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102.好き

 エルグラントがエールを買いに出て行って、部屋の中には私とレイだけになる。

「サラ様、隣に座ってもいいですか?」

「ええ、私も丁度同じこと言おうと思っていたわ」

 真向かいにいたレイがテーブルを迂回して私の隣に座った。

 ふわ、と石鹸の良い匂いがして、こんな風に穏やかな気持ちで彼の香りをかぐのはいつぶりだろう、なんてことを考える。


「…本当に、お疲れさまでした」

 隣で私を見て優しく優しく囁いてくれる。

「レイこそ。…お疲れ様。私と違って終始メリーの相手だったから疲れたでしょう?」

「そうですね。…まさかメリーが違法薬物に手を出していたとは。あの異常性もやっと納得がいきました」

「確信はないわ。すべて憶測の話よ」

「あなたの憶測が外れたことが一度でもありますか?」

 ふふ、マリアみたいなこと言うのね。


「…メリーの話も、パッショニアでの話も今はやめませんか?」

 不意にレイが真剣な表情で言う。

「やっと気兼ねなくあなたと過ごせるんだから、もっと楽しい会話がしたい」

「そうね、…ああ、そうだ。レイ、私あなたに伝えなきゃいけないことがあるんだわ」

「なんですか?」

 私はレイの手を取った。大きくてごわごわした手。大好きな大好きな手。


 今まで、たくさんたくさんヒントはあったのに何で気付かなかったのかしら。自分には縁遠いものだと思っていたのかもしれないわ。

 次期女王だとはっきりと明言されたエドワード陛下からの書状の言葉を耳にしたとき、今までぼんやりと考えていたことが現実になるんだと理解したの。

 私が女王になる。そのためには、王族との婚姻。そう、いずれ、第二王子カールか第三王子ヘイリーとの婚姻が必要になるんだと。そのとき、はっきりと自分の気持ちがわかってしまったの。 



 ―――ほかの誰でもない、レイと結婚したい、と。



 もちろん次期女王だから、婚姻が自分の意志で選べるものではないことはわかっている。私の結婚相手は国益となる人物ではならないことも分かっている。きちんとその時が来たら、エドワード陛下の決定に従うから。だから許してほしいの。

 それに、レイには心をあげたい令嬢がいる。わかっている。わかっているけれど、十七年生きてきて、初めて抱いたこの感情。大事にしてあげたいの。だから許してほしいの。



 …はっきりわかった気持ちをきちんと伝えて、昇華させることくらい許してほしい。

 自分の恋心をはっきり認識した途端、失恋だなんて。笑っちゃうけど。


 

「―――私、あなたが好き。レイ」


 そう言って、その手をゆっくり持ち上げて私は口づけを落とした。触れるだけの、軽い口づけを。

 

 口づけを落とした後にゆっくりとレイの方に顔を持ち上げるとレイはぽかんとした顔で私を見つめていた。その口が震えながら言葉を紡ぐ。


「そ、れ…は、エルグラントさんとか、マリア殿と同様の…」

 レイの言葉に私は首を横に振る。


「異性として、一人の男性として、あなたが好き、レイ」

 しっかりと目を見て伝える。

「…私はいずれカールかヘイリーと婚姻しなければならないし、あなたには心を捧げたい令嬢がいる。どのみち叶わない恋ではあるとわかっているんだけれど、どうしても伝えたいと思ってしまったの。…最後の我儘よ。レイも忘れてくれて構わないの、私がただ伝え…」


 言葉はそこで途切れてしまった。

 レイが激しくその胸に私を掻き抱いたからだ。


「れ、レイ…??」

「…俺のせいです。俺が不甲斐ないから」

「レイ、意味が分からないわ。なぜ不甲斐ないとい…」



「―――あなたが好きです。俺も、あなたを心から慕っています」


 ?????


 理解が追い付かなかった。レイは今なんと言ったの?ちょっと待って?

「れ、レイ、今あなた…なんて」

「何度でも言えます。何度だって。あなたが好きです。心からお慕いしています」

 だめ、ちょっと意味が分からない。だって、レイは…

「あなた、嘘、だって、心をあげたい令嬢が…っ」


「あなたのことです」


 間髪入れずレイのまっすぐな声が耳に届く。


「嘘、だって、待って」

「待ちません。…絶対俺から言おうと思ってたのに。俺今すっげー悔しいんですから待ちません。待てません」

「ちょっと言葉おかしいわよ?」

「いいです。もう何でもいいです。…あなたが好きだ。サラ様」


 更にレイの腕が力を込めて私を抱きしめてくれる。

「カールとヘイリーに渡すもんか。あんな鼻たれ小僧に。俺だってあなたとの婚姻は可能だ」

「ちょちょちょちょちょちょっと待って!!」

「だから待ちませんて。あなたの隣に立つには実力不足だなんだと言い訳していた自分を殴りつけてやりたい。女性のあなたに言わせるだなんて、こんな不甲斐ないことありますか?あぁ駄目だ。悔しい」

「いや悔しいとかじゃなくて…ごめんなさいレイ、あの…私から言ったけれどちょっと待って、…え?この展開は予想外すぎて私が今付いていけてないんだけれど…」

「付いてこなくていいです。流れに身を任せてください」

「あなたさっきからちょいちょい言葉おかしいわよ!?」


 不意にレイが黙ってしまった。

 ど、どうしたのかしら。考えたいけれど、私も正直頭の中がパニックになっていて訳が分からない。


「本当に、本当に、…あなたの心は俺に向いているんですか?」


 どきり、とした。今まで聞いたことがないような色香を漂わせたレイの声に。でも、わかる。これは冗談でごまかしちゃいけない。


「…本当よ。気付くのが遅れたけれど…きっとずっとずっと好きだったわ。おそらくあなたと初めて会った時から心は奪われていたんだわ」

 おそらくマリア辺りは気付いていたかもしれない。私が最初っからレイには心を開いていたことを。


「…俺も、最初から少しずつあなたに惹かれていっていました。気が付いたら、信じられないくらい俺の中であなたの存在が大きくなっていました…何度でも言います。俺は、あなたが好きです」

 

 ドクン、ドクンと聞こえるレイの心臓の音がひどく心地いい。このあったかい腕の中が大好き。

「…信じられないわ。私、あなたから心を返していただけるだなんて微塵も思っていなかったの。ただ、伝えて終わりにできたら…いい思い出になるかな…なんて」

「思い出なんかで終わらせてたまるもんか」

 レイの確固とした物言いが私をたちまち幸せにさせる。

「嬉しいわ。心から幸せ。…カールとヘイリーにも渡さないだなんて、本気?」

 くすくすと笑いながら言ってしまう。

 いいじゃない、今だけでも恋人気分味わったって。ブリタニカに戻ったらこんな幸せな時間を思い出して頑張れる。カールとヘイリーのことも、大丈夫。どちらが伴侶となったとしても今日のことを原動力にしてきちんと愛することができるわ。


「―――冗談だと思っていますか?」


 え…?

 温度の下がったレイの言葉に私は思わず彼を見上げてしまう。


 そこには、今までに見たこともないほどの強い光を瞳に灯したレイがいた。

「レ…イ?」


「何度も言っています。あなたが望むなら王族として生きることもやぶさかではないと」

「ちょちょ、ちょっとまって!!?」

 私は慌ててしまう。それは、えっと、つまり…え…っと、ちょっと待って。駄目。なんかうまく考えられない。

 そんな私の思考回路を読み取ったかのようにレイが言葉を続ける。

「王弟、レイモンド・デイヴィス・イグレシアスとして公の場に立ちます。血の濃さでいけば、カールとヘイリーより俺の方が強い。あなたの伴侶として不足はありません」

「ま、って…ダメ、そんなのダメよ!」

「なぜです」


 なぜって…だって。レイは、

「だって…あなた、交渉団として生きることに誇りを持って…」

「ええ。そうです」

「もう今更王族として生きるのはなんだかな…って言ってたじゃない」

「あなたと一緒にいられるのなら使えるものは使います」

「そんな簡単に!?王族って権利をそんな動機で使う!?」

「いいじゃないですか別に」

「でも、私と婚姻って…王族として生きていかなきゃいけないってことは、そうなると、もう交渉団には属さないわけで…ん…?」


 一人で言葉を紡いで、途中で自分の意識の間違いに気付く。


「…王婿なら…可能、だわね?」

「可能ですね」

 ふはっ、とレイがその時噴き出した。あぁ、だめ。その笑顔に弱いの。胸がきゅうってなる。

 そう、王婿に求められるのは王政をやりくりする手腕ではない。国内に存在する様々な機関の管理職を勤めつつ、女王を支えていくのが主な業務だ。もちろんその機関には交渉団も入っている。団長としてあり続けられるか、それとも総管理という立場になるかは今は置いといて。

「最初っから…無理だと思っていたから。あなたとの未来は考えていなかったから…」

 私の言葉に、レイはひどいなぁ、と優しい顔をして私を抱きしめる腕の力を緩めた。


 その手がそっと伸びてくる。私のほほに触れて、やさしく撫でる。

「愛おしいなぁ…」

 レイの声に私の顔がぼっと赤くなる。忘れてた。レイはこういう時全く照れないで平気で嬉しい言葉を言う人だったわ。

 自覚すれば、自分がどれほど嬉しい言葉を今までレイから掛けられてきたかに気付く。

 そして自覚しちゃったから、これから先、レイの言葉で自分は平静を保っていられる自信がまったくない。


「これからのことは、ゆっくり考えましょう。今はただ愛おしいあなたと心が同じだったという幸福に浸らせてほしいです」

 ほら!もう来た!平気で愛おしいとか!!もうもうもうもう!

「は…い」

 わかる。もうわかってる。私は顔が真っ赤だ。レイはというと幸せそうにほんの少し頬が染まってるだけで、ああ、なんだか振り回される予感しかない。悔しい。

「サラ様、ほら、あなたの世界一かわいい顔を俺に見せて?」

 もう、もう!だから!ちょっといきなり全開放じゃない!?

「ちょ、ちょっと言葉自重して…私の心臓が…」

「嫌です。ていうか無理です。甘い言葉息を吐くように出ちゃいます。好きです」

「言葉!だから言葉おかしいってば!!!」


 

 あああ…もうこの無自覚ド天然男!!!!

やっとだ…長かった…

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