104.マリアと再会
「マリア!!!」
「お嬢様!」
翌朝パッショニアのブリタニカ大使館でマリアの姿を見つけた私はあまりの嬉しさに大きな声を出し、彼女に向かって飛びつくように抱きついた。
「会いたかったわマリア!」
「お嬢様、ご無事でなによりです。よかった…。本当によかった。…少し痩せられました?ん?髪の毛もきちんと櫛を通されていませんね?少し痛んでます!!あぁ!お爪の手入れもされてないし!お肌も荒れてます!こうしちゃいられません!宿に戻りましょう!」
「落ち着いてマリア」
笑ってしまう。久々に再会しても相変わらずの強火。
「支度を全部自分でしなければなかったんだもの。ちょっとくらい荒れてるのは許してちょうだい」
「エルグラントはガサツですから出来ないにしても、御髪を整えるくらいレイにさせればよろしかったのに」
…。
……。
「…?!お嬢様どうされました?!お顔が真っ赤です!」
あーうん、ごめんね。
レイって名前聞くだけで過剰反応しちゃってるの。
だってだってだって!!!
朝からレイってば、私の部屋に来て手を取って満面の笑みで「おはようございます。愛しい人」とか言ってくるんだもん!しかもエルグラントの目の前で!!
私は朝から全身を真っ赤にさせるしかなくて…
おかげでエルグラントには想いが通じ合ったことがバレるし。
ここにくる馬車の中でも、レイは終始ご機嫌で私の顔を見てはにこにこしてるし、いや、ほんと、レイにとっては通常通りなの。エルグラントにも、「レイはいつも通りだが、嬢があれだけ赤くなればなぁ、気付くわな」って言われたし。
「マリア…私マリアに相談したいことがあるの…」
マリアに向かって耳打ちする。
マリアは一瞬キョトンとして、真っ赤な私とレイを見比べた。それからエルグラントを見て、エルグラントがニヤニヤしながら頷いたのを受けて、色々察してくれたらしかった。
…さすが大人。
ふ、とマリアが優しく笑う。
「どんな相談でもお聞きします。それにパッショニアでのこともお聞きしたいですしね。これからどうなさいます?宿に戻りますか?それともどこか食事処にでも参りますか?」
マリアが言ってくれて、私は後ろの二人に振り返り、視線だけでどうする?と尋ねると、エルグラントが返してくれた。
「…少し周りには聞かれたら困る内容も入ってるからな。一旦宿に戻るか」
ーーーーーーー
と、いうわけで私たちは宿に戻り、四人でテーブルを囲んでソファに座っている。
「ヒューゴの奥様、やっぱり途中で産気ついたのね。よかったわマリア、あなたがいてくれて」
「ええ、あまりにも破水から出産までが早くて。産婆様が来た時にはもう生まれていましたので本当によかったと思います」
「ヒューゴはどんな感じでした?」
レイが嬉しそうに聞いている。友人の幸福を心から祝う顔。あぁ、いいなぁ。この人やっぱり性格がとてもいい。
「最初はオロオロしていたけれど、私と別れる頃にはしっかりとおむつも変えて抱っこも板についてすっかり父親の顔になっていたわ」
マリアが笑いながらいう。おおう、父親ヒューゴ。想像つかない。見てみたいわ。
「それで、お嬢様の方はどうだったんです?」
マリアの問いに、私はパッショニアでの出来事を最初から話した。
なかなかにメリーが香ばしかったこと。嫌がらせがずっと続いてたこと。側近の一人が味方についてくれたこと、城内でいい人たちに出会えたこと。違法薬物を出されたこと、メリーにもなんらかの処罰があること。もう一人の側近がレイに襲いかかり、エルグラントに取り押さえられ幽閉されたこと。
…私が、次期女王という立場を約束することと引き換えに、王権を行使したこと。
「やはり、そうでしたか」
マリアの反応は意外なものだった。次期女王ということをなんの相談もなく決めたことに、多少なりとも怒られると思っていたから。
「…怒らない、の?」
「…お嬢様の決定です。そして、あなたのことです。生半可な気持ちで次期女王という立場を受け入れたわけではありませんでしょう?」
マリアの言葉に頷く。
「それなら、私はお嬢様の決定を支持します。…でも、そうですね。エドワードからそういう書状が届いたということは、冤罪が証明されたということなんですよね?」
うん、マリアさらっと陛下を呼び捨てにしてるわ。…ほんとうちの侍女底知れない。
「ええ、おそらく」
「ということは…この旅は終わり、ということですね」
ちく、と胸が痛む。
レイを見ると、レイもまたほんの少し寂しそうな顔をしていた。いつか言っていたものね。冤罪が証明されなきゃいいのにって。このままずっと旅を続けたいって。
「裁判所が受理しているのなら正式な書状は近いうちに送られてくると思うわ」
「そうでしょうね。…お嬢様、お嬢様はどうしたいですか?」
不意にマリアから投げられた言葉に私は首を傾げる。
「どうしたいって…?」
「このまま旅を続けたいのか、すぐさまブリタニカに戻りたいか。どちらですか?」
…へ?
「ま、マリア?何を言っているの?」
理解ができなかった。冤罪が証明されたということは、エドワード陛下が一生懸命動いてくださったということ。パッショニアに送ってくださった書状に関しても、一国王が温情のもとに寛大に動いてくださった結果だ。
それをまるっと無視して、旅を続けることなどできない。
と、思ったんだけど。
「いいんですよ、まるっと無視して。…流石に長い間無視はできませんが。ひと月程度なら大丈夫でしょう。一筆送ればいい話です。エドワードなら大丈夫です。自分たちの都合で国外に追放しておいて、冤罪を証明してやったから早く帰ってこいだなんて、ムシのいい話を押し通すような人間ではありません」
マリアが私の顔を優しく覗き込んでくる。何もかもわかってくれてる顔に、なんだか泣きそうになってしまう。
「心残りが、あるんじゃないんですか?」
やっぱり、見透かされてた。
「…エルグラントと、約束した、東の国。花が綺麗な。春になったら行こうって…」
あ、だめ。ちょっと泣きそう。
「あのときはもう女王の任を拝命するって決めてたから、曖昧な、返事しかできなくて」
ーーーー東の国、素敵だわ。
ーーーー春になったら、皆を花の美しい国に連れて行ってね。
ーーーー春になったら、エルグラントが言っていた東の花の美しい国に行けたらいいわね。
「…行けるのなら、最後にそこだけでも…行きたいな、って」
「行きましょう。女王になったら今のような旅はできなくなります。どこに行くにも仰々しい護衛を連れて、行く先々であなたは誰よりも丁重にもてなされるでしょう。そのかわり屋台も、市場も、酒場に行くことももうできません。…お忍びでたまに行くくらいはできるかも知れませんが。最後くらい、お嬢様のしたいように致しましょう?」
ーーーぽろ、と涙が出た。
マリアの優しい言葉が沁みる。私のことを本当に考えてくれているのがわかる。
「エドワード陛下に、怒られない?」
「エドワードが怒ったら、私が彼を叱ってあげます」
あなた一体何者よ。不敬罪よ。そう言って笑う。
じんわりと涙が止まらない。とてもとても嬉しい。まさか最後の最後に、こんな望みが叶うだなんて思ってなかったから。
「レイも、エルグラントもいい?もう少し、最後の我儘に付き合ってもらっても」
涙をいっぱい目に浮かべながら問いかけると、二人とも優しい笑顔で勿論、と返してくれる。本当に優しい人たちだわ。
レイが立ち上がり、私の前に来て片膝を立てて腰を落とした。その手がスッと伸びてきて、指の腹が私の眦に溜まった涙を拭った。
「今の時期、東の国、フラワニアの花はとてもとても美しいです。たくさん目に焼き付けましょう?今みたいな旅はもう難しいかも知れません。でも、あなたが即位してからもできる限り俺がお忍びで色んなところに連れて行ってあげますから」
レイの言葉にとてもとても嬉しくなる。
「…ありがとう。楽しみにしているわ」
「泣いてても可愛いなぁ…」
ぽつっとレイが言い、私は反射でぼわっと全身が赤くなる。もう!もうもうもう!いきなりはやめて!!!
やっぱり、レイは変わらないって思ってたけど、緩くなってない?甘い言葉のストッパー壊れてるわよね!?
「あ、そうだわ。そっちも聞きたかったんだったわ」
マリアが嬉しそうに言う。
聞いて!是非聞いてお願い!!!!!お願いマリア!!!!そんな感情を目一杯込めて私は真っ赤な顔のままこくこくこくと頷いたのだった。




