帰り道
昼は急ぎだったが、帰りはそうでもない。
なので普通に帰ることにした。
ナオとは喫茶店で別れたが、電車の時間はまだある。
しばらく街の中を歩くことにした。
そして気付いた。
この街には…あの神社があることを。
私はあの神社に向かった。
駅から歩いて30分。
そこは住宅街になっており、いたって静かな場所だ。
だが…。
向かいから、一人の女の子が歩いてくる。
彼女は私に気付くと、頭を下げてきた。
「こんにちは。今日はどうしたんです?」
彼女の影が、ぐにゃっと動いた。
そして二つの赤い光が、私に向かう。
二つの、赤い目が。
「カウ」
彼女が声をかけると、影は地面から離れた。
そして見る間に一匹の犬となる。
―犬神だ。
「カウ、と言うのか? その犬神」
「はい。生前から呼んでいました」
彼女はあくまでも淡々と話す。
素っ気無いしゃべり方だが、しゃべるだけ良い方だ。
「何か変わったことは起きていないか?」
尋ねると、彼女は首を傾げた。
「いえ、特には…。何か起こりそうなんですか?」
「ちょっとな。騒がしくなるかもしれない」
そう言いつつ、私はバックからナオから受け取った紙袋を取り出した。
「何かあれば、この紙に書いてくれ。折鶴の折り方は知っているか?」
「はい、知っています」
「なら用件を書いた後、折ってくれ。そうすれば折鶴は私の元へ届く」
「それならばメールや電話の方が早いのでは?」
「…そうなると私と接点を持つようになるが、それでも構わないか?」
彼女は目を細め、少し考えた。
「…構いません。カウとのことを、邪魔するような人じゃないでしょう? あなたは」
これはまた、痛いところを突かれたな。
肩を竦め、私は自分のケータイを取り出した。
「なら、頼む。ああ、自己紹介がまだだったな。私はマカ。高校三年生だ」
彼女もポケットからケータイを取り出した。
「わたしはクイナと申します。高校一年生です」
そして私達は赤外線で、お互いの情報を交換し合った。
「ああ、でも一応持っておいてくれ」
私は橙色の折り紙を1枚、彼女に差し出した。
「鶴は速さの象徴になっている。だから緊急の時は『気』を込めて空に投げれば、近くにいる私の同属がクイナを助けてくれる」
「わたしにはカウがいるんですけど…まあ貰っておきます」
肩をすくめたが、折り紙を受け取ってくれた。
「それじゃあ、くれぐれも注意してくれ。相手は強い」
クイナはきょとんと、目を軽く見開いた。
「マカさん…よりも?」
思いがけない言葉に、私は苦笑するしかなかった。
「今のところは、な。だから用心してほしい」
「…分かりました。気をつけます」
「ああ、じゃあな」
そこでクイナとは別れた。
彼女は本来ならば、私のような者とは縁が無い、普通の少女のハズだった。
十年前、彼女に犬神の知恵を誰かが与えなければ―。
十年前、あの神社に所用があって、私は行った。
ところがすでに先客がいた。
当時まだ6歳ぐらいだったクイナだ。
彼女はまだ幼いながらも、その目に憎しみの炎を宿していた。
そして土道の一部を、強く踏んでいた。
そこから湧き上がる黒い気配に、私はすぐに気付いた。
だから彼女の記憶を、犬神に関する記憶を消したハズ―だった。
しかし当時、まだ力の使い方を良く知らなかった私の力は次第に弱くなり、逆に犬神の力は増していった。
やがては封印を破り、クイナは犬神使いとなってしまった。
それが良いことなのか悪いことなのか…今の私には何とも言えない。
駅が見える所に来て、私はケータイで時間を見た。
…もう少しだけ、時間がある。
私は駅ビルの中の本屋に入ることにした。
適当に本を選び、出ようとしたところで声をかけられた。
「アレ? マカさん」
「マカさん、こんにちは」
「キシとアオイ。2人してこんな所でどうした?」
20歳のキシと11歳のアオイの組み合わせは珍しい。
…いつも彼女であるヒミカ、そしてルナがセットなのに。
「今日はお互いに恋人への贈り物を買いに来たんですよ。ここは流行最先端の物が多いですから」
「キシさんに車で連れて来てもらったんです。目的が同じですから」
…2人の笑顔が眩しい。
「ああ、クリスマスプレゼントか。悪いな、当日がムリで」
「ヒミカからちゃんと聞いていますよ。実家の用事ならば、仕方ありません。ボクも実家に帰らなければなりませんし」
「ボクもルナから聞きました。ボクも本家に呼び出されていますから」
アオイの本家…。
思わず表情が強張る。
そんな私の顔を見て、アオイは苦笑した。
「まあマカさん達のことが話題に出ると思いますが、それとなく逸らしておきますね」
「…すまないな。どうもあの一族は苦手で…」
何かと同属を手にしようとする、強い支配力を持つアオイの一族。
いろんな意味で、苦手だ。
「あっ、そうだ。マカさんに聞きたいことがあったんです」
アオイは急に真剣な顔で、私を見つめてきた。
「何だ?」
「来年のバレンタインは、ご実家で呼び出しとかはないですか?」
がくっと膝の力が抜けた。
「あっ、それはボクも聞きたかったことです! マカさん、どうなんですか?」
キシまで熱くなった。
「…はぁ。その日は大丈夫だ。安心してくれ」
「ホントですか!」
「良かったです」
「ただし!」
私は表情と共に、険しくなった。
「何もなければ、な」
その言葉に、2人の表情が一気に固まった。
「何もなければ、平穏・無事に過ごせるさ。そうなるよう、正月参りで祈って来い」
手をヒラヒラ振りながら、私はその場を去った。
そろそろ電車の時間だった。
電車に乗り込むと、これまた知った顔を見つけた。
「カルマ。久し振りだな」
「マカ! 珍しいですね、こんな所で会うなんて」
二つ年下で、高校1年生のカルマだ。
今時の男子高校生とは思えないぐらい、物腰が柔らかい。
「ちょっと私用でな。お前は?」
私はカルマの向かいの席に座った。
「ボクはこれから父さんと買い物と食事です。午後から仕事が休みになったそうなので」
「お前んとこの父親は、相変わらず親バカだな」
「返す言葉がありません」
そう言って苦笑するも、カルマは分かっている。
父親が自分を溺愛する理由を。
「どこまで行くんだ?」
「えっと…。まだ20分は電車に乗っていますね」
「私は地元に帰るから、40分だ。その間、話相手を頼む」
「喜んで」
カルマが話し相手になってくれたおかげで、20分は楽しく過ごせた。
残りの20分はケータイでメールの返信をしていた。
年末だからか、メールの件数があっという間に2ケタになる。
手を振りながら、二度目の帰還。
ソウマの家に向かう途中、どうも怪しいモノ達が目に付いた。
以前、ハズミとマミヤが使いに出た時に見かけたモノだろうが…まあまだ無害だ。
私には。