114.あまり役に立たないエルグラント恋愛相談室
―――あっぶなかった…!!!!!
俺は心臓がバクバクしてるのを悟られないように、ちら、と横を歩くサラ様を上から盗み見た。
睫毛長いなぁ…唇が、小さくて可愛い…って!!!そうじゃなくて。
首をぶんぶんぶんと横に振る。想いを通じ合わせて数日だというのに、そんな急いてどうする。
唇に、唇で触れてしまうところだった。口づけをする雰囲気だった。そして、そうなるように仕掛けたのはほかでもない、この俺だった。
ほぼ無意識だったけれど、息のかかる距離にサラ様が来た途端、逃さない、と思ってしまった。視線が合うと人は本能で固まってしまう。それを、無意識のうちに利用してしまったんだと思う。
―――訓練の賜物!あんなとこで出してどうする!!
目を瞑ってぎゅっと身構えたサラ様を見た時あまりにも可愛くて、そのまま唇に触れてしまいそうなところをすんでのところで耐えた。身構えてる女性の初めての唇を奪うなど、本意じゃない。本気で思いとどまってよかった。
まぁ頬にしたけれど、あれは一回(酔っぱらっているとはいえ)サラ様からももらっているから許容範囲だろう。
正直なところ、俺は恋愛経験はほぼ皆無に等しい。…すんません見栄張りました。この境遇と性格のせいで皆無です。
二十超えて恋愛経験皆無とかありえないっすよ!とかマシューには散々言われたんだけれど、興味がなかったから仕方がない。エドワード義兄さんも姉君から俺の婚姻に関しては一切口を出すなと言われていたようだから婚姻や交際について言われたことなかったし、エルグラントさんが紹介してくれたとかいう話に至っては嘘だし。
そんなわけで何もしらないから、たまに不安になる。
サラ様に必要以上に愛の言葉投げかけて、触れたいと思ってしまってるけど、これ普通なのか?って。
―――――――
「…というわけなんですけど、エルグラントさんとマリア殿から見てどうですか今の俺」
深夜。いつものようにサラ様が寝た後三人で酒を飲む。この時間が俺はめちゃくちゃ好きだ。
主に俺の相談とか恋の悩みとかのろけとか話す場になっている気はするけど。目の前の二人が聞き上手だからしょうがない。
「舞い上がってんだろ」
「舞い上がってるわね」
「…やっぱ、そうですよね…」
俺はがくりと肩を落とす。いつでも冷静で寡黙な団長形無しだ。『初めてできた恋人に舞い上がってる団長』見たら団員幻滅するだろうなぁ…
「というか、舞い上がってて何が悪いんだ?舞い上がるだろうそりゃ」
エルグラントさんが不思議そうに問う。
「…舞い上がりすぎてサラ様に必要以上に触れたくなったり、愛の言葉囁きたくなったり、なんか感情が膨らむのに自制が利かないんですよ…」
「お前わりかしいつもそんな感じじゃねえか」
即座にエルグラントさんの突っ込みが入る。
「いやそうなんですけど!!」
思わず声が大きくなり、マリア殿にしーっと窘められる。そうだ、サラ様が就寝中だ。
「必要以上に…ってことなんです。いつもの愛の言葉とかはあれは別に普通なんですけど」
「普通なのかよ!!!」
「エルグラント声大きい」
ガハハと笑うエルグラントさんの口をマリア殿がすぐさま閉じさせる。
「なんか、…もっともっと触れたくて、もっともっと愛してるって伝えたくて…それが今までの非じゃないくらい感情が膨らんでて。抱きしめても抱きしめてもなんか足りなくて」
「よし今すぐサラ嬢のベッドに行って…」
スパァァァン!!!!!と音がしたと思ったらマリア殿の平手突っ込みがエルグラントさんの後頭部に入っていた。
「何を教えてるの!!馬鹿なの!?」
「いや仕方ないだろそりゃ。そんだけ悶々としてんならもうベッ…」
再びマリア殿の平手打ちが後頭部に入る。…う、うわぁ痛そうだ。
「結婚前にそんなことしたらエドワードにもヘンリクセン公爵にも伝えるわよ。婚姻前の次期女王の体に傷をつけたらいくら恋人のあなたでも極刑よレイ。ロベルト様に伝えたら殺されるわよ」
マリア殿の地を這うような低い声に俺は胸の前で慌ててぶんぶんと手を振る。
「わ!わかってますさすがに!!!絶対にそんなことはしません!ほらエルグラントさんが変なこと言うから!!」
抗議の声をエルグラントさんに向けるが、当の本人はくっくっくと楽しそうに笑っている。わかっててわざと言ったなこの人…。
「そう言うことじゃなくて…もう、なんていうか、…わからないですか?恋仲になってからさらにさらに可愛くて愛おしくてもう、たまんなくって。あー…なんであんな可愛いんだろう…もうわけわかんない!!!」
再び大きな声が出てしまうけどそこは許してほしい。大丈夫、サラ様の部屋までは聞こえないはず。
「お、サ…いやなんでもない。いやわかるぞ。俺だってマリアのこと可愛くて可愛くて堪んねえもん」
エルグラントさんの言葉にマリア殿がにっこり笑う。珍しい。いつもならさっと頬を染めるのに。まぁ、どちらにしろこのエルグラントさんの衒いのない愛の言葉は俺も聞いてて気持ちがいい。
「んで?他には?サラ嬢にどんなことしたいんだ?」
なんか急にエルグラントさんがニヤニヤしだした。なんですかその笑い方。
「口じゃなくていいからもっと口づけしたい…いつでも抱きしめたいし…甘い言葉囁いて赤くなるの見たいです…あとデート行きたいです。でろでろに甘やかしたいし、ずっと手を握っててこの人が俺の恋人だって自慢したい。好きなものばっかり食べさせたいし、あと…たまには二人でお酒も飲みたいです。ちょっと酔うとすごく甘えてくるんですよ!ただでさえ可愛いのにさらに可愛くなるんですよ!!!!信じられます!?」
酔わないタイプだけど、サラ様のことをお酒と共に話すと楽しくてついつい口が回る。
「…ですって、お嬢様。レイには十分気を付けてくださいね?」
…???
お嬢、様?
俺はがばりと後ろを振り返る。と、そこには顔を真っ赤にさせたサラ様がいた。
「サラ様!?どうしたんですか?すみません、うるさかったですか?」
「あ、ち、違うの。その…喉が渇いて目が覚めて…お水を飲んでたら皆の楽しそうな声が聞こえて…それで、私も一緒にちょびっと飲みたいな…って思って…そしたらレイのなんか恥ずかしい言葉聞こえて」
俺は慌ててしまう。どこから聞かれていたんだろう。
「ど!どこから聞かれてました!?」
「えっ?あ、あの、恋仲になってからさらにさらに可愛い…とかってとこ」
サラ様の言葉に俺はほっと胸を撫で下ろした。その前のベッドのところとかじゃなくてよかった。
「ああ、それなら大丈夫です、全部間違いなく本心なので」
俺の言葉にエルグラントさんがぶほっと酒を噴出した。
「おま…っ!!!それは大丈夫なのかよ!!!????ズレすぎだろ!!!!!」
「え?だって何も聞かれてまずいことは言ってませんよ。本心ですし」
何をそんな大笑いしているんだろう。不思議に思っていると、マリア殿も若干呆れた顔でこっちを見ている。サラ様に至っては真っ赤だけど、俺の言葉で赤くなってくれているのならそれはそれで嬉しい。
「なにか不思議なこと言いました?俺」
いつも通りじゃないか別に。そう思って皆に問うと。
「この!!!無自覚ド天然!!!!」
俺の愛しい人から怒号が返ってきた。
大人組三人の掛け合いが大好きです。




