105.ガールズ?トーク
レイとエルグラントはお願い、どこか行ってて。ちょっとマリアと二人で話がしたいの、と言い、二人を追い出してから私はマリアとソファに向かい合って座っていた。
久しぶりにマリアが紅茶を淹れてくれる。
「沁みる…沁みるわマリア。あなたの味だわ。泣きそう」
「大袈裟ですよ」
マリアが笑う。ああもう大好き大好き大好き。
「メリーの宮殿では私の可愛いお嬢様に紅茶を淹れる侍女はいなかったんですか?」
まぁさっきの説明ではだいぶ端折ったものね。
「メリーが薬やら毒やら入れた紅茶をしょっちゅう使用人に運ばせてくるから、あまり味の付いたものは飲まないようにしていたわ。私に付いてくれる侍女には水か白湯しか出さないように指示していたの」
「さっきから…ほんと、メリーは私のお嬢様になかなかすごいことを…怒りで震えそうです」
おお…笑顔で静かにマリアが怒っている。
「下手したら国際問題ですよ。どのように処理されるおつもりですか?」
そうねえ…、と私は紅茶を飲みながら考える。
「…とりあえず大事にはしないつもりだと陛下には書状を出すわ。警告書止まりで構わないわ。まずはメリー王女の健康を取り戻してもらおうかしら。正常になった彼女がまた似たようなことをしでかしたら、今度こそなんらかの制裁を行わなければならないでしょうけど」
「…温情もある程度にしておかないと、いつか命を落としますよ」
「そうね、でも、まぁ…今回はパッショニア国内で問題の収束に取り組むだけで精いっぱいでしょうから、それで自浄作用が働いてくれるのならそれでいいわ。自浄が済んだらきっといい国になるでしょう。それで構わないわ。不要な争いは何も生まないもの」
マリアがふっと微笑んだ。
「どうしたの?」
「いいえ、…シャロンと同じことを言っていたので。彼女もよく言っていました。不要な争いは何も生まないって」
「私、あなたがシャロン陛下のことを呼び捨てにするほど仲がいいとは知らなかったわ。あと、エドワード陛下のことも。交渉団団長だったから顔見知りだろうな、くらいは思っていたけど」
「まだお嬢様が幼い時に女王教育が始まりましたからね。私があまりべらべらとシャロンだのエドワードだの話したら幼いお嬢様の口から私がヘンリクセン家にいることがバレるかもと思ってしゃべらなかったんです。その時はエルグラントに所在がバレないように、誰にも居所を教えていませんでしたから」
マリアのちょっぴり悲しい過去。
「本当に、エルグラントと再会して、想いが通じ合ってよかったわね」
ええ、とにっこりと幸せそうに笑うマリア。本当に良かった。
「で、です。お嬢様。レイとは、いつ、そういう風になったんです?」
ぶほっと紅茶を吐き出し…そうになるのを公爵令嬢の意地が押しとどめた。
「い!いきなりね!?」
レイの名が出た途端顔が真っ赤になるのが分かる。もう最近私の赤面スイッチは常にオンだわ。
「しかもよくわかったわ、ね」
「わかりますね。その反応はさすがに」
「…エルグラントにも同じこと言われたわ…」
顔をぱたぱたと手で仰ぐ。ふー、落ち着かない…
しばらく顔を仰いでいたけれど、ふとマリアの視線を感じて顔を上げた。
―――マリアが本当に優しく穏やかな笑みを浮かべて私を見つめていた。
「どう…したの?」
動きを止めて問うと。
「…嬉しいなぁ、って思って。小さな頃から見てきたお嬢様がまたひとつ素敵な感情を知って、成長なさっていることが。…あなたの成長は私の生きがいですから」
「そんな嬉しいこと言わないで。泣きそうになるわ」
もう、ここにも私を赤面させる天才がいたわ。最近全然平穏じゃない。
…嫌じゃないけど。
「で、いつからなんです?」
ちょっと今感動の流れじゃなかったの!?いきなり戻してきたわね!?
「…いつから、というと。想いを確かめ合ったのは昨日、なんだけど…」
じわじわと頬が染まってくるのがわかる。力いっぱい掻き抱くように抱きしめてくれたレイの腕を思い出して、更に頬が染まる。
「あのね、マリア…私おかしいの。今までそんなことなかったのに、レイの言葉一つ一つですぐに赤くなってしまうの」
「あー…まぁ、レイは、あれですからね…」
マリアが苦笑いしながら言ってくる。
「そうよね!?ちょっと、あれは普通じゃないわよね!?」
「まぁ、一応あれも元を正せば王子ですからね…やはり紳士教育は小さな頃から受けていたでしょうし、女性を喜ばせる言葉に抵抗なんかないでしょうね…あ。」
「そうなの!聞いてマリア!息をするように愛しい人とか言ってくるし、可愛いとか好きですとか髪も目も何もかも世界一大事とかさらっというし…!!嬉しいんだけど幸せなんだけどもう言われるたび大好き大好きってなっちゃうんだけど!!でも!!!困るの!もう心臓持たない!」
「………って言ってるけど?レイ」
…。
……。
…レイ、だ、と?
令嬢らしからぬ言葉がうっかり出ちゃった。
いやいまそんなのどうでもよくて。
――――背中を冷や汗が流れる。マリアは明らかに今私の背後を見て「レイ」って言った。恐る恐る後ろを振り向くと。
「財布を、忘れたので…」
呆然とするレイと、お腹を抱えて笑っているエルグラントがそこに。
ぎゃああああああああああああ!!!!????聞かれた???!!聞かれたわよね今絶対聞かれたわよね!?
「あ…すみません…俺、聞くつもりはなくて」
レイが困ったように笑うのを見て血の気が引く。
私なんて言った?ええと、なんて言ったっけ?レイの言葉で困るって…そんなこと言われたら誰だって傷つくわ!違う!嫌とかそう言うことじゃないの!!慌てて私は誤解を解く。
「ち、違うのレイ!!嫌とかじゃないの!」
「ん?わかってますよ?」
…ん?
「いや、そうじゃなくて…俺になにか言われるたびに大好き大好きになるとか…そんなの目の前であり得ないくらい可愛い言葉聞いて今どうしようもなく愛おしさが爆発してて抱きしめたいんですけど、さすがにお二人いるし、どうしたらいいか悩んでて」
「くっくっく。やっちゃえやっちゃえ」
エルグラントが後ろから茶々を入れる。
「やっちゃえやっちゃえじゃないでしょうエルグラント」
マリアがすかさずツッコミを入れてる。
またとんでもないレイの爆弾発言を受けて私の頬にじわじわと赤色が集まってくる。
「だから!!!そういうところよこのド天然!!!」
「可愛いこと言うから仕方ないでしょう?!」
「仕方ないってなによ!仕方ないって!仕方なくないわよ!自重してっていってるでしょ!」
「今更自重の仕方なんかわかりませんよ!俺これ通常運転ですよ!?愛しいのを愛しいっていって何が悪いんですか!?」
「悪いわよ!大悪よ!嬉しすぎて死ぬじゃない!」
「死なないでください!」
「死なないわよ!!!!比喩よ!なんでそこまともに受け取るのよ!!」
エルグラントがお腹を抱えて大笑いしている。マリアも、もう堪えきれずに笑っている。
私は真っ赤で、レイは心底不思議な顔をしていて。
あぁ、もうぐっちゃぐちゃ、ぐっちゃぐちゃだけど、
――――ものすごく幸せだわ。




