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97.認めろ、アース

 二年弱、この国の王である私はサラの冤罪を証明するために奔走していた。

 サラがベアトリス嬢に行ったと噂されていた嫌がらせの数々が、可能なのかどうかを議事録と照らし合わせての検証。

 そしてイグレック学園に当時在籍していたすべての生徒と教師、衛兵門兵すべてへの聞き取り調査、これが一番骨が折れる作業だった。なにしろ通常の公務を行いながらの調査だ。配下の者たちには感謝をしつくしてもしきれない。

 中には卒業で他国に渡っていた生徒や、すでに退職した教師もいた。サラとアースが在籍していた期間に少しでもイグレック学園にいた者すべてへの聞き取り調査はとにかく時間を要した。

 

 王族の言葉をひっくり返すのだ。そこまでしないと、正は誤にならず、誤は正にならない。

 

 予想はしていたが、よくもまあ我が愚息はこれだけ供述証拠「しか」ない状態でサラをあれだけ大々的に糾弾したものだと頭を抱えた。物的証拠。状況証拠。まるで何一つない。あったのはただの「噂話」のみ。

 ここまででおおよそ一年半の歳月を要した。

 そうして最後に必要だったものは。


 ベアトリス嬢と、アースへの真偽の聞き取り調査。


 ここでまさかの事実を知ることとなった。ベアトリス嬢は確かにアースに恋心を抱いてはいたが、婚姻など大それたものを望んでいたわけではなかったのだ。なんてことだ。そこで私はさらに頭を抱えることになった。

 ベアトリス嬢は、身分不相応とわかっていながらも、言い寄ってくるこの国の第一王子を無碍にもできず、かといって、どれだけサラが自分に悪いことをしていないと触れ回っても、逆効果になっていたと涙ながらに訴えてきたのだ。

 ―――サラ様は何もしていない、自分と話したことも関わったこともない。彼女は本当に素晴らしい令嬢なんです。全部誤解なんです。

 そうやって周りに告げることは諸刃の剣だ。彼女に悪気はない。だが少しでもサラや、公爵家の立場を疎んじるものだったらこう思っただろう。


『自分に嫌がらせしているサラ公爵令嬢を寛大にもかばうベアトリス嬢』


 それが噂をさらに加速させるものだとも気付かずに。

 言い方は悪いが、彼女もアースもあまり賢くはなかったのだ。


 そして、最大の難関は我が息子、アースだった。

 誰に似たのかこの頑固者は絶対に自分の非を認めようとしなかった。似たのは…シャロンか。ここは申し訳ないが妻に責任を擦り付けよう。

 王族の言葉を覆すのに必要なのは、すべての『証拠』と、本人の非を認めるいわゆる『自供』。この二つが必要だった。だが、アースは変なプライドからそれを認めようとしなかった。

 それを認めさせるために何度も何度も親子で話し合いを重ねた。だが、アースは頑として折れなかった。



 その最後の難関を残してのタイミングでのサラ嬢からのこの手紙。

 彼女の願いを最善の方法で叶えるためには、アースの非を認める『自供』がどうしても必要なのだ。


 私とて人の親。実の息子が可愛くないわけではない。ただ、非は非として認めなければいけない。例え、このことが親子でどれほどの痛みを伴うとしても。

 これはこれほどの愚息を作り出してしまった私への戒めでもあるのだ。



「アースよ」

 私の言葉にびくりとアースの肩が震える。

「はい、陛下」

「まずはエルグラント前団長へ挨拶を」

「…なっ、陛下?」

 アースを目にして跪いていたエルグラントが驚いている。無理もない。エルグラントが挨拶の許可を賜ってから、アースに挨拶をするのが自然な流れだ。王族は基本挨拶などしない。

「お前が国外追放にしたサラを、途中からだがずっと警護してくれている。お前は敬意を払う必要がある」

 有無を言わせぬ調子で言うと、アースは困惑しながらもエルグラントへ挨拶をする。

「…ブリタニカ王国第一王子、アース・イグレシアスが挨拶申し上げる。エルグラント・ホーネット殿。我が元婚約者、サラ・ヘンリクセンの警護に従事してくれているとのこと、感謝する」

「もったいないお言葉にございます。不肖ながらこのエルグラント・ホーネット。誠心誠意務めさせていただいております」


「さて時間がない。…アースよ。お前に話がある。単刀直入に言おう。サラが今、隣国パッショニアに囚われている」

 私の言葉にアースの目がみるみるうちに開かれる。

「なんと仰ったのですか…」

「二度説明が必要なほど難しいことを言ったか?サラと、護衛のレイモンド団長がパッショニアに囚われている」

「相手国は!相手国は何を代わりに要求してきているのですか?!」

「何もだ。それどころか今サラとレイモンド団長がパッショニアを出ると言えば、出られる状況にある」

「…は?」

 アースの顔が理解できない、というふうに困惑に満ちる。

「出られるは出られる。だが、これからの道中のサラの命の危険と引き換えだ」 

「ち、父上。申し訳ありません。私にはさっぱり…なんのことか理解が」


 だろうな、と思いながら私はアースにことのあらましを説明する。各国の外交官の奥方の解放のためにサラとレイが身代わりになったこと。城を出るのは自由だが、レイに執着している王女がサラを異常なほど敵対視しているため、一歩城を出た途端国賓扱いでは無くなったサラは、容易に命を狙われるだろうということ。


 絶句するアースに私は畳み掛けた。

「こうなってしまった、全ての元凶がわかるか?」


 アースの目が揺れ動く。そこまではバカでなかったか。私はほう、と息を吐く。




「ーーーー全ての元凶は、お前だ。アース」




 アースの目がこれ以上ないほど開かれ、顔面が真っ青になる。それはそうだろう。おそらく国外追放も簡単な気持ちで命じたのだろう。サラがいなくなればベアトリスとの婚姻が容易になるなどと考えたのだろう。浅はかな、浅はかな我が息子。


 それが、一人のなんの罪もない令嬢の命を危険に晒す結果となったなどと。


「責任を取れ。私はお前が自発的に自分の非を認めることを期待していた。サラが無実だという証拠は幾度となく突きつけた。だが、もう悠長なことは言っていられない。私が本気で怒り、ベアトリス嬢との一切の関わりを禁じてお前の全ての権利を剥奪する前に、非を認めろ。これは国王命令だ」


 父親として力不足だった。王としての権利を使わなければ息子一人動かすことができないなど。…情けない。

 私の決死の覚悟がアースに伝わったのだろう。

「わか…り、ました」


 私は目を瞑る。終わった。これで、サラの冤罪を晴らすことができる。

「宰相を呼べ!!!!」

 大声で扉の向こうに控えているであろう側近に告げる。

 まもなく宰相であるサングリットが到着し、私は彼に命じた。

「アースが認めた。サラの冤罪証明と王族の発言撤回の手続きを滞りなく進めろ。裁判所に提出し、三日もあれば受理されるだろう。私はエルグラントに渡す王命を記した公的書状を作成する。急ぎ用意せよ」

「はっ!」

 サングリットが全て心得たように返事をする。


 一言も発さないエルグラントを私は見た。

「サラは…今回お前に託した書状について、何か言っていたか?」

「いいえ、…なにも」

「そうか…あの子はまた一人で…。私はなんと不甲斐ない国王だろうか…いや、なんでもない。半刻もあれば書状を作成し終える。それまでゆるりと休まれよ。アースは下がれ。…今一度、自分がどれほど愚かだったか、サラがどれほど慈悲深い心でお前に接していたかを思い出せ」


 二人が短い返事をするのを私は聞きながら思う。

 

 サラは慈悲深い…実際に自己犠牲など厭わないと言わんばかりの懐の深さだ。

 だが私も、紛れもなくその自己犠牲にあやかっている一人なのだ、と。


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