転生前の過ち
――あのときもそうだった。
魔法が実在し、魔物が我が物顔で闊歩する世界に転生したカンナ。転生する前は、発展した科学が超常現象を否定する平和な島国に生きていた。
幼い頃から、勉強・スポーツ万能で容姿端麗。常に周囲から期待され、頼られる存在だったカンナ。向けられる羨望の眼差しにプレッシャーなど感じておらず、他者の期待に応えることが当然だった。
なぜなら自分は特別だから。
与えられた才覚をみんなの幸せのために用いることを、持って生まれた責務だと捉えて微塵も疑わなかったからだ。
事実、カンナは率先して様々な問題に取り組んだ。
いじめに遭っている子がいれば助けに行き、悩んでいる子がいれば解決策を一緒に考える。不正をする者は相手が教師であろうと真っ向から糾弾してみせた。
不誠実や誤りを排除し、善良な弱い人たちを助けることは、カンナにしかできないこと。カンナがやらないといけないことだと堅く信じていたのだ。
それはまさに『勇者』のような生き方だった。
「あのころから自分が『勇者』のつもりだったなあ」
まさに『勇者』気取り。
カンナは自分に対して毒づく。
「鬱陶しいだけだよね」
カンナは自らの行動を『正義の行い』だと考えていたが、他者から見ればただの『独善的な行い』だったのだろう。
次第に周りからは冷めた目で見られ始めるようになった。
それはそうだ。些細な過ちも厳しく非難し、他者の個人的な悩みにも無神経に首を突っ込むカンナの行動は、『勇者』とはほど遠い。
面倒くさい女。この一言に尽きる。
そんな周囲の冷ややかな反応を受け、理想と現実のギャップに焦ったカンナは、大きな『過ち』をおかす。
ストーカー被害に遭っているクラスメートの女の子がいた。
警察にもまともに相手にしてもらえなかった彼女は、ストーカーの恐怖で日に日にやつれていった。
カンナは考えた。
ストーカーを捕まえて彼女を恐怖から助け出すことができれば、みんなが自分を見直すに違いない。これは『勇者』である自分がやらなくてはいけない。
そう決意したカンナは早速苦しむ女の子にある提案をする。
「ストーカーを路地裏に誘い込んで。誘い込まれたストーカーをわたしが後ろから襲って捕まえてみせるから」
我ながらなんて浅はかな作戦かと思う。
当然その子はカンナの申し出になかなか了承してくれなかったが、
「大丈夫! わたしが絶対に守ってみせる」
力強いカンナの一言に、とうとう首を縦に振ってくれた。警察にも見放され、ストーカーの恐怖と独りで戦っていた彼女の心は、カンナの無謀な作戦にでさえすがりたいほど疲弊していたのかもしれない。
「ほんと。さいっていな作戦だよね」
そのストーカー撃退作戦の結末はシンプルなものだった。
クラスメートの女の子は、ストーカーに暴行されて深い傷を負った。
カンナは彼女を救うことができなかったのだ。
いや、そもそもカンナが余計な作戦を考えなければ、彼女が傷つくことはなかったかもしれない。
結果的にストーカーはその暴行がきっかけで逮捕されることになった。彼女もカンナを責めることはなかった。
それでもカンナは自分を許すことが出来なかった。
自分のせいだ。自分が余計なことをして彼女を傷つけたのだ。
その過ちはカンナの心に深い影となって重くのしかかり……この世界へ転生することとなった。
転生した直後、転管てんかんで『勇者』適性があると判断されたときはすごく嬉しかった。
自分には人を救うことができる。その資格があるのだと。
「でも、転生する前と何も変わらない」
目の前で苦しむファビオラが、あのクラスメートの子と重なって映る。
「やっぱりわたしに人を救うなんて……」
無理なんだ。
自分は『勇者』ではない。なれるわけがない。
喪失感がカンナを襲う。
――もう終わりにしよう。