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いつもの散歩と、残した言葉

作者: ラストラ

 とある田舎の村に年老いた夫婦が住んでおりました。おじいさんは無口で無愛想で、いっつも眉間にシワをよせていました。いっぽうおばあさんはとても優しくて、村の皆から愛されておりました。そんなおじいさんとおばあさんは、毎朝の散歩が趣味でした。まだ夜が明ける前の薄暗い時間から村をゆっくりと一周するのです。そうして朝御飯の時間になるころ、家に戻ります。若くして結婚してから、ずうっと続けているだいじな趣味でした。


 村は本当にのどかな田舎でしたが、いい温泉があったので旅行客はたびたび訪れていました。朝日を見ながらの露天風呂がなんとも素晴らしく、その目的で来たお客さんとたまに道で挨拶を交わすのがおばあさんの楽しみでもありました。相変わらずおじいさんは口を結んでいるだけでしたが。


 そんなある日のこと、おばあさんが病院に運ばれました。重い病気を患っており、入院してすぐに息を引き取ったのです。おばあさんは死に際に、


「散歩は必ず続けてくださいね、絶対に、絶対にですよ」


 とおじいさんに言いました。おじいさんは、ただただゆっくりとうなづくばかりでした。


 その次の日も、その次の日も、おじいさんは欠かさず朝の散歩を続けました。おばあさんに挨拶をしていた村人や常連の旅行客も、誰もおじいさんには挨拶をしませんでした。おじいさんは一人でゆっくりと、夜が明ける前から朝御飯の時間まで村を歩くのです。そんな日がしばらく続いていたある夜のこと、村の真ん中にある集会場に集まった若者の一人が言いました。


「なんの嫌がらせか分からないが、おじいさんが散歩をしているときに俺の家の前にゴミを捨てていきやがった」


 彼の家の前はおじいさんの散歩コースでした。そして見覚えのないゴミが道に落ちているようになったのだそうです。小さなゴミとはいえ毎日のようにやられては腹も立つというものです。


 無愛想なおじいさんを良く思っていなかった村人たちは、おじいさんを問い詰めようと考えました。しかし、あの頑固なおじいさんのことです。自分が悪かった、なんてすんなり答えるはずがありません。謝るはずがありません。


「そうだ、おじいさんがゴミを捨てている決定的な瞬間に注意をしよう。それならば、いいわけもできないだろう」


 そうして、皆で散歩中のおじいさんの後をつけることにしたのです。




 この日もおじいさんはいつものように朝早くに家を出ると、これまたいつものように散歩に出かけました。その後を数人の村人が息を殺して追っていきます。おじいさんは毎朝歩いているわりに体力がないのか、それとも歳には勝てないのか、ときおりじっと立ち止まり、たまにしゃがみこんで休憩をとっているようでした。しかし、ゴミを捨てている様子はありません。


 そうしてしばらく歩いていると、件の家の前に差し掛かりました。村人たちも見逃すまいと目を凝らします。そこでもおじいさんはじっと立ち止まると、ゆっくりとしゃがみました。そして地面に落ちていたお菓子の空き袋を拾うと、それをゆっくりとポケットにしまったのです。よく見るとポケットの中には他にもいろいろなお菓子やビニールの袋が詰まっているようでした。


 そうです。おじいさんはゴミを捨てているのではありません。若い頃から欠かさず、朝早くからごみ拾いをしていたのです。お婆さんが生きていた頃は二人で朝早くから、そしてお婆さんが亡くなってからも、ずっと一人で続けていました。


 しかし、常に眉間にシワを寄せるほど視力の弱いおじいさんでは、小さなゴミは見落とす事も多くなり、またポケットに入りきらないものがときおり溢れてしまうこともありました。これを、村人たちはおじいさんがゴミを捨てていると勘違いしていたのでした。




 このゴミ拾いは、二人が結婚してすぐにおじいさんから提案したものでした。それを散歩と呼び始めたのもまた、おじいさんです。


「好きでやってるんだ。ごみ拾いしてます、だなんて恩着せがましいじゃないか。俺たちには『散歩』くらいがちょうどいいんだよ」


 それは村の温泉が話題になって、旅行客が増えてきたときとちょうど同じ頃でした。人が増えて少しずつ汚れていく村を、この毎朝の散歩は少しずつ綺麗にしていきました。


 そんなおじいさんの姿をみて、ひとり、またひとりとおじいさんを手伝う村人が増えていきました。そうして散歩の輪は村中に広がっていったのです。お婆さんが亡くなってから凍えていたおじいさんの心はきっと、少しずつ温められたに違いありません。




 それから二度めの冬、息を引き取るおじいさんを村人皆が見送りました。無愛想で頑固なおじいさんには似合わない、安らかな笑顔での最後だったそうです。


『散歩は必ず続けてくださいね』


 そう言ったおばあさんは、信じていたのです。おじいさんの散歩姿を見た村人たちがきっと心打たれるだろうということを。わかっていたのです。半世紀以上も共に続けていたのだから。


 この言葉こそ、一人で残るおじいさんを心配した、おばあさんから送る最後の『おくりもの』でした。

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― 新着の感想 ―
[一言] おばあさんの想いにグッとくるものがあります。 小さな善行が多くの人の心を打ったんですね。
[一言] 観光地とはいえ村社会ですから、愛想のないおじいさんはさぞ暮らしにくかったことでしょう。おじいさんの良さをちゃんと知っていたおばあさんは、おじいさんの誤解を解いて、ひとりでも寂しくないように暮…
[一言] お爺さぁああん! 表向きは偏屈だけど、実は優しいお爺さんってよくいるキャラですけど、こうやって物語風に仕立てられると良い味を出してくれますね。 誰にも気付かれていない小さな親切。 知らな…
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