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きちんと装備を整えてから冒険に出ましょうね

「その子を離しなさい!」

 カンナの叫びが、辺りにこだまする。


 時間が止まってしまったかのようだ。

 それまでの喧騒が止み、この場にいる全員が黙って声の主を見ている。

 当事者の犬耳の少女も、殴られて地面に突っ伏していた顔を上げて呆然と見つめている。

 当然だろう。

 大勢の大人たちが、ゴブリンたちの横暴になすすべもなくただ黙って見守っているしかなかった。そこに一人の少女が突如として現れてゴブリンの前に立ちはだかったのだから、驚くのも無理はない。

 

 そして、それはゴブリンたちとて例外ではない。

 言葉が通じているかは定かではないが、突然目の前に躍り出てきたカンナを見て微動だにしない。

 カンナの行動を注視しているようだ。


「まさに『勇者』気取りだな」


 ゴブリンからは警戒を、野次馬からは好奇と不安の視線を一身に受け、堂々と仁王立ちするカンナ。

 その自信と正義感が漲る姿を見て、当然の疑問が浮かぶ。

「あいつ、この後どうする気だ? ……武器も持ってないのに」

 転生してきたばかりの自称『勇者』であるカンナは、剣はおろかナイフの一つも所持していない。

 もっと言うなら、鎧などの防具の類も装備しておらず、現在着用しているのは新米女性転生者に転管(てんかん)から貸し出されるシャツとショートパンツだ。

 到底ゴブリンと戦うのに向いているとは言えないが……。


 そんなマサヒロの心配をよそに、カンナはゴブリンに対して不敵に笑ってみせると、右手を高々と上に突き出した。

 ゴブリンたちも、カンナの動きに呼応するように慌ててこん棒を構えて防御の態勢をとりだす。


「きなさいっ!!!!」

 空に向けて右の手のひらを広げたカンナが自信満々に唱える。

 全員の視線がカンナの右手に集中する。


 ――――――。


 何も起きない。

 

「……いでよっ!」


 あ、さっきよりも声が小さくなった。


 ――――――。


 やはり何も起きない。


 その後、カンナは上へ掲げる手を左手に代えてみたり、妙なポーズを取ってみたりしていたが、何も起きることはなかった。

 その間も、周囲の人々や犬耳の少女はもちろん、敵であるゴブリンでさえもカンナの行動を固唾を飲んで見守ってくれていた。


 ……その期待に反して、謎の行動をしばらく取り続けたカンナは、

「……あれ?」

 と、可愛らしく小首を傾げてマサヒロの方へ振り返る。


 ――まさか、この女。

 

 振り返ったカンナと目が合ったとき、マサヒロは全てを悟った。

 カンナの意味不明な行動の意味を――。


「あのバカ、念じれば聖剣のような何か強力な武器が天から降ってくると思っているのかあ!?」


 カンナの純真な瞳は、「おかしいよ? 話が違うぞ?」と如実に訴えかけてくる。

「自分が『勇者』判定を受けたから特別な武器や力が授けられると思ったのか……」


 はっきりと現実を教えておこう。

 

 期待してマサヒロの返事を待つカンナに向かって、大きく首を横に振ってみせる。

 予想していない答えだったのか、カンナの綺麗な顔が、驚愕と失望でみるみる青ざめていく。

 信じられないとばかりに頭を左右に振りながら、カンナはゴブリンたちの方へ顔を戻した。


「……」

「……」


 カンナとゴブリンたち。両者は黙って見つめ合う。

 

 ――適正職業が『勇者』のようなレア職業だったのだから、当然自分には特別な武器やイベントが無条件で用意されているだろう。


 こうした勘違いは新米転生者にはよくあることだ。

 よくありすぎて、『転生者あるある百八条』の一つに入れてもいい。……他の百七条はまだ考えていないが。

 まあ、とにかく恥ずかしがるような失敗ではないさ。あんな可愛い女の子の勘違いなんて、微笑ましいものじゃないか。

 人は失敗を重ねて成長していくんだからな。


 ……その失敗が、武装した複数のゴブリンに囲まれている以外の状況で発生したことなら、だけど。


 ――しびれを切らしたゴブリンたちが動き出す。


 


  




 



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