第32話
緊急の銅鑼の音を聞いて、南の丘に避難が完了すると、周りにいるのは商人や鍛冶師など非戦闘員だけとなった。
しばらく丘の上で陣地を観察していると、多くの兵士や傭兵が陣地から草原に出て、陣形を組むのが遠目に見えた。それと相対して帝国軍も草原に陣形を組む様子が見て取れた。
両軍が睨み合いをしていると、ふいに帝国軍が前進を始めた。それにつられるように共和国軍も前進を開始、両軍が激突する戦闘になった。
両軍の戦力は拮抗しており、激しい戦いが予想される。戦闘が開始された当初は帝国軍が押していたが、共和国軍も負けじと押し返しているのがよく分かる。
戦闘が開始されて、早一時間、双方ともに戦力が拮抗しているから、戦線は膠着状態に移りつつあった。しかし、帝国軍は何かを狙っているのか、兵士の行動が何処と無くぎこちない。それでも戦線を維持できているあたり、兵士の実力は帝国にあるのかもしれない。それに対して、共和国軍は傭兵と兵士の意思疎通がぎこちないので、戦線維持も無理をしているのが見て取れる。
しかし、戦線が動いたのは、戦闘が開始されて二時間が経った頃だった。
その時、不意に帝国軍が全面後退をし始めた。共和国軍はこれを好機と捉えたのか、猛攻撃を開始する。逃げ遅れた帝国軍に攻撃を仕掛けていると、帝国軍の陣地から銃らしきものを持った兵士が出てきて、反撃してきた共和国軍に向かって発砲した。その威力は、俺が紹介した銃より威力は低いだろうが、驚いた共和国軍はその銃の餌食になっていった。
そのせいで、浮き足だった共和国軍に帝国は反撃を始めた。こうなると戦線は混乱の渦に巻き込まれ、共和国軍は手痛い被害をこうむりながら撤退を余儀なくされた。共和国軍が陣地まで引き返すと、帝国もこれ以上の攻撃は無意味と考えたのか、自軍の陣地まで引き返していった。これで、戦闘は終了したのであろう。丘に避難していたほかの商人や鍛冶師たちは陣地へと向かっていった。
俺としても、陣地に戻ったほうがいいだろうと考えてはいるのだが、気になるのは帝国軍が持ち出した銃らしき武器の出所だ。もしこれで俺が銃を帝国に売っているのでと、疑惑をもたれてたら、勾留されかねない。そう考えると陣地に戻るのに、気が引けてしまう。
しかし、今気にしても仕方が無いので、おとなしく陣地に戻ることにした。
陣地に戻ってくると、いたるところで負傷者の治療がおこなわれており、辺り一帯に血の匂いがたちこめていた。むせ返るような匂いに、気分が悪くなるが、それでも自分の天幕に急いで戻ることにした。
自分の天幕までようやく戻ってくると、旅団の安否を確認しようと、ミルコフ達を探し始めた。
そうすると、身体に包帯を巻いたり、添え木をしていたりと、治療している姿が目に映った。その姿に安堵していると、ミルコフが急いで近づいてきた。
「ヴァッフェさん、無事で何よりだったよ。しかし、あんたとんでも無いことになったぞ。」
「ミルコフさん、無事でなによりです。しかし、とんでもない事とは、一体どういう事ですか?」
「あんたが紹介した銃、あれと同じような物を帝国が持っていたことで、あんたには帝国との密偵ではないかと、疑惑が浮上している。」
「やはり、そうなりますよね。しかし、戦闘が終わってからまだ時間も経っていないのに、何処からそんな話が出てきたのですか?」
「それは、軍の上層部からだ。しかも上層部はすでにあんたの拘束を検討しているとも話を聞いた。悪いことは言わんから、今のうちに身を隠したほうがいいかも知れんぞ。」
「分かりました。しかし、今回私の身の潔白を証明しないと、追っ手をかけられる可能性もあるので、おとなしく話をしようと思います。」
「すんなり話を聞いてくれればいいが、もし駄目そうなら、逃げることも考えとけよ。」
そうしてミルコフは、治療のために自分の天幕に戻っていった。
戦闘が終わってから、ある程度は予想していたが、改めて話しを聞かされると、やるせない気持ちでいっぱいであった。