103.無自覚ド天然男の恐ろしさ
「もう…無理…無理…」
私は夜中ベッドの中でのたうち回っていた。
「何…なんなのアレ…あれって通常なの?あれが普通なの?」
ああ、早くマリアに会いたい。聞いてほしい。これが普通なのか、やっぱりレイがド天然なだけなのか。
――――話は三時間ほど前に巻き戻る。
二人とも同じ想いだということが分かって、なんとなく気恥ずかしいような、それを上回るような幸福の中に身を委ねながら、二人でお酒を飲んでいた。
もちろん私は薄いお酒を少しずつ。レイは通常運転で甘くない果実酒を涼しい顔をして飲んでいた。
疲れているから、今日はお酒は控えたほうがいいのでは?と言われたけれど。嬉しかったんだもの。
「…明日には、マリア殿に会えますね」
レイが私の隣でにこにこと笑いながら言ってくれる。
「そうなの!朝一番でパッショニアのブリタニカ大使館で合流することになっているわ。私この三週間でいろいろな経験したの。自分で服を着るなんて初めての体験だったわ。一人の湯あみだって初めてよ。朝起きて顔を洗うお水がないことの不便さと、どれだけマリアがよくしてくれていたか本当に切々と感じたわ。マリアにも話したくて話したくて。パッショニアの宮殿はたしかに最悪だったけど、とってもいい人た…って、レイ、どうしたの?」
レイがにこにこととても優しい笑みで私を見つめている。
「しゃべるお口があまりにも可愛くて。どれだけ見ても見飽きませんね。サラ様は」
思わず固まってしまう。
「レイ…自重…」
ぷしゅううう、と自分から湯気が立っているような感覚に襲われる。
「…自重と言われても、俺、前からわりかしこんな感じではないですか?」
レイが心底不思議そうに言ってくる。
「いや、そうよね…そうだわ。あなた前からそんな感じよね」
そうなんだけど!そうなんだけど!!!
想いが通じ合った後に聞くと、なんていうか、破壊力が全然違う。愛情をその都度確認してしまうというか。いや、いいことなんだけど。
「…レイを好きだと自覚してしまってから、あなたのその衒いのない愛情の言葉を聞くと、毎回毎回嬉しくて嬉しくて心臓がぎゅうってなるの」
胸のあたりをぎゅうっと掴んでレイを上目で見る。私今きっとものすごく情けない顔している。
「…~~~~っ!!!!」
レイが急に真っ赤になった。ん??
「ど、どうしたの??レイ」
「今のは、反則です。…あぁもう、なんでそんなに可愛いんですか。サラ様こそ自重してください!」
ええええええええ!!!!???
「い、今のどこに可愛い要素があったの??」
「もうほんと無自覚勘弁してください。仕草ひとつひとつ全部が愛らしいんだっていうことを自覚してください」
「ほら!!!また!!!そういう嬉しいことをさらっていう!!!」
「どこがですか!!」
もう収拾がつかない。でも、話しているうちになんだかおかしくなってきて、私もレイもそのうち照れた顔から笑顔へと表情が変わってくる。
そうして、二人同時に堪えきれなくなって噴出してしまった。
「ぶっ!」
「ふふっ」
なんて幸せな時間なんだろう。三週間、メリーの宮殿で最悪な環境下にいたから、余計にこの時間が幸せに幸せに感じる。
「俺、今人生で一番幸福かもしれません」
「私も」
ふふふ、と笑い合う。
そう、私は気が緩んでいた。完全に緩んでいた。
だから、何も考えずに軽口をたたいてしまった。
「ほんと、あなたがメリーになびかなくてよかった。すごく嫌だったの、メリーがあなたの腕を組んでることとか、メリーの見立てた服を着ていたこととか」
そんなことはあるわけないとわかっていたんだけど、とくすくす笑うが、レイの方の温度がひゅうっと下がったのを気配で感じた。
…ん?
なんだか不穏な空気がレイから流れてくる。レイを見ると、これ以上にない冷え切った眼をしていた。
「レイ?」
「…本当に忌々しい。俺があんなのになびくとでも本気で思ってらっしゃるんですか?」
ひえええ、美形が怒ると怖い。私は慌てて弁解する。
「ほ、本気で思うわけないじゃない!冗談よ」
「だいたいカイザー国王も国王だ。なんなんですかね。旧知の仲だからこれくらいは許してくれる?そのせいでサラ様がどれだけの迷惑をこうむったか…ああ、思い出したらまた腹立ってきました」
あれ、火の粉があちこち飛び始めたぞ。
「お、落ち着いて、レイ」
ひゅおおおおとレイの背後に吹雪く雪山が見える。
「なによりも、サラ様。俺はあなたにも腹が立つんですが」
「へっ!?」
えええ、今度はいきなり怒りの矛先がこっちに!?
「俺の愛情、そんなもんだと思ってらっしゃるんですか?」
「え…と、申しますと…?」
な、なんだろうこの圧。今までで一番どぎつい圧なんだけど…敬語が出ちゃったじゃない。
「俺が、どれだけあなたを好きだと思っているんですか」
「そ、それは今初めて知ったことで…メリーのところにいた時は、私を好きだとか知らなかったから」
「関係ありませんよ」
いや関係あるよね!?メリーのところにいた時は、私のことを好きだとか知らないからそのままメリーになびいたらどうしようとか考えても不自然じゃないよね!?
そう言いたいのに、あまりの圧に声が出ない。なんだか、これ以上何を言っても怒らせそう…
「いいですか。これだけは覚えていてください」
レイは手を伸ばして、私の髪の毛を一房手に取った。え、なに近い。
「この髪も」
そう言ってレイは私の髪の毛にちゅ、と口づけを落とした。
―――――ぎゃあああああああ!!!???な、なにやってんの!!!???
「その目も」
レイの手から髪の毛がはらりと落とされ、そのまま指が伸びてきて私の目尻に触れた。ぞく、とするような優しい触り方。
「その肌も、鼻も」
するり、と指がそのまま降りてきて、私の頬と鼻を撫でる。
ちょちょちょちょちょっと!!!な、なに!?なにこのでろでろな甘い声と仕草は。
心臓がバクバクとうるさい。イケメン至近距離怖い。なんなのなんなのレイ、どうしたの!!だだだいじょうぶ!?白いお砂糖飲んじゃった!?ってそうじゃなくて!!
「この愛らしい口も」
そうして指が口に触れた途端、もう駄目だった。私は全身が真っ赤になるのを感じる。
「そしてなによりあなた自身を」
レイの両手が伸びてくる。そのたくましい体に私は再び抱き込められた。
「俺は世界で一番大切で、世界で一番愛おしいと思っているんです。他の女性なんか目に入らない。俺の愛情を疑わないで下さい。あなたの口から冗談でも、他の女になびくだなんて言葉聞きたくない」
――――わかった!!わかりました負けました!!!私が悪かったです!!
おもいきりこくこくと勢い良く頷くと、レイは「約束ですからね」と言って、鼻先を私の髪に埋めてきた。そのまますり、と甘えられるような仕草に私は自我の崩壊を感じる。
な、なんなのこのでろでろ甘々なレイは…恋人にはこんな風になるの!?
いやまって。違う、違うわよね。レイはどちらかっていうといつでもこんな感じで。こんな風に距離感壊れやすくて、甘い言葉を照れもせずに言うタイプで、だから、これは私の問題よね…
意識しすぎ、そう、意識しすぎ。今までだってこうだったじゃない。
そうよ、意識しす…
「サラ様、俺の愛しい人」
無――――理―――――――――――!!!!!!
たのっっっっしい…!!




