110.指の隙間からこっそり覗くアレ
翌朝、目が覚めるともうお日様が高く上がっていて私はびっくりしてしまう。
「お目覚めになられました?おはようございます」
私が起きたことに気付いたマリアがにこやかに微笑んでくる。
「おはよう、マリア。ひょっとして私寝坊しちゃった?」
「お疲れになってたんですよ。長旅と乗馬で。お寝坊と言っても丁度ブランチを召し上がれるくらいの時間です」
「レイとエルグラントは?」
「走り込みに行ってます」
「元気ねぇ…。でも平和になった証拠ね」
「そうですね」
マリアとふふふ、と笑い合う。
すぐさまマリアが私の身支度を開始してくれる。いつもと変わらない流れ。
身体が鈍ると言って、レイとエルグラントはしょっちゅう走り込みや筋肉を使う運動を二人でしていた。
でも、メリーのことがあってからしばらくは外出も控えていたから、全然鍛錬ができなかったのだ。
だから今日は本当に本当に久しぶりに身体を目一杯動かしているのだと思う。
「私も走ってみようかしら」
ふん、と気合を入れてみせると、マリアが笑って「必要ありません」と言ってくる。
「でも私そんなに体力ある方じゃないじゃない?女王になるからには多少は鍛えておかないと」
「…そうですねぇ…ま、それでも女王即位はまだだいぶ先の話ですし、ぼちぼちとで大丈夫ですよ。それよりも今は旅の疲れを回復してください」
はーい。と私は返事をする。
と言ってものんびりと回復のために時間を使うわけにもいかない。おそらくここに滞在できる期間はそんなに長くはないはずだから。限られた時間で目いっぱい楽しまなきゃ!
「ねぇマリア?移動距離を考えて、ここに滞在できるのってどれくらい?」
「…一週間ほどですね」
「…そっかー…」
思った以上に時間はないみたい。
ぼんやりと考えていると、マリアが身支度を終えてくれた。レイがくれたヘアピンが両耳の上にちょこんと居座っている。
「ふふ、レイってやっぱりとてもセンスいいわよね」
「…まぁ、それは認めます。でもほんっと…独占欲の塊なんだから」
「レイの瞳の色のコレ?」
ピンの先についているブルーの宝石を指差して私が言うと、マリアがええ、と頷く。
「嬉しいじゃない…愛されるのってこんなに幸せなものなのね」
アースのときは全然感じなかったから、と笑うと感じなくて良かったです、とツンツン返してくるものだから笑ってしまう。マリアは最初からアースのこと嫌がってたものね。
「少々愛情過多気味ですけどね」
「あら?エルグラントだってしょっちゅうマリアのことを好きだの愛してるだのいうじゃない」
「あれはもう習慣化してるじゃないですか…挨拶と変わりないというか。それと比べると、好きや愛しいという言葉に込められてる熱量がレイは聞いていてものすごいというか…恥ずかしくなるほどというか…」
「そうなの?」
なんだかマリアの言っている意味がちょっとよくわからないけど…
「でも、マリアは認めてくれているんでしょ?私とレイのこと」
「一介の侍女の私に認めるも何も、そんな権限は御座いませんよ」
すまして言うものだから笑ってしまう。嘘ばっかり。
「教えて?レイだったらお相手として、マリアのお眼鏡にはかなっているの?」
「…悔しいことに。私のお嬢様がとられるみたいでちょっと面白くはありませんが。レイなら、不足はないと思っています」
「めちゃくちゃ認めてるじゃない!」
声をあげて笑ってしまう。アースと婚約が決まった時の苦虫を噛みつぶしたような渋い顔と全然違うわ。
「さ、お嬢様と恋バナはこのくらいにして…何か本日したいことはございますか?」
マリアが聞いてくれ、そうねぇ…と私は考える。
「それならレイとエルグラントにも聞いて決めましょう。二人ともまだ帰ってきてないかしら?」
「どうでしょうね、そろそろだとは思いますが」
そんな話をしていたら、警護室の方から扉が開く音と、はっきりは聞き取れないけれど楽しそうな声が聞こえ出した。
「あ、帰ってきたみたいね」
「そうですね」
「ふふふ、ちょっと行ってくるわ」
椅子から立ち上がり、寝室を出てから私は警護室へと向かう。ドアをノックすると、「どうぞ」というレイの声が聞こえた。私は扉をかちゃりと開ける。
「入るわね」
そう言って飛び込んできた目の前の光景に私は叫ばずにはいられなかった。
「きゃあああああああ!!!!!」
「わああああああ!!???」
いや!なんでレイまで叫んでるのよ!
「お嬢様!!!?????どうなさいました!??」
私の叫び声に驚いたマリアが慌てて後ろから駆け寄ってくる。
「や!!!やだ!!!なんで二人とも裸なのよ!!!!」
そう、目の前の二人は下は履いているものの、上半身はすべて脱ぎ捨てて裸だったのだ。汗をびっしょりかいていたから気持ち悪くて脱いだのだろう。私は慌てて両手で顔を覆う。今更遅いけど、ばっちり見えてしまった。
二人ともものすごい筋肉だ。エルグラントは筋骨隆々という言葉がぴったり。レイも、細身だけどそれでもきっちりとがっしりとした筋肉が付いていて、どうしようものすごく好きなタイプのからだ…ってちがああああああう!!!!!汗で濡れた髪の毛がまた色気を醸し出してて、ほんのり疲れた顔がいかにもきつい鍛錬を終えた男性って感じですごいカッコよくて…ってちがあああああああああう!!!!
男性の体なんて、お父さまとお兄さまが避暑地の別荘に作られた人工池で泳ぐときくらいにしか見たことがないのに。免疫なんてゼロよ。
「あー…その…お嬢様。おそらくこの二人は私だと勘違いしたんだと思います」
「ま、マリアの前ではいつもこうなの!?」
「…私というか、訓練の際に男どもが暑くて上着をぬぐ、なんてことは団内ではわりかし普通のことでしたので。私に関しても二人はそんな感覚で、私もさほど気にしていなくて…」
「あー…その、なんだ、サラ嬢、悪かったな?」
「すみません!お見苦しいものを…!」
衣擦れの音が聞こえる。服を着ようとしているのかしら。汗でべちょべちょで気持ち悪いだろうに。私は慌てて顔を覆ったまま二人に向かって言う。
「あの!私はもう退場するから!!!着替えなくて大丈夫よ!シャワー浴びてきて…っ!私の部屋の方のシャワー室も使っていいから。ごめんなさい突然…っ!」
いや、めちゃくちゃ恥ずかしいのよ!?めちゃくちゃ恥ずかしいの。
殿方の体なんか、見ることないもの。本当に本当に恥ずかしいの!
しかも服に覆われていないレイのあの腕とか胸とか見るとどんだけ逞しいかわかるし、その逞しい腕に抱きしめられているんだわとか考えるともうもうもう恥ずかしさやらなんやらで頭が爆発しそう。
…恥ずかしいのよ?恥はあるのよ?それはわかってね?
だからもう一度見たくなっちゃって、部屋を出る前に、指の隙間少し開けてちらって見ちゃったのは私だけの秘密。




