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95.エリクソンと手紙

「それはどういう意味でしょうか?」

 涼しい顔をして尋ねると、エリクソンはその下あごの髭を摩りながら言った。

「言葉通りの意味ですよ。別に含みなど持たせておりません。ここの王宮は凄まじい広さですからね。迷子になられないようにお気を付け下さいと、ただ申しただけです」

「まぁ、ご忠告痛み入りますわ。ですがうさぎにも帰巣本能はございますの。かどわかされでもしない限りは大丈夫ですから」

「この王宮内でかどわかしがあるなどご冗談を。ブリタニカの国賓であるあなた方に何かあっては国際問題ですから」


 後ろでマリとフローラがはらはらと言葉の応酬を見守っているのがひしひしと伝わってきてごめんね、と思う。

 エリクソンは嘘はついていない。実際、かどわかしなどする気はない。言葉の応酬を楽しんでいるだけだ。不穏な影を生じさせて、私を動揺させようとしているだけだろう。つまりただの嫌がらせに来ているだけ、というわけ。


「王女の側近というのも大変な仕事のようですね。城内をちょこまかしているだけのうさぎのお話相手までしなければならないなど。お仕事に対するその真摯な姿勢、心から尊敬いたしますわ」

 どうせメリーから命じられて嫌がらせ兼偵察にきたんだろ、暇人め、と言外に告げて嫌味たっぷりに言ってやると、エリクソンの片眉が持ち上がった。

「これはこれは嬉しいお言葉をどうも。私は王女の側近という立場に心から誇りを持っていますので。我が主メリー様が命じれば城内をうろつくうさぎを見つけることすら、道端のごみを拾うことすら名誉と致しましょう」

 

 私に話しかけることと、ごみを拾うことを同列に持ってきたわ。

 

「そこまで忠誠心を持ってくださる相手がいるというのは、メリー様も心強いでしょう、羨ましい限りです。わが護衛レイモンドもそのくらい忠誠心があればよかったのですが。今はメリー様にべったりで…」

 ふう、と溜め息交じりに言うと、エリクソンの目に陰りが入った。…おや?これは、予想外の反応だわ。しかも、エリクソンは吐き捨てるように呟いた。

「…忌々しい…」

 んんっ!?ちょっと待って?あなたメリーに命じられてレイを探し出すのに尽力したんじゃなかった?で、実際にレイがメリーの元に来たらその反応って何??

 心からそう聞きたいのをぐっと堪える。

「…あまり、分をわきまえぬ行動は慎むようにレイモンドに伝える機会があったら伝えておきましょうか?」

「それには及びません、これは我が主メリー様が望まれていることですので。ああ、失礼。せっかく収穫した果物を召し上がっている最中でしたね。それでは、私はこれで失礼いたします」


 そう言ってエリクソンはその場から去っていった。

「な…なんだったのかしら?」

 意気揚々と私に嫌がらせをしに来たかと思ったら、レイの話が出た途端急にその攻撃性は鳴りを潜めて、違う何かへと矛先が向いたような感覚が…。

 うーん、側近心(?)は難しい。


―――――

『レイへ


 今日はほんの少し春の日差しが顔を出していたわね。春になったら、エルグラントが言っていた東の花の美しい国に行けたらいいわね。どんなところなのかしら。私、あなたから花冠をいただくのを夢見ているの。それをいただいたら丁寧に保存してずっとずっと大事にするの。一生の宝ものにするわ。

 

 今日は庭師のスティーブンから誘われて、果物をたくさん食べたのよ。とてもとてもおいしかった。本当に彼は最高の庭師だわ。

 でも途中でエリクソンが会いに来たの。おそらくメリーに言われて偵察と私に嫌がらせの言葉一つでも投げかけるように言われたのでしょうね。ただ、その時少し気になったのだけれど、レイの話が出た途端、すこし顔色が変わったの。大丈夫?あなた何か面倒なことに巻き込まれていたりしない?


 ねえ、レイ。私も今あなたの瞳の色と同じネックレスを見ながらこの手紙を書いているわ。とてもとてもあなたに会いたい。あなたにこの間みたいに抱きしめて欲しい。

 私、言ったことなかったわね。あなたのふはって笑う顔が大好きなの。それから、そのごわごわした手も大好きなの。着痩せして見えるけれど実はとても筋肉質なあなたに抱きしめられると嬉しくて嬉しくてこのまま死んでもいいと思える時だってあるの。好きよ、あなたのことが大好き。ああ、勿論マリアやエルグラントのことも大好き。


 早く皆に会いたいわ。


                           ―――サラ・ヘンリクセン』


―――――


 手紙を受け取った俺は、ベッドに突っ伏した。

 なんだこの可愛いが過ぎる手紙は。サラ様は俺を殺す気か。瞳と同じ色のネックレスを見ながら書いてくれてるとかどんだけ俺のこと喜ばせたら気が済むんだあの人は。

「いやまあ俺も同じことしたんだけど…」

 はーっともう一度手紙を見る。綺麗な綺麗な文字。クーリニアの商業文字なんてあんまり見慣れない俺でもわかる。教科書通りの書き方の文字。これは彼女の絶対記憶能力がなせる業なんだろう。

 

 何度も何度も同じところを読み返してしまう。特に。

「…あなたに抱きしめて欲しい」

 ぶわっと頬が赤面する。なんだよこれ嬉しすぎるだろ。しかもそのあとの俺の好きなところ羅列してくれるとか。

 知らなかった。俺の気取らない笑い方が好きだなんて。王族らしくないと俺の事情を知る人間から言われた訓練によってごわごわした手を好きでいてくれるだなんて。ひたすら強くなるために鍛えたこの身体を好きでいてくれるだなんて。

「…本当に俺のこと見てくれているんだな」

 肩書じゃない、本当の俺の努力や俺自身を見てくれる女性。

「大好き…ってのは嬉しいけど。まだ、サラ様の中ではエルグラントさんとマリア殿と同列の『好き』だもんなぁ…」

 そこの部分はあまり見ないことにする。


 サラ様を抱きしめたのはいつぶりだっただろう…最後に抱きしめたのは、俺がサラ様への想いを自覚した時だったか。サラ様から抱きつかれたことは幾度となくあるけれど。エルグラントさんの家から遠乗りデートに出かけた時が最後だったか。

 あの時とは比較にならないほど女性らしくなった触れ心地を思い出して、俺はまた赤面してしまう。

「~~~!卑怯だろ!」

 胸のふくらみも、腰の細さも、想像以上だった。サラ様は細い。細いのにしっかりと男性にはない柔らかさを持っていて…ああ、ダメだこれ以上考えたらやばい。一旦落ち着こう。

 

「あークッソ…抱きしめてぇーーーー…」

 この場にヒューゴがいたら即座に「言葉遣い!」と叱責が飛んでくるな。ヒューゴも無事に家に着いていたらいいな。

 

 そのとき突然にトン、トン、トンと扉をノックする音が聞こえ、俺の肩がびくりと跳ね上がった。

 この扉の叩き方はハリスじゃない。間違いなく…


「レイモンド様ぁ?起きてらっしゃらないの?」


 …メリーだ。彼女は毎晩こうやって俺の元を訪ねてくる。


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