適性『勇者』の正義感
4話目です。
正義感の強い人ってすごいですよね。
マサヒロとカンナのすぐ近くに、緑色のずんぐりした小柄な魔人族――ゴブリンが五匹ほどたむろしている。
マサヒロ自身も頭に血が上ってすぐに気が付かなかったが、ゴブリンたちに聞かれる前に止めることができてよかった。
「勇者だとか、魔人族がどうとか、言うなよ」
カンナから手を放しつつ、マサヒロは忠告する。
黙って頷くカンナ。
初めて間近で見る魔人族の醜悪さに言葉を発することができないようだ。
ゴブリンが一匹こちらを見て、気色の悪い笑みを浮かべている。
女好きの奴らのことだ。カンナのような人間の美少女を見て興奮しているんだろう。
何かがマサヒロの袖をギュッと握ってきた。カンナだ。
袖を握る手と、足が震えている。
当然だ。口では強いことを言っても、異世界から転生してきたばかりの少女なのだ。劣悪な欲望の目に耐えられるわけがない。
「大丈夫だ。なにもしていない市民に危害を加えることはない」
マサヒロはカンナを安心させるように優しく言う。
すると、ゴブリンたちの群れにさらに二匹のゴブリンが近付いてくる。何かを引きずっているようだ。ゴブリンたちがニヤニヤしている。だんだんと周りに人も集まってきた。
「あっ……」
引きずられているものが何か見えてきたとき、隣でカンナが声にならない悲鳴をあげるのが聞こえた。
十二歳くらいの少女だった。
犬耳と尻尾が生えていることから亜人族の女の子だと思われる。
声を出せないよう口に猿ぐつわを噛ませられているが、目に涙をためて連れて行かれまいと必死に抵抗している。
だが、幼い少女の力でゴブリン二匹の力にはかなわずに引きずられている。
「あれって……」
カンナが口を開くが、あまりのショックな光景に続く言葉が見つからないようだ。
「かわいそうに……」
「あの子の親はこの間亡くなったばかりよね」
「その親にお金を貸してた金貸しが、借金回収のためにあの子をゴブリンたちに売り払ったみたいよ」
「犬耳族の子は発育が早いし従順だからな」
周囲の大人たちの噂話が耳に入ってくる。
とても不愉快な気分だ。
早くここを離れるべく隣のカンナを見ると、いつの間にか震えが止まったようで、まっすぐにゴブリンたちを見る目に熱い炎が宿っているように感じる。
これはまずい兆候だ。
短い付き合いだが、そのくらいは女心に疎いマサヒロにも理解できた。
「おい。変なことは考えるなよ」
強い意志を宿したカンナの目がこちらに向く。
「変なことってなんのことですか。無理やり連れて行かれている幼い少女を助けようとしない周りの大人にキレることですか」
こいつ本気だ。
「そのくらいならまだいいが。……あの子を自分で助けようなんて間違っても考えるなよ」
「なんでっ……」
抗議するカンナを手で制す。
「おまえがあのゴブリンたちに立ち向かっても返り討ちにされるだけだ。……いやそれならまだマシだ。正義感の強い勘違い女が死ぬだけで済むならな」
カンナの可愛い顔が怒りで紅潮してくるの無視して続ける。
「だが、それだけではきっと済まない。あのゴブリンたちが怒って暴れ出したら、この周辺の人たちに危害が及ぶ可能性がある。あいつらは魔人族の中でも知能が低く、一度暴れ出したら本能に従って歯止めがきかなくなるぞ」
「……じゃあどうしたらいいんですか。あの女の子をこのまま放っておくんですか」
マサヒロの言いたいことが伝わったのか、カンナが冷静さを取り戻してきた。
「放っておくわけがないだろう。俺だってあんなの見せられて胸クソが悪い」
マサヒロにはあのゴブリンたちが正規の手続きを踏んでいないように思えた。
通常借金のかたに亜人族を労働力等の用途で売買する際は、管轄官庁の立ち会いのもとで行われなければならないが、周囲にはそれらしい役人の姿はないからだ。
「あのゴブリンたちは金貸しとの勝手な売買契約で、あの子を購入したんだろう。だったら保安局に通報して少女を保護してもらえばいい。」
マサヒロの説明にカンナは納得したのかわからないが、黙って何も言わない。おそらく亜人族を売買するという制度にも嫌悪感があり、無言で抗議しているのだろう。
「とにかく保安局に連絡するために、近くの駐在所を探してくる」
駐在所を探そうと、背を向けたときだった。
ゴスッ。
鈍い音が響く。
周囲の人が声にならない悲鳴をあげる。
振り返ると、ゴブリンが抵抗する少女の顔面を殴りつけたということがわかった。
ということは。
「おい!」
マサヒロの制止は遅く、転生してきたばかりの適性職業『勇者』判定の少女は走り出していた。
カンナはゴブリンの前に仁王立ちすると、絶叫した。
「あなたたち! その子を放しなさい!」
――マサヒロの平穏な公務員人生は終わるかもしれない。
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