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11.シュリー市場

 シュリー市場は活気に満ちていた。所狭しと露店や商店が立ち並び、新鮮な魚介類、加工品、果物から包丁などの日用品まであらゆるものが揃っている。

「おいそこの綺麗なねーちゃん達!イカ焼きはどうだ??」

「安いよ安いよ!新鮮な魚が一籠三千ペルリだ!」

 活気あふれる掛け声や客引きの声に、サラ様は目に見えてウキウキしている。

 ウキウキしているのはいい、全然構わない。だが、これはどうしたことか…。と、俺は未だ彼女と繋がれたままの左手にこっそりと視線を落とす。



「お嬢様は目を離すとすぐに見えなくなるので、絶対に手を離さないでちょうだい」

 と、マリア殿は俺に念を押したと思ったら、

「すみませんお嬢様!私は今晩の晩酌用の酒と塩辛を調達してまいります!いいの見つかったら戻ってきますね!」

 そう言って、市場の人混みの中に駆けて行ったのだ。

 お陰で俺は今サラ様と二人で市場を回っているというとてつもなく訳の分からない状況に陥っている。兄妹設定が通用しない。いくらなんでも二十三歳の兄が十六歳の妹の手など繋がない。マリア殿がいれば兄妹で通るだろうが、これはどっからどう見てもただの恋人デート状態だ。



「マリア、酒豪なのよ〜」

 と、にっこりと笑うサラ様にそ、そうですかとしか言えない。マリア殿、どう見てもまだ二十代前半なのだが、その年代の女性が酒豪というのは珍しい。

「そういえば、さっきから随分若い子もお酒を飲んでいるのね」

 市場の中には酒を提供する店も点在する。軒先で立ち飲みしている者の中には面立ちの若い人間もいたので、不思議に思われたのだろう。

「ああ、そうか、ブリタニカは酒は十八からですが、イランニアは十六から合法なんですよ」

「えっ!」

「へっ?」

 突然と隣に並び立ち俺を見上げたサラ様の笑顔がキラキラしている。

「ていうことは、私もお酒を飲んでいいのかしら?!」

「…そういうことには、なると思いますけど」

「レイ、ちょっと飲みたいわ!」

 んぐ、と俺は唾を飲み込む。

「…構いませんが、マリア殿に怒られませんか?」

 主に俺が。というと、サラ様はうふふ、と笑った。

「その時は一緒に怒られましょう?」

 こてん、と俺を見上げながら傾げたサラ様の頭が二の腕に当たる。可愛い…と!そうではなくて!

「…わかりました。それなら、一番度数の低いエールにしましょう」

 そう言って俺は近場の酒場に入る。持ち帰りで一つエールを、というと栓を開けられた瓶をそのまま渡された。ジョッキをくれないか、と店主に言おうとすると、サラ様が俺の服の裾をちょいちょいと引き、そのままでいいわ、と言ってきた。

「大丈夫ですか?」

 仮にも公爵令嬢がラッパ飲みだなんて、良いのだろうか?と訝しがると、「郷に入っては郷に従えよ!」と満面の笑みが返ってくる。お金を払い店の外に出ると、目の前にちょうどベンチがあったのでそこに座るようにエスコートする。サラ様にエールを手渡すと、彼女は受け取ってから自分の隣をぽんぽんと叩いた。

「ありがとう、レイ。あなたも座って」

「いや、それはさすがに…」

 護衛を務める令嬢の横に座るなどできやしない。言外にそう告げて言うが、サラ様はぷくっと頬を膨らませる。

「座らないならこのエール一気飲みするわよ。私今日人生初めてのお酒なのよ。一気飲みして何かあったら責任取ってくれるの?」

 信じられない。完全に脅しだ。わかりました、とため息混じりに答え、彼女の隣に座る。

「うふふ、よかった。ありがとうレイ。いただきます」

 飲んでも?と瓶を少し持ち上げて伝えてくる彼女に手を差し出す仕草でどうぞ、と返す。もう一度小さくいただきます、と言ってからサラ様は両手で瓶を持って、口をつけた。

 んくっ、んくっ、とその白い喉が上下するのを見る。二口、三口飲んだところで「けほっ!!」という咳と共にサラ様が瓶から口を離し、そのまま咽せだした。

「大丈夫ですか!?」

 慌てて瓶を取り上げてサラ様の背中をさする。けほっ、けほっ、と、咽せる彼女は大丈夫よ、と咳の合間に言ってくれるが、それどころじゃない。やがて咳が収まると、サラ様の顔がほんのり赤くなっていた。軽い酸欠だ。

「…びっくりしました…」

 サラ様が落ち着いたことに安堵して思わず声が漏れる。

「大袈裟よレイ。…お酒ってこんなに喉にくるのね。これよりも強いのをマリアってば毎晩飲んでるのよ、信じられる?」

 うふふ、とサラ様がそう言って笑う。

「ごめんなさい、まだ私には少し大人の味だわ。レイはお酒飲める?もしよければ残り飲んでもらえない?」

「は、い?」

 間抜けな声が口から出た。いや、お酒は飲めるが、これは今しがたサラ様が口をつけたものだろう。

「いや、飲めますが、流石にサラ様が口をつけたものに私が口をつけるわけには…」

「なによ、私そんな口の中汚くないわよ」

「そういう意味ではありませんよ。お分かりでしょう?仮にもお仕えしている方の口に入れたものと同等のものを…んぐっ?!」

 皆まで言う前に口の中に瓶を押し込まれた。なにをしてんだこの令嬢はっ…!!!

「ほらほら、飲んで飲んで。瓶を口から抜こうものなら残りを私が一気飲みしちゃうからね」

 容赦なく溢れてくるエールを飲み込むしかない状況に追い込まれ、必死で喉を上下させる。ちら、と彼女に目をやると、ほんのり顔が赤くなっている。まさか…っ!!

「〜っ!〜〜〜っ!!!!」

 一瓶を飲み干すまで彼女はその手を緩めてはくれなかった。

 飲み終わった後も、はぁ、はぁ、と肩が上下して頭を落としてぐったりしてしまう。酒に関してはザルだが、呼吸をすることもままならない状況に死ぬかと思った。はぁ、と息を吐き出し、少しはサラ様に抗議してやろうと横を向くと、


…いない。

「!!!!????」

 嘘だろ!?今までここにいただろ?!血の気が引く感触に襲われて慌てて立ち上がる。と、背後の方で不穏な声が聞こえ、俺はガバリと振り返る。

「おねーちゃんめっちゃ可愛いねー。どこの貴族かと思ったよ。まぁ貴族がこんな市場にいるわけないけどな。何買うの?買ってあげようか?」

「ていうか、ちょっと赤くない?大丈夫?そこで一緒に休む?」

 歳で行けばサラ様より少し上くらいだろうか。三人くらいの若者に取り囲まれてるのが見えて、俺は自分の頭に血が昇るのがわかる。気がつけばベンチをひらりと飛び越え、大声を上げていた。



「サラ!!!!」



 流石にこんな人の目があるで堂々と様をつけるわけにはいかない。不敬だとは重々承知しながらもすぐさま隣にいき、彼女の腰を抱き寄せる。なんでこんなに無防備なんだ。目が離せないようなことをするんだ。どんどんと怒りにも似た気持ちが湧く。

「フラフラすんな!」

 言葉にだした途端に血の気が引く。しまった。感情のままに怒鳴ってしまった。なんという不敬を…即座に謝ろうとした途端、



「あ、レイ〜はーい、ごめんなさぁい」



 そう言って、サラ様はほんのりお酒で赤くなった腕を俺の左腕に絡ませてぎゅう、と締め付けてきた。それだけじゃなく、頬をすりすりと腕に擦り付けてくる。


「な…っ!」


 もう、勘弁してくれ…!!!!

 信頼のゼロ距離+お酒の破壊的パワーを俺はその後も嫌というほど思い知るのだった。


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