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115.突然の訪問客

「お嬢様おはようございます、お寝坊さんですよ」


 マリアの声にんーっとベッドの中で唸る。昨日は皆と一緒に飲んで本当に楽しい夜だった。

「またお寝坊さんしちゃった。…勿体ないことしちゃったわ」

「お寝坊さんをしたのなら、その分夜起きててもいいですよ。夜更かしもこの一週間はお咎め致しませんから」

「ありがとう」

「ブリタニカに戻ったらまた規則正しい生活に戻しますからね」

「はーい」

 侍女であるマリアは私の健康管理も一つの仕事だ。本来なら夜更かしなんか絶対に許してくれない。でも、一週間限定ということなら許してくれるんだろう。最後の羽を伸ばすってやつかもしれない。


「二人は?」

「エルグラントはシオンを走らせに行ってます。レイは走り込みついでにベーカリーに寄ってお嬢様のブランチを買ってくるそうです」

 昨日は私が早々に寝落ちて、三人はさらに深夜まで飲んでたような気がするけど…

「元気ねぇ…」

「まぁ、深夜まで飲んだくらいで次の日使い物にならなくなるような訓練はしてきてないですから」

 マリアが言いながら、私の身支度をてきぱきと進めてくれる。

 髪を梳かしてもらって、軽くお化粧をして。レイのピンをつけてもらって。


「はい、今日も世界一美しいお嬢様の完成です」


 毎朝のお決まりのセリフ。最近は可愛い、ではなく美しいと言われることが増えたなぁ。と思う。

 マリアに感謝をして、皆で集まる広い部屋に向かう。

 

「そろそろレイも帰ってくる頃だと思いますから、座って待っていてください。紅茶を淹れてきますね」

「ええ、ありがとう」

 ソファに座り、窓の外をぼんやりと眺める。美しい青空だ。

 昨日のお花見はとても楽しかった。


 ――――また、来年も来れるかしら。レイと、マリアとエルグラントと。

 

 今回のように四人で、というのはもう無理だとしても。

 ほんのりとした寂しさが胸を掠める。自分で選んだ道でしょう?迷わずに進みなさい、サラ・ヘンリクセン。

 私はマリアに気付かれないようにぱしん、と頬を叩く。

 

 ――――うん、私なら大丈夫、できるわ。

 今は、それを考えない。あと残り数日間。どれだけ楽しめるかを考えましょう。


「お嬢様、紅茶です」

「ありがとう」

 マリアが紅茶を出してくれるのと同時に、こんこん、と扉をノックする音が聞こえた。

「レイです、戻りました」

「入って」

 

 自分の声が喜んでいるのが分かる。毎日毎日顔を見ているのに、毎朝顔を見るととてつもなく嬉しくなってしまう。

「おはようございます、サラ様」

「おはよう、レイ…と、あら?!」


 私は驚いた声を出してしまう。だって、


「お久しぶりっす!お嬢!」

「「マシュー!!!」」

 

 そう、交渉団副団長マシューがひょいっとパンを両手に抱えるレイの後ろから顔を出したからだ。

「ど、どうしたの!?なんでマシューがここにいるの!!???」

「まさかまた何かあったの!?」

 マリアがすごい剣幕でマシューに問いかける。


 そういえば、メリーの情報を持ってきたのもマシューだったものね。しかも、マリアとエルグラントの話によると通常団長か副団長のどちらか一人はブリタニカに常駐しなければならなかったはず。マシューがここにいるということは、余程のことがあったと考えるのが普通だわ。

 

「あー、違うっすよ。大丈夫っす。エドワード陛下からの勅命っす。今んとこ団長を除いたら僕が一番馬に乗るのは速いんで。パッショニアからブリタニカに書状が届いたんすよ。それで、お嬢にすぐ持ってけって陛下が」

「まぁ、そうだったの。国に戻ってからでもよかったのに」

「どうなったか心配に思ってるだろうからって言ってたっすよ」


 はい、とマシューが首から下げていた鞄の中から書状を取り出す。ありがとう、と言って受け取り、マシューとレイにもソファーに座るように促す。すぐさまマリアが紅茶の準備をしてくれた。


 書状は二枚だった。一枚はエドワード陛下から。もう一枚は、パッショニアのカイザー国王が書いたと思われる書状の写しだった。

 まずエドワード陛下の書状に目を通す。一月後の再会を楽しみにしていること。パッショニアの件が片付いてよかったこと。本当に警告文だけでよかったのかと心配しているとのこと。アースの愚行から冤罪が証明されるまで、いろいろと振り回して申し訳ないと心から思っていること。などが書かれていた。

 これは私個人あての手紙だもの。内容は伝えず、マリアに丁寧に保管するようにお願いすると、心得たようにきちんとしまってくれた。


 そして、もう一枚。

「…カイザー国王、思い切ったわね」

 その内容に、私は心がチクリと痛む。散々なことをされたけれど、この二人にだってもっと明るい道を提示できたかもしれない。でも、これは私の領分ではない。他国のことだもの。

 ちょっと息を吐いた後に、私は書状をレイに手渡した。

 

 レイも険しい顔をしてその内容を読んでいる。

「…メリーは王族の権利を剥奪。療養ののちに、孤児院で永久奉仕…。エリクソンは公の裁判にかけられる…。どれだけ良くても無期の投獄になる…ですか」

 レイも声色が沈んでいる。

「ひどいことをされたから、それだけの処置は当然。っていう考えにはなれないわ。…十八でその生活になってしまうのはつらいわね」

「同感です。俺に出会わなければ、二人ともこんな人生を送らなかったかもしれない」

「…それを言うなら私が国外追放にならなければよかったのよ」


「どれだけ仮定の話をしても、もう時間は戻りません。メリーもエリクソンも、これからそれをどう受け入れて生きていくかが肝心です。さ、レイの買ってきたパンを食べましょう!マシューも御呼ばれしていくかしら?」

「わっ、いいんすか!?」


 マリアがパン、と手を叩き、空気を変えてくれる。そうね。もし女王になったらこんなこと日常茶飯事だもの。どんなことがあってもブレない心を持っていないと。


「そうね!いただきましょう。レイ、どんなの買ってきたの?」

「あなたの好きなチョコレートクリームのパンや、バタークロワッサンも買ってきましたよ。あと、果物も。サラ様好きでしょう?」


 レイが一旦キッチンに置いていた紙袋をソファーの真ん中のテーブルに持ってきてくれる。

「わあああ!私の好きなものばっかりじゃない!エルグラントの好きなバケットなんて一本しか入っていないわ!彼、大食漢なのに!!」

 私は中身を覗き込んで思わず笑ってしまう。これ、絶対に私贔屓のパンチョイスじゃない。


「そういえば、レイ昨日言っていたものね。私には好きなものばっかり食べさせた…い…って」


 しまった。何も考えず言っちゃった。じわじわと昨日のレイのセリフを思い出して顔が熱くなってくるのが分かる。


「おっ?こ、これはまさか…マリア様」

 私の反応を見てマシューが目を丸くしている。うん!わかってる!!バレバレよね!!!!!

「マリア様はやめてくんない?」

「じゃ、じゃあマリア姐さん」

「ブッ!!!!そ…っ、それでいいわ」

 お、マリアがツボった。めちゃくちゃ肩が震えてる。


「え…ええと、あの、ね、マシュー。その、一応…私からレイに想いを告げて、それで、はい、そう言うことになりました」

 ぷしゅうううう…と音がするのではないかと思うほど恥ずかしいけど、どこかこういうことを他人に報告するって嬉しいものだわ…なんて思っていると、マシューが驚いた声を出した。


「はぁ!!!???お嬢から!!??ちょ、だんちょー!!なにやってんすか!!!あんたそれでも男っすか」

「わかってる!それは重々わかってる!!!男として情けないってわかってる!!だからそれ以上突っ込まないでくれマシュー」

 レイが頭を抱えている。ど、どうしちゃったのかしら。

「信じらんないっす!!お嬢から言わせるとかどんだけあんた恋愛方面に甲斐性ないんすかだんちょー!だから二十歳超えても恋愛経験皆無とかありえないって僕散々言ってたっすよね!!??」

「わかってる!わかってるから!!」


「おーおー?なんだ、騒がしいな?ってマシューどうしたお前」

 エルグラントが帰ってきて、目の前の喧騒を見て苦笑いしている。ど、動じないのね。こういうところさすがだと思うわ。


「ちょっとエルグラント団長聞いてください!レイ、お嬢から告白されてんすよ!!!ありえなくないっすか!?」

「お前挨拶が先だろう。それに元だ元。あと『レイ』呼びに戻ってんぞ。告白は、まぁな。あり得ないが許してやれ」

 くっくっくと笑いながらエルグラントが羽織を脱ぐと、すぐさまマリアがそれを受け取り、洗濯室へと持っていく。わあ、なんだかとても夫婦っぽい。


「お?良い匂いしてんな?」

 すぐさまエルグラントがパンの存在に気付く。

「なんだこりゃ。サラ嬢の好きなもんばっかじゃねえか。おいおい。俺のバケットなんか一本しか入ってないじゃねえか。相変わらずのサラ嬢贔屓だな。おーい、マリア。洗濯なら自分の分は俺が後からする。はやくパン食おうぜ」

 わかったわ、という声と共にマリアが洗濯室からひょいと顔を出す。


「ちょっと僕ガチでだんちょーに説教するっす。いいっすか?だいたい…」

「あーわかったわかった。わかったから。俺が悪かったから」

「はいお嬢様。紅茶のお代わりです」

「お?このバケットうまいな」


 目の前のにぎやかな光景に私は幸せのあまり笑ってしまう。


 ―――うん!今日もきっと楽しい一日になるわ!

しばらくほのぼのつづきます~~

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