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12.甘やかし、甘やかされ

「…そうね、ええと色々と言いたいことはあるんだけど…」


 両手いっぱいに酒を持ったマリア殿が苦笑いを隠しきれていない。


「とりあえず、色々察したわ。お疲れ様…レイ」

「しかし、申し訳ありません」

「わかるわよ、お嬢様がお酒飲みたいとか言い出したんでしょ?この国はお嬢様の年齢なら飲酒可能だしね」

「言い訳をしたいわけではないんですが、わずか二口程度のエールしか飲んでないんです」

 みっともない言い訳だとは思ったが、言い訳くらいは言わせてほしい。いくら初めての酒とはいえ、たった二口のエールで二時間強も酔えるものなのか!?未だに横抱きにした腕の中で気持ち良さそうに眠るサラ様を抱きながら俺は相当情けない顔をしている自覚がある。

 あれからほろ酔いのサラ様に屋台のイカ焼きをあーんされたり、一緒にジュースを飲みましょうとカップル仕様のストローがあしらわれているジュースを飲まされたりもう助けてくれとしか言いようのない事案が何件も続いたのだ。その後に、そうだ本屋に行きましょう!と言われ、着いた本屋でこの町の地図や地元情報誌のようなものを大量に購入された途端に「おやすみなさい」とサラ様は眠りに落ちた。

 とにかく最初にマリア殿と別れた場所まで戻らねばとサラ様を横抱きに抱え、抱えた手に大量の紙袋をぶら下げ戻ってきたところに、酒とつまみを買い終わったマリア殿と合流できたのだ。

「…まぁ、とにかくお互いにこの荷物とお嬢様じゃ、これ以上市場を回るのは不可能ね。一旦宿に戻りましょう」

「はい…」

 マリア殿の鶴の一声で、俺たちは一旦宿に戻ることになった。


ーーーーー


「…ん」

 なんだろう、ひどく喉が渇く。それに、瞼がとても重い。

「マリア…いる?」

 声がいつもより掠れていてびっくりする。ああでも目が開かない。

「マリア殿は今少し出ています。レイです、サラ様。わかりますか?」

 誰?レイ…あぁ、レイ。なんて優しい声。

「レイの声、とても落ち着くわ。…手、とって?」

 寝ぼけたまま、甘えてしまう。どうしても目が開かない。まだこの気怠さの中に甘えていたい。

 そっと、ごわごわとした手が私の手に触れた。あぁ、嘘のない、優しくて大きな手。空いていたもう一つの手を重ね、その大きな手を包み込む。ぎゅう、と握った後に自分の頬へとその手を手繰り寄せた。

「この手、とても好き…」

 なんて落ち着く手。お父様やお兄様に触れてるみたい。

「サラ様、そろそろ起きましょう?」

 低音の、優しい声が耳をくすぐる。ん、と脳が少しずつ目覚めていくのがわかるのと同時に、私はゆっくりと目を開けた。

 目の前に、ぼんやりと。だが、とても優しくて穏やかな笑みを浮かべるレイの顔が見えて、私は思わず多幸感で笑ってしまう。レイは私の手を優しく握り、ベッドサイドの床に膝をつけて顔を覗き込んでくれていた。

「おはよう、レイ」

「起きましたね、サラ様」

「あぁ、あなたに謝らないといけないわね私。酔ってしまったでしょう?」

「覚えてるんですか?」

 そう言ってびっくりするレイに私は頭を横に振る。

「全く覚えてないわ。でも恐らくひどく醜い姿を晒してしまったのでしょう…?」

 私が言うと、レイは一瞬眉を持ち上げ、くしゃ、と笑った。

「そうですね。甘えられすぎてとても愛らしくて困りました」 

「愛らしいだなんて言ってくれるのはレイだけだわ。以前にお父さまのチョコレートボンボン食べてしまった時は二度と殿方の前でお酒は口にするなとお父さまとお兄さまに再三言われたもの。よっぽど酒癖が酷かったのだと思うわ…」

「あー…」

 苦笑してしまうレイに首を傾げてしまう。

「どうしたの?」

「とりあえず、国外に出て俺が護衛でいる間だけでも構わないので、俺以外の男の前で酒はやめていただけますか?」

「…?ええ、わかったわ…?」

 なぜそんなことを言うのだろう。そこまで醜態を晒したのだろうか。

「私、そこまでご迷惑をお掛けしちゃった??」

 私の言葉にレイはふはっ、と笑った。その笑い方がとても若い少年みたいで、…なんだろう、とても可愛くて愛おしい気持ちになる。

「迷惑、めちゃめちゃ掛けられました。でも、その迷惑を他の男に向けられるのは俺がどうしても我慢できないので。俺なら全て受け止めるんで、だから、俺と…そうですね。マリア殿以外の前ではお酒禁止です。わかりました?」

「…はい」

 優しいのに有無を言わさない圧力に思わず頷いてしまう。なんだかよくわからないけど、レイが言うのなら間違い無いのだろう。

「あの…レイ」

「どうしました?」

「えっと、とっても喉が渇いていて…侍女でもないあなたに言うのはとても失礼だとわかってはいるのだけれど…お水をいただきたくて…その、持ってきていただいても…いいかしら…じゃなくて」

 しどろもどろになっていると、繋がれていない方のレイの手が私のおでこを撫でた。

「レイ?」

「気軽に言ってください。レイ、水が飲みたい、持ってきて、と」

 穏やかな笑みととことん甘やかすような声色に頬が少しずつ赤らんでしまう。

「もう〜っ!レイは最初の印象と全然違うわっ!最初は無愛想で固かったのに!!!こんなに甘やかす人とは思ってなかった!」

「俺も自分がここまで甘い人間とは知りませんでした。…水持ってきますね」

 私の言葉を軽々飛び越えて返しながらレイはそっと私の手の拘束を解いた。急に失われた温もりに寂しさを感じる。えっと…と口から出る言葉が小さくなってしまう。


「…早く帰ってきてね」


 私の言葉にレイは穏やかに頷いて、はい、と返してくれた。


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