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101.レイ、怒る

 ーーー危ない!

 

 そう思うと同時に、すんでのところでレイが身をかわし、エリクソンの刃を避けた。迷わずレイの顔面を狙ってきたことが恐ろしかった。

「お前さえ来なければ!お前さえ来なければ!!メリー様は私を見ていたのに!」

 エリクソンが口の端から涎を垂らしながら叫んで、再びレイに襲いかかった。


「危ない!!!」


 今度は声が出る。最初の一撃目を交わしたレイの体勢がまだ整っていない。

 レイは不戦の契りで戦うことができない。またヴォルト酒場でのように素手でナイフを掴むのではと想像した途端、足が動くのを止められなかった。

 思わずレイの元に走り寄り、彼の身体の前で両手を広げる。瞬間、眼前にエリクソンのナイフが見えた。



 ーーーーあ、これ、まずったかも知れない。


 振り下ろされたナイフが妙にゆっくりと自分に向かってくるのが見える。あぁ、もしかしたらこのまま死んじゃうのかな。うわやだな。



 あまりの恐ろしさにぎゅっと目を瞑る。



 ……



 ……。



 …あれ、痛くない???

 ん?もしかしてもう痛みを感じることなく一撃で死んじゃったとか??

 あれ?でも、目が開くわ…

 そんなことを考えながらゆっくり、ゆっくり目を開けると。


「何を考えてるんだ!!!!嬢!!!その大事な身体に何かあったらどうするんだ!!!!」


 隠し持っていた護身用のナイフでエリクソンのナイフを受けながら、私に背を向けたまま怒る、

 ーーーーエルグラントが、そこにいた。


「エルグラント!」

 私が歓喜の声をあげると、あとは早かった。あっという間にエルグラントは素早い身のこなしでエリクソンのナイフを飛ばし、彼を捻り上げ、鎮静化させた。

 …お、お見事です。

 いつもがははと笑う能天気な暑苦しいエルグラントの姿しか見たことなかったから、このギャップはすごい。相当の実力者だということが一瞬でわかる。


 と、同時に。私はいつの間にかレイの後ろに回されていた。ん?おかしいわね。確かにレイの前にいたはずなのに。

 そっと顔をあげると、エルグラントとエリクソンから私を庇うように背中に回し、強い視線で見下ろしてくるレイがいた。



 …こっっっっわ。

 めっちゃ…怒ってはる…




 んん???この怒り方はさっき見たような…あれ?カイザー国王に向けていたはずじゃなかった??んーー?なんで私をそんな目で見てるのかなぁ〜…


「…あとで、話しましょう」

「…はい…」

 あまりにも怒気を孕んだ声に思わず小さくなってしまう。

 

 ワタシイチオウジキジョオウナンダケドナー…



ーーーーーーー

 エリクソンはすぐに離れの塔にある牢へと送還されることになった。メリーもまるで魂が抜けたように茫然自失としていた。彼女がこれからどうなるかはわからないけれど、あの異様な性質が薬によるものだったのだとしたら、適切な治療を受けて本来の彼女に戻ってくれればと思う(本来の彼女を知らないけど)。


 国王から目一杯の謝罪を受け、どうかもう少し滞在してほしいと言われたけれど、丁寧にお断りした。

 なんだか色々ありすぎて、いい思い出が全くないこのパッショニア王宮にこれ以上居たくなかったからだ。

 ハリスはとてもいい笑顔で見送ってくれた。また会えるかしら?と尋ねたら、もちろんです、と答えてくれたのが嬉しい。

 マリとフローラ、スティーブン他、この二週間で仲良くなった使用人たちも見送ってくれた。また遊びにくるわね!と言ったら笑顔でまた会おうと言ってくれた。




 夕刻ごろ、私たちは王宮を出て、王都内にある一番警備のしっかりした宿へと腰を落ち着けた。

 夕食も済ませ、マリアを恋しく思いながら一人で湯浴みもして。

 さあ、ゆっくりと寝ましょう!


 …と、なるはずもなかった。


「…お話があります」

 併設された警護室からレイがエルグラントと共に怖い顔をしてやってきたのは、全ての支度を終えてソファでゆっくり寛いでいたときだった。


「…ええ。座って」

 マリアがいてくれたらな。紅茶を出してくれるのに。ちょっと緊張するから、飲み物が欲しかったのに。

 レイがまず口を開いた。

「正直に言います。俺、今めちゃくちゃあなたに怒ってます」

 どき、とする。なんだか血の気が引きそうな感覚に襲われた。

「…ええ、と。それはやはり謁見の間で、あなたの盾になろうとしちゃったこと、よね…」

「それ以外に何があるんですか。怒ってる理由はお分かりのようですね?」

 圧、圧が怖い。レイのこういう尋問めちゃくちゃ怖い。その美しい顔を目の前にして、蒼い瞳に見つめられると、後ろに蜘蛛の巣を張られたような気分になる。逃げたいのに、逃げようとすればするほど逃げられない、みたいな。


「…はい、ごめんなさい」

 私はしょぼんとなる。だって仕方ないんだもの。身体が動いちゃったんだもの。この人を失いたくないって、怪我して欲しくないって、思っちゃったんだもの。

 どんな言い訳を並べたって怒られる。だって。

「命を投げ出す行為は、女王としてあるまじき行為…です」

「そうです」

 間髪入れずレイが畳み掛ける。うう…怖い。

「自分の命を守るためなら、周りの人間の命を捨ておけと言われる世界の人なんですあなたは。もちろんそんなことができる方だとは思っていません。…でもあなたは誰よりも貴重な命を持っているんです。その御身に何かがあったら世界が動くのだと思ってください。それだけ、ご自分の命を大事にしてください」

 レイがその眼光を厳しく光らせて私へ叱責する。私は亀のように小さく小さくなっていく。


 ぐうの音も出ない。ど正論だわ…

「ここまでは建前です」


 レイの放った言葉に私は俯いていた顔をガバリと上げた。

 目の前にはどこか寂しそうな、それでももう怒ってはいないレイが優しい瞳で私を見ていた。

「これからは本音です」

 そう言ってレイは言葉を続けた。

「…あなたが死んだら俺も死にます。あなたが傷ついたら耐えられない。お願いだから、俺のために傷をつけるようなこと、…絶対にやめてください。あなたが傷つくの、俺が、嫌なんです」

「…レイあなた…泣きそうな顔、してるわ」

 レイがひどく傷ついた顔をしている。

「…ごめんなさい。無茶をしないと、あなたの不戦の契りを無駄にしないと旅の最初で言ったのに…約束、破っちゃったわね」

 私の言葉にレイがふるふると首を横に振る。


「…俺も一発怒ろうと思ったんだが、レイがぜんぶ言ってくれたな。サラ嬢。命大事に、だ。嬢の身に何かあったら、俺もマリアも、もちろんレイもひどく傷つく。…自惚れるわけじゃないが、嬢は俺たちが傷つくのは嫌だろう?」

 エルグラントも言葉を投げかけてくる。

「当たり前よ…!」

「だったら、だ。嬢はその身に傷ひとつついちゃいかん。…わかるな?」

 私はこくこくと頷く。

「エルグラントも、本当にごめんなさい。…あと、あの…二人とも…女王になるってこと、黙っててごめんなさい…」


 私はまた亀のように小さくなってしまう。こんな大事なこと、話してなかったなんて。信用してないと思われたらどうしよう。


「…それに関しては、マリア殿と合流した時に詳しく聞かせてもらってもいいですか?俺たちだけ先に聞くっていうのも。…長年一緒にいたのはマリア殿ですから」

「あぁ、俺も同感だ。大丈夫だ、サラ嬢。どんな決定でも俺たちは嬢を支持するから心配するな」

 レイが言ってくれて、エルグラントも言ってくれて私はこくん、と頷いた。



「…っと、さてと。俺は久しぶりにエールでも買ってきていいか??なんせこの三週間まともに寝ちゃいねえんだ。…レイ、今夜はほぼお前に警護は任せていいか?」

 エルグラントが言って、レイがもちろんです。と答えている。

「酒買ったら俺はもう警護室に戻って酒飲んで寝るからな。ここでおやすみだ、サラ嬢。…お前は、気が済むまでサラ嬢のそばにいてやれ。あ、変なことはすんなよ。聞こえるからな」

 エルグラントがにかっと笑い、レイがひどく慌てる。

「何言ってんですか!!」


 がはは、とエルグラントが笑い、最初にレイを、そして次に私の頭をくしゃくしゃと撫でてくれた。大きな大きな手。ふふ、とても安心するわ。


「…がんばった。よくがんばった。二人とも」



 …あ、だめそれ泣きそう。

 ちょっとうるっとしかけてレイを見ると、レイもまたほんの少し泣きそうな顔をしていた。


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