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109.ヘンリクセン公爵家

 私、ロベルト・ヘンリクセン。御年二十三。

 十五で最高学年まで飛び級。首席でイグレック学園を卒業してから父の仕事の補佐を三年間行い、試験が受けられる十八歳で城勤めをするための試験を受け、実際に城勤めを始めて早五年になる。

 眼鏡は伊達で、嫌いな食べ物は鶏肉。五歳の時に出された鶏肉料理の鶏に毛が付いているのを見て以来、全く食べられなくなってしまった。好きな食べ物は人参。

 嫌いな飲み物はグレープフルーツジュース。好きな飲み物はワイン。

 嫌いな言葉は「努力は必ず報われる」。好きな言葉は「なるようになる」。

 嫌いな人間は「権力を笠に着るやつ」。好きな人間は「妹」



 そう、妹。サラ・ヘンリクセンが私は可愛くて可愛くて仕方がない。

 ここで誤解して欲しくないのが、それは百パーセント「家族愛」だということだ。私にはイグレック学園時代からお付き合いしている婚約者の女性がいる。とても性格のいい伯爵令嬢で、私は彼女を心から愛している。

 まぁ、それはおいおい話すとして。



「サラからの葉書が届いたよ」

 夕食時の父上の言葉に私は胸を躍らせた。サラは国外追放となってから、定期的に葉書を送ってくれている。しかも喜ばしいことに先日サラの冤罪は証明された。となると、葉書の内容は…

「帰国の知らせですか?」

「ああ、一月後に帰国するそうだ」

 やった!!!私は思わず心の中でガッツポーズをする。

「帰国するころは十八になっていますね。…美しくなっているだろうなぁ」


 サラは小さな頃から私の自慢の妹だった。

 お人形のように可愛い子だった。ちょっと抜けたところもあるけれど、それがまた愛らしさを引き上げていた。だが可愛いだけじゃない。その聡明さは我がヘンリクセン家の中でも抜きんでていた。人の心の機微を狂いなく当てる。絶対記憶能力、恐ろしい勘の良さと頭のキレ。なのに、ちっともそれらを鼻に掛けない。

 次期女王としてシャロン前女王陛下から任命を受けた時も、サラなら当然だなと思ったほどだった。だが、正直アース第一王子との婚約が決まった時、愕然とした。女王となるために王族との婚姻が必要とは言え、妹が盗られてしまう!?とパニックになったものだ。


 城勤めをしてからはサラの相手として頭を抱えたくなる人物だった。

 …アース王子はすこぶる…アホだったのだ。

 座学の時間に平気で授業を抜け出し、マナーや紳士作法としての授業では鼻をほじっている姿を何度か見かけたものだ。

 もちろん、王子としての気品やオーラはそれなりに持っていたが。


 だから、サラからアース王子が婚約破棄を企てていると家族に話があったとき、私も家族も内心喜んだものだ。本当は父上も母上も私もサラを嫁になどやりたくなかったのだから。公爵家でずっと面倒見たっていいとさえ思っていたのだから。



「もう二年になるのかぁ。長かったような、あっという間だったような。でも、帰ってくるのは嬉しいものだね」

 父上の言葉に私も母上も頷く。

 父上も母上も私もこの二年間、社交界に顔を出しては噂の的になっていた。

 アース王子の婚約破棄の夜、箝口令が敷かれたのは『サラが次期女王候補だった』ということだけだった。エドワード国王陛下が、箝口令に従わない場合は爵位の剥奪も辞さないとまで仰ったので、そこに関してはこの二年間漏れることはなかったが、『サラが第一王子に断罪を受け、婚約破棄された』という部分については特に箝口令は敷かれなかったのだ。

 私たちはどこに行っても「第一王子に断罪され、婚約破棄された公爵令嬢の家族」という目で見られることになった。

 人々の中傷、嘲笑、ひそひそ話。…正直、




 ――――どうっでもよかった。




 私たち家族はサラの無実を知っていたし、エドワード陛下が冤罪を証明すると約束してくださっていたからだ。それに、頻繁に届く葉書でサラが十分楽しそうにしているのを知っていた。

 あの子の幸せが、私たち家族の幸せだ。

 そんな家族の宝みたいな子が帰ってくる。楽しみで仕方がない。



「ああ、そうだ、ロベルト。サラの帰国の日は城勤めを休めるかい?」

「ええ、そのようにします」

「なんかねー、葉書に書いてあるんだよ。帰国と同時にご紹介したい人がいますって」


 …。


 ……。



「…今、なんとおっしゃいました?」

 低い、低い声が出る。なんだそれは。なんの話だ。

「ん?だから紹介したい人って。恋人出来たんじゃない?ていうかこの場合、レイモンド団長しかいないよね。エルグラント元団長はマリアと婚約してるわけだし」

 あまりにも父上があっけらかんとして言う。

「ロベルト―、スープスープ。垂れてるわよ」

 母上ののんびりした声にはっと手元のスプーンを見る。掬ったスープが零れてテーブルを汚していた。さっと手を挙げると、使用人がささっと近づいてテーブルを拭いてくれた。


「…父上も母上も、へ、平気、なのですか?」

「いや、平気というか。こればっかりはなぁ…サラが決めることだからなぁ」

「ええーだって、レイモンド団長イケメンじゃない!眼福だわ」


 二人の返事に私はがくりと肩を落としてしまう。


 アース王子から婚約破棄されたとはいえ、サラは公爵令嬢。美貌も地位も兼ね備えた彼女に、釣書は山ほど届いていたが、父上はすぐに焼却炉に放っていた。今度は絶対にサラが自分から望む相手と、と言って。貴族じゃなくてもだれでもいいからあの子が幸せになれる人を自分で選んで欲しいと。

 型破りな公爵だとは思う。子どもの婚姻は家門同士の損得が優先される貴族社会において、子どもの感情を優先させてくれるだなんて。

 そしてサラが自分の感情でレイモンド団長を選んだのだとしたら。

 

「確かに…レイモンド団長なら不足はないですが…」


 イケメン、高身長、出自は明らかにしていないが、あの所作は明らかに高位貴族のそれだ。それに加えてあの若さでの国家最高機関の団長へ就任。礼儀が正しく、団内では団長としての厳しさも見せているという。内外の信頼も厚い。陛下からの信頼も厚い。

 不足はない。

 不足はないけど。



 ――――完璧すぎる男ってちょっとむかつくじゃないか。



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