながら言う。

「だって!先輩方がお祝いっつったら布おむつが助かるよな、って言ってたから…」


「だからって馬車一台分は流石にやりすぎっす。しかもお年寄り用だからサイズ合わないし。うちの奥さん赤ちゃん用に仕立て直すけど、余りの多さに具合悪くなるし」


 エルグラントとマリアが更に笑い出す。私も無理。耐えられない。なにそのド天然エピソード。


「いやー、でも布おむつって高いじゃないっすか。しかもお年寄りのは値段赤ちゃんの二倍するし。なんで、入団二年目の若者に馬車一台分も買えるのかって不思議に思ってたんすけど、昨日だんちょーの正体知ってやっと納得いったっす。そりゃ、買えるっすよね」


「はー…おかしい…レイ、あなた周りから何でそんなに用意できたのか聞かれなかったの?たしかに馬車一つ分の布おむつは、いくら交渉団員だとしても入団二年目の若者がぽんとお祝いに買える額じゃないわ」


 マリアの言葉にレイがぐっと言葉に詰まり、エルグラントがぶほっと噴き出した。あっ、これについても知ってるわね。もうっ、勿体ぶらずに教えてくれたら良いのに。

 レイが顔を赤くさせながら口を開いた。


「し…親戚に、布おむつを集めている人がいて…格安で譲ってもらった…って」

「よくそんな嘘が通じたわね!?」

 私は思わず突っ込んでしまう。何よ布おむつを集めてる人って!初めて聞いたわよ!


「う、嘘じゃないんです!城の備品係の人にお願いして調達してもらったので!!俺から直接お願いは出来ないので、エドワード義兄さんに頼んだら、エドワード義兄さんがサングリット宰相に言って、サングリット宰相がまた別の人に指示出して…ってしてたら、いつの間にかマシューのところに、お年寄り用の布おむつが馬車一台分…」




 もう駄目、全員腹筋崩壊。

 城の備品係を『布おむつを集めてる人扱い』も凄いし。まさかの国家最高権力使って布おむつプレゼントも凄いし。

「あの布おむつ、そんな凄い人達を経て僕のところに届いたんすか…」

 ほら、マシューだってびっくりしてる。


「だから、その次からはきちんと自分で選んで調達するようにしたんだ。ほんと…あぁまさかサラ様の前で蒸し返されると思わなかった」

 レイが顔を覆って嘆息している。ふふ、なにこの可愛い人。


「もう布おむつの話は終わりましょう!はい!終わりです!終了!」

 レイが未だ赤い顔で無理矢理話題を終わらせちゃった。ちぇー、楽しかったのに。まぁ、でも過去の恥ずかしい話バラされたら誰だって嫌だものね。

「で、何の話をしてたんですっけ?」

 ふー、とレイが顔を手で仰ぎながら言う。


「そうそう、お嬢にだんちょーをよろしくお願いしますって言ってたとこっす」

 だからなんでお前に…と言いかけるレイをマシューが手だけで制した。あ、ちょっぴり真剣な空気に変わったわ。


「お嬢、だん…レイほんとこんな感じで変なとこで抜けてるけど、間違いなくいい男っす。…レイはお嬢を幸せにします。だから、お嬢もレイを幸せにしてやってください。…レイをよろしくお願いします」

「マシュー…」

 私は思わずマシューの名前を呼ぶ。嘘偽りない、心からそう私に願う、その目。


「私にできる限り、そうすると誓うわ」

 だから私も心から答える。


 私の答えにマシューが心からの笑顔を見せてくれた。本当にレイのことを大事に思っているのね。そのことが無性に嬉しい。


「さてっと。じゃあ僕はもう行くっす!またブリタニカで!」

 マシューが私に手を伸ばした。握手ではないわね。これは挨拶の口づけをくれるんだわ。

 私も笑って手を差し出した。恭しく取ってくれて軽く触れるだけの口づけが落とされた。

 うーん、軽い口調でなんだか誤魔化されているけど、マシューもほんとこういう仕草がかっこいいというか、サマになる人だわ。



「…だんちょー。だから言ったんすよ…二十歳すぎて恋愛経験皆無はあり得ないって。こんくらいでそんな余裕のない顔してどうするんすか」


 

 私の手を離し、レイに視線を向けたマシューがとてつもなく呆れた表情を見せて言った。

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