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111.お花見

「ほんと、さっきはすみませんでした」

 レイがしきりに謝ってくるので私はぶんぶんと首を振る。

「いいえ!私こそなんの確認もせずに開けてしまってごめんなさい!おかげでいいもの…コホン、いいえ、…慌てさせてしまってごめんなさい」


 いけないいけない本音が出るところだったわ。

 恥ずかしいけど、本当に二人とも身体の均整が取れていてとてもかっこよく、美しかったんだもの。鍛錬を積み重ねるとあれだけ素晴らしい芸術品が出来上がるのだわ、と思うほどに。


「どのくらい走ってきたの?」

 私の問いにエルグラントが答えてくれる。

「どのくらいだったかな?三十キロは走ったと思うが」

「…そんなに走りましたっけ?二十キロ程度かと思ってました」

「うわぁ出た!現役団長二十代の体力無尽蔵。四十すぎたおっさんはもうついていけねえや」

 エルグラントがガハハと笑い、レイが呆れたようにそれを見ている。

「全力疾走で俺を引き離してたくせに…何を言ってんですか。大体最初に流しで走ろうって言ってた癖に!途中から全力でいくから、俺の距離感覚おかしくなったんですよ!」

「いやー、身体動かすのが久しぶりでな。ちょっとはしゃいじまった」

「歳を考えなさいエルグラント」

 二人の話を聞いていたマリアが呆れたと言いたげに溜め息を吐いたのを聞いて、私は思わず笑ってしまう。


「他には?何かしてきたの?」

「あとは腕立てとか、途中に市民用の運動公園があったので、そこで懸垂とかしてましたね」

「運動公園???」

 初めて聞く名前だわ。どういうものかしら?視線だけで尋ねると、エルグラントが答えてくれた。

「フラワニアは花が多いからとにかく公園が多いんだ。公園も多岐に渡っててな。運動するための公園や、恋人向けの装飾が施された公園、魚や水鳥が生息してる公園、あとは…何があったかな?」

 エルグラントがレイに問いかける。

「お花見をするためだけの公園とかもありますよね。この時期は屋台がでてて、ちょっとしたお祭りみたいになってます」


「お花見…?」

 初めて聞く単語だわ。

「フラワニアの文化なんですよ。この時期だけ花が咲く木の下で布を広げてそこに座って、皆思い思いにお酒を飲んだりお菓子や料理を食べたりするんです」


「ママママママリア!!!」

 何それ何それすっごい楽しそうなんだけど!!!

「はいはい、よーくわかりますよ。聞いたことないですものね。ブリタニカでは地べたに座ることはできませんからね」

 そう、ブリタニカに公の場で地べたに座るなどという習慣はない。そんなことをしようものなら野蛮だと言われるような行為だ。

 誰も見ていないお忍びの場所や、自宅の敷地内ならともかく、人が沢山いるところで皆が地べたに座るという光景はブリタニカでは見られない。


「誰からも咎められたりしないの?地べたに座っていて?」

 ちょっと興奮して、声がうわずってしまう。

「皆座ってますからね」

 マリアが返してくれる。

「ねえ、そこに行きたいわ!三人ともお酒飲みたいでしょ??!行きましょう?!私地べたに座ってご飯やお酒を嗜むなんて初めての経験だわ。どんな感じなのかしら。お花を見て、美味しいもの食べて、皆でわいわい他愛も無い話するの、すっっっごく楽しそう!!」


「サラ様なら食いつくかな、と思ってました」

 レイもまたとても嬉しそうに笑っているので思わず笑ってしまう。

「そんなこと言ってあなたもすごく楽しそうじゃないレイ」

「あなたがはしゃいでいるのが可愛くて愛らしくて、俺まで嬉しくなってます」

 ほらきたまたきた息をするように甘いこと言ってきた。赤くならないんだから絶対!ふんっと顔に力を入れたんだけど…


「サラ様ばかり見て、俺花見してなさそうです」


 もおおおおおおおおおおお!!!!もおおおおおおおおおおお!!!!もーー無理ーーーーー!


 ぼんっと、顔が爆発した音がした。

 

 やめてマリアエルグラントそんな生暖かい視線やめてほんとやめて居た堪れない。



ーーーーーーーー


 花見公園はたくさんの人で賑わっていた。レイが教えてくれた通り、皆地べたに座って楽しそうにお酒や食べ物を楽しんでいる。

 エルグラントが満開の花をつけた木の木陰に布を敷いてくれた。四人で座ってもゆったりあるくらいのちょうどいい大きさ。

 自然と私の背後に木が来て、私を囲むように三人が円になって座る。私を護衛するための適切な位置にそれぞれが当たり前のように座ってくれる。そんな行動を、私が呑気にしていても即座に取れる彼らを本当に誇りに思うし尊敬している。

 

「何か買いに行きましょうか、サラ様」

 しばらくお花を眺めたり、きゃいきゃいと四方山話をしたのちにそう言ってレイが立ち上がり、私に手を差し伸べてくれた。

 私はマリアを見る。想いを通じ合わせたとはいえ、このような場で二人で抜けてもいいか、そう問いたかったからだ。

 私の意図を即座に汲み取ってくれたマリアがにっこり笑って頷いてくれる。


「…ブリタニカに戻れば、もう二度とできない経験ですので、充分に楽しんでください」


 マリアの言葉にはっとする。

 そうして色々気付く。エルグラントがこの国に入ってからいつもよりさらに朗らかに明るく振る舞い皆の空気を良くしてくれている理由。

 レイがマリアやエルグラントに伺いを立てずに今私に手を差し伸べた理由。

 


 …私を楽しませるために。ただそれだけのために。



 じん、と目の奥が熱くなる。ぎゅう、と胸のあたりが締め付けられる。

「…私は幸せ者だわ。…心からありがとう、皆」

 多くを語るとこの人たちのさりげない優しさにケチをつけてしまいそうだから、簡単な感謝に留めておく。

 きっとこの聡明で優秀で温かな人たちなら、この言葉だけで私がどれだけ感謝しているか伝わるから。


 私はレイの手を取り、立ち上がる。ごわごわした温かな優しい手。

「いきましょうか。マリアとエルグラントは『とりあえずエール』でいいのね?」

 この旅で覚えた言い回し。お酒を飲む三人は必ず酒場に入ると言うの。『とりあえずエール』って。

 私の言葉に二人とも頷いてくれた。


 レイが自分の手に私の手を乗せて歩いてくれる。

 気に無数に咲き誇った桃色のお花が、はらはらと舞うのがとても美しい。

「綺麗ね」

 私がうっとりしながら花々を見上げて声を出す。

「本当ですね」

 隣を見るとレイもまた優しい眼差しでそれらの花々を眺めていた。……本当に綺麗な人。しばらく見惚れていると不意にレイのさっきの言葉を思い出して、私は笑った。

「どうしたんですか?」

 突然笑い出した私をレイが不思議そうな顔で覗き込んでくる。


「さっきね、レイ言ってたじゃない?『サラ様ばかり見て、俺花見してなさそうです』って。私今全く逆のことしていたわ」

「逆のこと?」

「あなたばかり見てしまっていたわ。あなたが美しいから」

「ええええ!?」

 レイが頓狂な声をあげる。

「美しいなんて言われたの初めてです」

「そうなの?!あなた相当美しい人よ?自覚ないの?」

「本物の美しい人に言われても説得力ないですね…」


 …。


 ……!


 …!!!もう!だから!!!そういうとこ!!

 

 


 

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