表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
105/196

100.断罪

 どう責任を取るかという私の言葉を受けたカイザー国王の表情を見て、私は確信した。この場でこれを言うかどうかは悩む。でも、いつまでも彼女だって『お父さまに溺愛されている娘』でいるわけにはいかないのだ。


「…国王は、別にメリー王女を溺愛してらっしゃるわけではないのですね」


 私の言葉に国王の顔が驚愕へと変わる。また、メリーの表情も。

「…な、にを言ってんのよあんた!お父様は私を心から愛してくだ…」

「愛情はあるのでしょう。親子ですから。でも、あなたの度重なる我儘や横暴を許していらっしゃったのは溺愛からではないわ」


 私はきっぱりと言う。


「『諦めていた』からよ」

「…なっ…!!!無礼よ!無礼者!憲兵!いますぐこの女を」

「黙らないかメリー!!!!!」

 カイザー国王の大声が謁見の間に響き渡った。おおう、さすが一国の主。本気を出すと威厳と尊厳はやはりそこら辺の人間とは比べ物にならないわ。

 

「…メリー。今ここにいるのはブリタニカ国の最高権力者だと思え。いや、最高権力者だ。普通ならいくら王女のおまえと言えど首が飛んでいるところだ。発言を慎むように」

 王がギン、と眼光を鋭く光らせてメリーに告げる。さすがのメリーも口を噤んだようだ。

 それから私と今一度視線を合わせた。


「その通りだ。メリーに関しては何度も注意や矯正を行ってきた。でもダメだった。十五を過ぎたあたりから言うことやることすべてが突飛なものになってきて…手が負えなくなり、私は彼女に宮殿を充てがって側近を付けて放置をしていた。あなたとレイモンド団長の情報開示の許可を出したのも、言い訳にしかならないが…彼女の我儘を聞かないと、メリーの宮殿にいる大勢の使用人にとばっちりが行く。日々送られてくるメリーの態度に対する上申書に私も辟易していたのが正直なところで…。レイモンド団長とは旧知の仲だし、友好関係を築いていた。…すべてこれくらいは許されるだろうという私の浅はかな考えだった。…申し訳ない」


 カイザー国王が立ち上がり、私に向かって一礼、そうしてレイに向かってもう一礼し、その場にいた人間の間にどよめきが起こった。

 当たり前だ。国家最高権力者が頭を下げるということなどめったにない。

「…ふざけるな…」

 不意にはっきりと声が聞こえ、私はその主を振り返った。


 ――――レイが怒っている。

 青筋を立てて、静かに静かに、だけどこれ以上ないほどの怒気を纏っている。

「…レイ」

 私は窘める。今のあなたは当事者であっても交渉団団長という立場。この場での優先発言権はない。

 私の呼び掛けに気付いたレイが、ゆっくりと私と視線を合わせる。

 初めて見るような、怒り。本当に怒りに満ちた時、レイの美しい蒼い目はこうなってしまうのね、とぼんやりと考えてしまう。ただただ無限の静寂が広がるような瞳に、鳥肌が立ちそうになる。


「…レイ、ここは私が預かります。己が立場を弁えなさい」


 大丈夫よ、もう終わるから。あとでいっぱいいっぱいお話ししましょう?

 言外にそう告げる。ここで彼が不利になることは避けなければならない。正当な怒りだ。この場でどれだけ罵声を浴びせても、思うがまま発言してもおそらく今のカイザー国王なら咎めることはしないだろう。

 でも…彼は交渉団団長。これから何度もこの国を訪れる上で今日のこの態度が咎められない保証はどこにもない。おおごとになる前に収拾しなければ。


 ―――大丈夫、大丈夫よ、レイ。私の目を見て。

 いつかレイがしてくれたように、私は彼の目をじっと見つめた。その怒りを吸収するように。

 少しずつだけれど、レイの蒼い目が本来の美しさを取り戻してくる。…よかった。


「…失礼いたしました」

 まだ怒りを含んでいるけれど、いつもの落ち着いた優しい声だ。レイの謝罪を受け、私ももう一度国王に向き直った。

「私の護衛が失礼いたしました。国王陛下からの謝罪、しかと受け取りました。ですがまだ肝心な質問に答えていただいておりません。王女の責任はどうされるおつもりでしょう?」

「それに関しては…一度預かってもよろしいか?ずっと放置していた私に責任がある。聞いた以上のことも行っているかもしれない。きちんと内内に調べてから、処置を下すと約束する。その内容を記した書状を送ることも約束する」


 私は国王の目を見る。よかった。嘘はついていないみたい。

「…承知いたしました。もう二度と私やレイモンドに接触せぬよう配慮した処置を下されますように。あともう一つ、メリーの側近エリクソンに関してですが」

 私は言葉を続けた。


 そう、もし国王が噂通りメリーを溺愛していて彼女に処罰を下さないとか言い出した時のために、一つだけ隠し玉を見つけていたのだ。いざとなればこれを理由に糾弾することも考えていた。

 エリクソンがハリスのようにいい人だったらこの話はしなかったかもしれない。でも、野放しにしちゃいけないと私の本能が言うから。そしてきっとその本能は間違ってないから。


 私からエリクソン、という名が出て来たことに国王が不思議そうな顔を見せていた。


「リック・チェイサーという名に覚えが御座いますか?」

 私の言葉に国王がはっとした顔を見せた。わなわなとその口が震えている。ようやく気付いたみたいね。

「…どうしてあなたがその者の名を」

「リック・チェイサー。十九年前、我がブリタニカにパッショニアから間者として入り、当時五歳だった王弟デイヴィス・イグレシアスをかどわかそうとした罪で、我が国において処刑された人間の名です」


 国王が途轍もなく驚いた顔をしている。当たり前よね。不戦の誓いを締結した直後のこの愚行。友好関係を一瞬で崩しかねないこの問題。内密にすべてが行われて、すべてが処理された。まぁ、それでもスプリニアの禁書庫内でも見つけられたから、年数も経っているし、そこまで重要秘匿されているわけではないのでしょうけど。


「エリクソン・ヴァン・チェイサー。チェイサーといファミリーネームは伏せて働いていたようですが。リック・チェイサーの実子で間違いないですね?…我が国に多大な影響を及ぼした犯罪者の家族をいまだに王宮に留めている正当な理由が御座いましたらお聞かせ願えますか?」


 これはスプリニアの禁書庫で得た情報。さすが犯罪者をあげつらう(?)文献。犯罪者のご家族の名前から肖像画までご丁寧に調べ上げられていた。本来は不必要な情報だ。

 どうでもいいけど小さい頃から糸目は変わってなかったわ。


 やがて国王が重々しく口を開いた。

「…リック・チェイサーは前王であり、私の実兄でもあったモズ・ダグラン・パッションの犠牲者なのだ」

 モズ・ダグラン・パッション。パッショニアの歴史上最大の愚王とまで呼ばれた王の名だ。増税に増税を重ね、国を傾かせた。ヒューゴと禁書庫で頁の当てっこした時にも出てきたわね。

 レイをかどわかそうと間者を送り込んだ罪で、その年に退位を余儀なくされ、離れの塔に幽閉となり、数年後流行り病で亡くなった。


「我が兄はどうしようもない愚王だった。…断れば幼きエリクソンの命はないとリックを脅し、ブリタニカに間者として送り込ませたんだ…そうして、命を落とした。…急に親を失い、行く当てもない子をそのまま見捨てることは出来なかった」


 国王がため息と共に手で顔を覆った。泣くふりでもするのかと思ったが、ただ単に眉間のシワをぎゅうっと押しているだけだった。

 

 …善王なのだと思う。

 ただ、ちょっと面倒事があると見過ごす癖があるだけの。

 …善王なの、か?

 

 でもどんな背景があれど、見過ごすことはできない。


「エリクソンは私にそれと分かっていながら違法薬物を飲ませようとしました。それに、側近という立場に関わらず国賓である私に対する余りにも失礼な物言い。…このまま彼を使い続けることを看過することはできません。彼に関しても何かしらの処罰を。それができぬ場合、ブリタニカから何かしらの制裁があると心得てください」

 私の言葉に、国王はぐっと何かを飲み込んだ。

「…わかった。そうすることを約束する」


 よし。これで憂う事項は全てクリアしたわ。私はほっと息を吐いた。思ったよりもカイザー王が話が通じる人物でよかった。

 ハリスに関しても、後ほどブリタニカから書状を送らせればいい。彼ならパッショニアに残ってもブリタニカに参ってもきっとうまくやれるだろう。選ぶのは彼だ。

 


 ーーーーー終わったわ。



 ほっとした。

 だから私は気付くのが遅れた。


 ほっとした私を見て、同じようにほぅっと息を吐いたレイ。

 ーーーに向かって、懐に忍ばせたナイフを持ち走ってくる、


 エリクソンに。



 


 


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ