第1話
ここは何処だ?そんな疑問からあたりを見渡すとそこは漆黒の石材に包まれた祭壇のような場所で、あたりを包む明かりは天井から差す光のみ。改めて自分がなぜここにいるのか必死になって思い出そうとするも、どうしてここに来たのかおろか、自分の名前さえ思い出せないことにあせり始める。
「何なんだここは…」その問いに答えは返ってこないと思われた、しかし返答は静かに背後から聞こえた。
「ここは混沌の祭壇。お前は私に見初められて、ここに召喚した。」
その答えに静かに振り返ると、背丈は180cmほどで、腰まである黒髪と錫杖を手に持ってこちらを見ている1人の女性がいた。
「混沌の祭壇?召喚の理由は?」
「お前が世界に混沌を蒔く存在であるからだ。」
要領を得ない説明に、さらに混乱していると、女性は小さな椅子と召喚し、それに座りながらこちらを見据えている。床に座りながら、次の質問の内容を考え始めると、さらにもう1つ椅子を召喚し座るように促してきた。それに座ると、自分の中の疑問を1つずつ聞いてみた。
「質問だが、俺は何をするために召喚された。自分の名前すら分からない状態で何がしたい。」
「その疑問についてだが、貴様は先の世界において輪廻転生の輪から外れた魂だ。だからこそ、次の世界に転移しても何も問題は無い。」
「それが名前や記憶が無いことの説明かっ?!」
怒りがこみ上げてくる。意味の分からない回答に何の意味がこめられているのか理解に苦しむ。
そうして怒りの形相で相手を睨んでいると、不意に笑みをこぼし始めた。
「そう怒るな。貴様には新しい世界で新しい名前と『スキル』を手に入れることが約束されているのだ。」
「それの何処に怒りを忘れる要素がある。新しい世界?ふざけているのかっ」
「ならば、1つ恩賞をつけるのはどうだ?」
「恩賞?貴様の夫にでもなれるというのか?ばかばかしい。」
そこまで言うと、女性は溢れんばかりの笑みを浮かべ、満足そうにうなずいていた。
「それは面白そうな提案だな。我の夫か、それはそれで楽しそうであるな。どうする、その恩賞にするか?神の夫になると言う恩賞に。」
「神の夫?それは本当のことなのか?」
「ああ。ただし転移した異世界で我の願いを受け入れればの話だがな。」
神を名乗る女から提案された異世界での願いが何なのか分からないが、面白そうな提案であることは確かだ。記憶も名前も分からない今、この提案を受け入れるしかない。
「転移するのには、同意する。しかし、それ以外の恩賞もあるんだろうな。」
「我を前に更なる恩賞を求めるか。しかし、貴様が早々に死んでしまっては計画が台無しになってしまうからな。その願いを受け入れてやろう。」
何処までも上から目線で話す相手だっ!はらわたが煮えくり返す思いだが、これで転移してすぐに死ぬ思いはしなくてすみそうだ。
「それなら、まず服装や金銭を要求する。それに武器だ。それが無ければ生き残ることは難しい。後、その異世界はどのような世界なのか説明がほしい。」
「ふむ。それならば『スキル・武器商人』とともにある程度は渡してやろう。それと転移する異世界は魔物が跳梁跋扈している。そして人間同士で戦争も頻発している。そこで貴様に求めらるのは、戦争をさらに激化させることが使命だ。」
提案は受け入れられたが、自分の使命に唖然とする。それは、自分に死の商人として、武器を売り回れと言っているようなものだ。しかも、神を自称する女性は淡々と告げる顔は本気そのものだ。
「他には質問が無いか?」
「貴方の夫になることは決定事項なのか?」
「何だ、我の夫になれることに不満があるのか?」
確かに見た目は自分の好みとする姿をしている。しかし、本当に神であるのかが疑問を残すところだ。
「もし、本当に神であり、俺を夫にする気があるのなら、なぜ世界に混乱を蒔こうとする。その真意は何だ。」
「それは、ただの楽しみだからだ。」
「楽しみ!?享楽のためだけに世界を混沌に落とすつもりか!」
「それが我の存在意義だ。それ以外に理由など存在するはずも無かろう。」
己の享楽のためだけに混乱をもたらそうとするその存在に恐怖しながらも、自分も興味を抱く。そして、この神の夫になってやろうと野心も抱くことになる。
「分かった。貴女の夫になるつもりで、世界に混乱を蒔いてやろう。」
「それでは、存分に混沌を撒き散らせてくれ。」
その返答と同時に足元に黒い渦が出現して、落下していく感覚とともに意識が薄れていった。
こうして、異世界の転移が始まった。