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112.ゆっくり

「こっちで繋いでもいいですか?」

 レイがそう言って私の指に自分の指を絡ませてくる。乗せるだけだとなんだか寂しいというか…物足りなかったからとても嬉しい。

「ええ」

「結構人が多いからですね。こっちの方がはぐれなくていいです」


 そう。屋台が一本道に沿ってずーっと並んでるんだけど、人の多いこと!それらの人々を見て私はあることに気付く。

「フラワニアは、あまり貴族と平民の階級差がないように感じるんだけど…?」

 そう。明らかに貴族と見られる人も平民と見られる人もお互いを気にすることなく挨拶をしたりされたりしている。それに、ものを買う時も貴族だからといって列に我が物顔で割り込んだりしていない。


 ああ、とレイが心得たように返事をしてくれる。

「フラワニアは同盟国の中でも特に、国民の階級差が少ない国です。国中の雰囲気がそうなっていますね。貴族だといって踏ん反り返っていたらすぐに爪弾きにされるような、そんな風潮があります」

「そうなのね…でも、それはそれで素敵ね」


 ブリタニカは未だ強い階級社会だ。貴族は基本的に平民とは関わらない。平民も、「お貴族さま」と嫌味のように言う。どうしても拭えない壁がそこにはある。

 父親であるヘンリクセン公爵は、気軽に平民だろうがなんだろうが声を掛けるので、顔見知りの方々とは身分階級関係なく親しくしているけれど、お父さまが特異な方だということくらいはわかっている。


 今目の前で広がる光景をブリタニカでも実現できたら。少なくとも権力によって理不尽な思いをする平民の方を減らすことができたら、またさらに良い国になって…


「サラ様、もしもし?サラ様」


 深い深い思考の渦に入りそうなのをレイの声が引き上げてくれる。


「あっ?!やだ、私ったら…」

 苦笑いするレイの顔を見て私は慌てて謝罪をする。せっかく私に楽しい思いをさせようとして連れ出してくれてるのに、(まつりごと)のことを考えるだなんて、可愛くない女と思われたかしら。


「ごめんなさい…」

「いいえ、あなたが真剣にブリタニカについて色々なことを考えてくださってる証拠ですから」

 うう…さすがレイ。私がどんな思考の海に入ってたかきちんとわかってらっしゃる…

「でも、…せっかく二人きりなんですから。そして、こんな楽しい雰囲気なんですから!まずは楽しみましょう?」

 レイが満面の笑みで私に言う。

 な…何というイケメンキラキラ笑顔…さっきからわかっていたけど、レイのことを老若男女問わずちらちら見ている人がいることに気付いてないのかしら…

 今の笑顔で何人かの女性は顔を赤くさせてるし、数人の男性は心なしか諦めたような顔を見せたんだけど。何だその顔。


 でも、そうね!

 せっかく皆が私を楽しませようとしてくれているんだもの。ここで楽しまなきゃ女が廃る(?)わ!


「ええ、行きましょうレイ!」

 へにゃりと気の緩んだ締まりのない笑顔が出てしまう。こんな陽気な空気の中で、隣には愛おしい愛おしい人。自然に考えて楽しまない方が無理よ。

 ん?なんか周りにいる男性が今度は顔を赤くして、女性陣が諦めたような顔をしているけど…?

 そして目の前のレイも顔を若干赤くさせているけど…?


「ーーーっ!!!その無防備な笑顔やめてください…」

「えっ、やだ、ごめんなさい。だらしなかったかしら?」

「違います、そうじゃなくて。あなたのその顔はほんっと…ああもう…っ!抱き締めたい!」

 えええええ?!どういう流れなのそれ!?

「サラ様は自分がめちゃくちゃ可愛いってわかってますか?!」

 あ、若干レイがキレ出した。

「ほんと、十八歳になってからどんどん綺麗になっていくのに、まだ若干の少女らしさも残ってて、めちゃくちゃ綺麗なあなたが突然見せる無防備な少女みたいな笑顔がどれだけ破壊力を持つか!自覚してください!」

 こ、こんな道のど真ん中で強火発言しなくても…

 あ、先日十八になりましたー。


「ぜ…善処?するわ」

 

ーーーーーーー

「レイ、私も持つわよ」

「サラ様に持たせられるわけないでしょう?平気です」

 両手にいっぱい中身の入った紙袋を持つレイが朗らかに返す。

 お酒やら屋台の食べ物やらがぎっしり入っているのだ。重いはずなんだけど。と思うけど、肝心のレイは涼しい顔でそれらを持っている。

「あなたと手を繋げないのは不便ですけどね。でも、はぐれないように服の裾きちんとつまんでいてください」

 はぁい、と返事をして私は歩くレイの服の裾を摘む。


 確かに、手を繋げないのは寂しいわ。

 そう思いながら改めてレイを見上げる。

 美しく整った顔に、いつでも穏やかな表情。身長が高くて、私は見上げないと見つめることができない。誰よりも優しくて、怒る時は厳しくて。私のどんな言葉も取りこぼさないでいてくれる。甘い言葉をいつでもかけてくれる。本当に本当に大好きな人。


 思ったら言葉が出ていた。



「…だいすき」



 レイが驚いたように私に顔を向ける。

 驚いた?驚くわよね。…言葉を出した私が一番驚いているんだもの。こんな、子どもみたいな舌足らずの愛の言葉。

 でも、本心なの。心から大好きなの。


 じわじわと自分の顔に赤が集まっていくのがわかる。なんだろう、うまく言えないけれどものすごく恥ずかしい!



「俺も」


 そのとき不意に見つめ合っていたレイの唇がゆっくり動いた。




「…だいすき、です」


 飾り気のない、シンプルな愛の言葉。なのに、嬉しい。どうしよう。今とてつもなくぎゅうってしたい。

 人がいなければ間違いなくそうしていた。

 でもここじゃできないから、ありったけの想いを込めて、笑ってみせる。



「あ」

 レイの頭に桜色の花弁が絡まっていることに気付いて私は声を出した。

「ん?どうしました?」

「頭に花弁がついているわ。少しかがめる?」

 

 私の言葉に素直にレイが頭を下げてくれる。その美しい金色の髪に絡まった花弁をとり、いいわよ。と言おうとして息を呑んだ。

 目の前にレイの顔がある。

 お互いの息がかかりそうなくらい近い場所に。



「ーーーーーっ!!」


 お互い一瞬びくりとしたけど、その距離を元に戻すことができない。

 

 どくん、どくん、と聞こえないはずのレイの心臓の音が聞こえる気がした。その蒼い瞳がいつもと違う熱量を持っていて、自然と吸い寄せられていく。鼻先が触れ合いそうな距離に来た時に、私は今から何が起こるか分かってしまい、ぎゅっと目を瞑った。


 ーーーーど、どうしよう。恋人だから当たり前なんだけど、え、えっと、こういうときどうしたらいいの?!私待ってていいの?!


 頭がいきなりパニックになる。

 ど、どうしようどうしようどうしよう!!!!



 ーーーーーふ。



 不意にレイの笑い声が聞こえた気がしたと思ったら、


 ーーーー頬に口づけが落とされた。



「えっ」

 予想していたのと別の場所に口付けが来たことに驚いて目を開けると。


 目の前でレイがとてつもなく優しい顔で微笑んでいた。

「…可愛い」

 そう呟き、再び近づいてきたと思ったら今度は反対の頬に口付けが落とされた。

 こ!これはこれで、若干パニックなんだけど?!!

 

 両手で慌てて頬を押さえる。

 いつのまにか体勢を戻したレイが少し照れながら言った。



「…ゆっくりいきましょう?」


 その言葉が私たち二人の関係を示しているのか、それともマリアとエルグラントのところに戻るまでのことを言っているのかは、よく分からなかったけど。


 私は真っ赤になりながらコクコクと頷いて再びレイの服の裾をつまんだ。



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