107.プレゼント
「こ、こんなにたくさん買ってきたの?!」
レイとエルグラントが買ってきたお酒や食べ物を見て私は声を上げた。
と同時に笑ってしまう。
「お酒ばっかりじゃない!」
「いや、なんか品揃えが良くてな、マリアの好きな酒もいっぱいあったから買ってきた。この三週間ほとんど飲んでないんだろ?」
エルグラントの言葉に私は驚いてマリアを見る。
「そうなの?マリア」
マリアは少し困ったように笑って答えてくれた。
「何かあったときは、どんなことになろうとお嬢様の元に行こうと思ってましたから。いつでもすぐに動けるように、お酒は控えてました」
「…マリア」
胸がジン、と熱くなる。
本当に本当に私は色んな人に支えられ愛されているのだと今更ながら実感する。
「サラ様にはこっちを」
レイがそう言って、手に持っていた紙袋の中を見せてくれる。
「なぁに?」
ぴとっ、とレイにくっついて中を覗き込むと。
「わぁあ!果物がいっぱいだわ!嬉しい!ありがとうレイ!!…ってどうしたの?」
紙袋の中には沢山の私が好きそうな果物が入っていた。思わず嬉しくなってレイを見上げると、頬をほんのり染めて、その大きな手で口を覆って視線を逸らしていた。何かを噛み締めているような。
「あー、サラ嬢、気にすんな。嬢が可愛くて堪んないだけだからソレ」
エルグラントがニヤニヤしながら言うものだから私の頬がまたぽっと赤く染まる。
「そ、うなの?レイ」
「そうです。ああもうめちゃくちゃ可愛い。ほんと可愛い」
「…ありがと」
恥ずかしいけれど、きゅっとレイの服の裾を掴んでお礼を言う。思ったより小さな声になっちゃってさらに恥ずかしいわ…
私の反応にエルグラントが、お?と不思議そうな声を出す。
「どうした嬢。少し余裕が出て来たみたいだな」
「マリアと話して。レイの甘い言葉はもう幼いころから受けてきた教育の賜物だから諦めろって言われて。照れて怒るよりも、素直に受け入れたほうがレイももっと喜ぶし好きになってくれるって…マリアが教えてくれたから…」
まだ慣れないけど頑張ってるの…と小さな声で言うと。
「もういいですかね?マリア殿、エルグラントさん。お二人の前で抱きしめても」
レイがとんでもないことを言い出した。
「おうやれやれ。俺は構わないぞ」
「エルグラント!」
マリアが一喝してくれる。
「抱きしめるのは構わないけれど、時と場所は弁えなさい。お嬢様の気持ちも考えなさい、レイ」
はーっと溜息を吐きながらマリアが言ってくれて助かった。レイも渋々はい、と素直に答えてくれてる。良かったわ…
私もほっとして、レイの服の裾を掴んでいた手にぎゅっともう一回力を込めて、ちょいちょいと引っ張る。
「どうしました?」
うわぁイケメン。甘いイケメン。激甘イケメン。こんな顔見せられたら大抵の女性は溶けちゃうんじゃないかしら…
蕩けそうな笑顔を私に向けてレイが尋ねてくれる。
「あのね…さすがに人前では恥ずかしいから。えと、二人になったときに、してね?」
私の言葉に、レイがみるみるその肌を赤く染め上げた。
「ちょ…!!!もう!!サラ様こそ!!!自重!」
「え…ええええ!?」
いきなりの自重しなさい宣言にびっくりしてしまう。何を自重しろって言うのよ?
「今のは…さすがにレイがかわいそうだなぁ、マリア」
「似た者同士ってことよ。ほっといて飲みましょ。二人で思う存分いちゃついておけばいいのよ。あ、エルグラントこのお酒買ってきてくれたの!?ありがとう」
「マリアこれ好きだろ、あ、これは知ってるか?パッショニア限定らしいぜ」
「わ、それ知らないわ。それから開けましょう」
「いいぜ。祝杯と行こう」
「いいわね。チーズと干し肉買ってきた?」
「当たり前じゃねえか」
「ナイス!」
わーお。マリアとエルグラントが勝手に話を終わらせて二人の世界に入ってるぅ。
――――
「信頼はしているけれどね。何かあってはダメだから、一時間だけよ」
お酒もたくさん飲んで(私は軽く一杯だけ。あとはジュース)、お腹いっぱい食べて。あとは湯浴みと寝支度を残すのみとなった時に、マリアとエルグラントが、私とレイを二人きりにしてくれた。
レイに釘を刺して、マリアとエルグラントは警護室に入っていく。
「レイ、たくさん飲んでいたわね。大丈夫?」
すごい量飲んでいたはずなのに顔色一つ変わらないレイに念のため聞いてみるけど、全然どうもないですという答えが返ってきた。
「…お隣、座っていい?」
「勿論…あ、俺が動きますよ!」
「いいの、大丈夫」
そう言って私は立ち上がり、レイの横にちょこんと座った。
なんとなく甘えたくなってしまって、ぴとりとくっついてレイの肩にことん、と頭を乗せる。
「甘えたですか?」
「はい、そうです」
私の改まった返しに、レイがくすくすと笑う。
「本当に。可愛いことしかできないんですかあなたは」
「…それはレイの目に何か特別なフィルターがかかっているだけよ」
「そんなことないですよ」
レイの手が私の肩に伸びてきてそのままぎゅうっと抱きしめられた。
「ふふ、レイお酒臭い」
「わーすみません…ちょっと飲みすぎました」
「エルグラントが思い切り飲ませていたものね。あなたが潰れないかハラハラしたわ」
「一応手加減してくれてたんですよ、アレ。本気で来られたら、勝敗は五分五分です」
レイの言い方に笑ってしまう。五分五分って、なんの勝負をしているのよ。
「酔っぱらってはいないの?」
「うーん、酔うほどではないですね。少し浮かれてはいますけど」
「浮かれてるの?」
はい、とレイが答える。
「あなたから心をいただいて、俺もあなたに想いを告げられた。…正直浮かれるなっていうほうが無理です」
レイの空いている手が、私の頬と髪の間に差し込まれた。優しく優しく撫でてくれる。ふふ、くすぐったい。
「あ」
レイが、不意に声を上げた。
「そうだ。これ」
そう言って、頬に触れていた手をするりと抜いた。う、ちょっと名残惜しい。
そのままレイは自分のベストの懐ポケットに手を入れて、小さな包みを取り出した。
「これ、何?」
「ええと、なんだかもう浮かれてるついでなんですが。いい年してこんな十代の若者みたいなことするのも正直恥ずかしかったんですが、まぁ、浮かれてるってことで。…プレゼントです。想いが通い合った記念とでも思ってください」
「プレゼント?私に!?」
「はい」
レイが私に向かってその包みを差し出してくれる。どうしよう、ものすごく嬉しいのだけれど。
「開けても、いい?」
「勿論です」
私はおそるおそるその包みを受け取った。
綺麗な金糸が織り込まれているリボンに手を掛けて、しゅるり、と音をさせながら解く。このリボンだけで分かるけれど、決して安いものではないわ。
「気に入ってくださるか、わからないんですが。一目見てこれ、サラ様がつけてたらめちゃくちゃ可愛いだろうなあって思って」
「……髪留め」
そう、包みの中にはちいさな髪留めのピンが二つ入っていた。小ぶりな真珠が一本のライン上に連なっていて、一番端っこにレイの瞳と同じ蒼の宝石が付いている。真珠に宝石、というだけで分かるけれど…これ、は相当な値打ちの…。
「こ、これ…レイ、あの…」
すべて言い終わらぬうちに、レイの人差し指が私の口に押し当てられた。それ以上は言っちゃだめだとレイの目が優しく言っている。
「プレゼントですから。それ以上のお言葉は野暮ですよ。…素直に受け取っていただけると嬉しいです」
うっわなにこのイケメン。ほんと私をどうしたいのこのイケメン。
でも、本当に嘘偽りなく、素直にとてもとても嬉しい。
「…本当に、貰ってもいいの?」
「そのために買ってきたんです。…たまにはつけていただけると、嬉しいです」
たまに、なんて。毎日でもつけたいに決まっているじゃない。
「嬉しい、とても嬉しい。大事に大事に使うわ。毎日でも使うわ。本当に大切にする。心から嬉しいわ、ありがとうレイ」
ぎゅっとそのプレゼントを握りしめる。もう、性格もよくて顔もよくて気遣いもできて優しくて、なんなの本当どうしてこんな素敵な人が私に心をくれるの。未だに信じられない。
「…あのね、レイ。私、今あなたにとてもとてもぎゅってしたい。…感謝と、大好きと。いっぱい込めてぎゅってしても、いい?」
…。
……。
ん?返事がない。ちょ、ちょっとひどくない!?自分は昼間あれだけ散々ぎゅってしたいとか言っておいて、いざ私からしようとすると沈黙とか!
結構頑張って勇気出して言ったのに今!
抗議しようと思って上を向くと、片手で口を覆って真っ赤な顔で私を見下ろすレイがいた。
「…どうしましょうか。どうしたらこの気持ち、爆発しないように抑えられるんですかね。…あなたが可愛くて愛おしくて好きすぎておかしくなりそうだ」
ぼっ!と、わたしの頬が染まる。
「…あ、あの、抱きしめたら、いいんじゃないか、しら」
って!!私は何を言っているのよ!!!!!ばかばかばか!!!!!私脳みそ沸いてるわよね!今沸いてるわよね!?
「――――ふはっ!!!」
あ、レイが、笑った。私の大好きな笑い方で。その笑顔に胸がきゅうってなる。
「…それじゃあ、お言葉に甘えて、失礼します」
―――そう言って手が伸びてきて。
レイは私の息が苦しくなるほど、力いっぱい抱きしめてくれた。
永遠に書いていられる気がします…笑
でもそんなこと言ってたら話が進まない。そろそろ移動しましょー




