昼、街に戻ってきて
ぐったりしている間に、電車の窓から見える景色が、見慣れた街並みになってきた。
降り慣れたホームに立つと、ほっと息が吐けた。
…やっぱりここに安心感を感じる。
実家がある街だし、何より…私の生きている場所だから。
駅から出ると、すぐに見慣れた顔を見つけた。
「おや、マミヤにシヅキ、それにラゴウまで」
「マカ、おはよう」
「いよっ、マカ」
「おはよう、マカ。朝早くから出かけていたのかい?」
三人はそれぞれ大きな紙袋や布袋を持っている。
「ああ、ちょっと私用でな。それよりその荷物、どうしたんだ?」
聞いてすぐ、気付いた。
「うん。…クリスマスパーティーの材料を買いに」
マミヤが苦笑して、紙袋を少し上げて見せた。
「あ~、そうだったか」
「マカ、少しでも顔出せないか? ハズミが心細そうにしていたぞ?」
「…ちょっと難しい問題だな」
「まあ忙しい季節だからね。息抜きとしてでも、来れたらおいで」
「ああ…。まあ時間が出来たらな」
まだ何か言いそうなシヅキを、マミヤとラゴウが押して行った。
…ヤレヤレ。タイミングが悪かったな。
しかし…何でウチの血族は、ハズミに甘いんだ?
だからどんどん調子付くというのに…。
立ち止まっていたせいか、不意に後ろから歩いてきた人にぶつかった。
「あっ、すみません」
「いえ、こちらこそゴメンなさい。立ち止まっていたせいで…」
振り返ると、私服の少年がいた。
私と近い歳ぐらいの少年だ。
これから旅行にでも行くのか、大きな荷物を持っている。
「サマナ、行くぞ」
「ああ、今行く。父さん」
少年が父親と呼んだのは、どこか暗い雰囲気を背負う中年男性。
少年と面影が似ていることから、2人の血縁関係が分かる…が。
この2人、かなり重い血の匂いがする。
とても重く、そして古い。
「それじゃあ」
「あっ、はい」
少年と父親は私に軽く頭を下げ、車に乗り込んだ。
…これから向かう所は、決して楽しい所ではないだろうな。
「さて、私も行くか」
街中は通らず、土手沿いを歩く。
「んっ…?」
しかし何かの存在を感じて、土手に目を向ける。
ほんの一瞬、美しい少女を目にした。
見た目15・16ぐらいの美少女だが…すぐに消えてしまった。
土手は今、草木も枯れ、何の植物の息吹も感じない。
そう、今は…。
いずれ時期になれば、あの土の下から芽生えるのだろう。
美しくも禍々しい―死人花が。
とことこ歩いて行くと、バス亭の前に着いた。
そこでバックから缶コーヒーを取り出し、飲んだ。
…すっかりぬるくなっていた。
間も無く、バスが到着した。
住宅街からも駅からも遠いこのバス亭から、乗客が乗ることはほとんどない。
それもそのハズ。
このバス亭は普通の人間が住む場所からは、隠れて作られたモノ。
だから乗るとすれば、普通ではない人間か、あるいは迷い込んだ人間だけだ。
そのバスに乗り、私は目的地を目指す。
30分ほど揺られると、景色も変わってくる。
山の中を走り、洞窟を通り、再び山の奥深くへ―。
しかし降り立った街は、至って平凡な所。
見た目だけ、はな。
小さな街ながらも、人がいて、賑わっていた。
しかし相変わらず、血の匂いがヒドイ。
まっ、ここはヒミカと同類のモノが棲む街だからな。
しかし街の様子がいつもとは違う。
いつもより活気付いている。
ふと目の前から、一組の家族連れがやって来た。
無表情な父親と、表情豊かな母親。
そして元気な姉と弟の子供たち。
夫婦は子供を間にはさみ込み、一枚のチラシのことについて話をしていた。
「楽しみねぇ、サーカス」
「そうだな。この街に巡業に来るなんて、運が良かった」
「サーカス楽しみぃ♪」
「サーカス、サーカス!」
…一見、幸せそうな家族だが…血の匂いが濃いな。
肉食の家族なのだろう。
人肉を喰らう、肉食家族。
……平凡では決してないな。
その街を通り、私は街外れの駅に向かった。
普通の人間の住む街からよりも、ここから向かった方が早い土地に、用事があるからだ。
そろそろ昼になるが、ここで昼食を買う気は全く無い。
…何が入っているか、分かったもんじゃないからだ。
やがて電車が来て、乗り込む。
今度は3つ先の駅で降りるので、早いものだ。
そろそろ腰が痛くなってきたしな。
降りた所は、普通の人間が住む平凡な都市。
都市としては発展しており、近代化している。
駅ビル1つにしても、大きくて立派だ。
確か待ち合わせは駅ビルの5階にある喫茶店。
ケータイを開き、時間を確認すると良い頃合だ。
案内板を見てから、そのまま喫茶店に向かった。
待ち合わせの場所に着くと、相手は先に待っていた。
「ナオ、久しいな」
声をかけると、待ち合わせをしていた相手・ナオは立ち上がった。
「お久し振りです。マカ」
立ち姿の美しいナオは、私と同級生だが、高校は別。
そして同属である。
私とナオはソファーに腰を下ろした。
「悪いが昼食を食べて良いか? まだなんだ」
「はい、構いません。お代のことは気にしないでくださいね」
弱々しく微笑むナオは、私に借りがあるせいか、少々気落ちしている。
なので解消してやるべく、昼食にステーキセットとパフェを頼んだ。
ステーキセットは牛の300グラムのステーキと、コーンスープにご飯とサラダ。
パフェは大盛りフルーツパフェを選んだ。
注文すると、ほどなくステーキセットが運ばれてきた。
パフェは食後だ。
しかしナオはホットコーヒーしか飲んでいなかった。
「ナオは食わないのか?」
「私は後で構いませんので、お気になさらずに」
「ふぅん…。なら遠慮なく」
私はステーキセットとパフェを見る間に食べた。
食後のコーヒーを飲んで、一息ついた。
「随分お腹が減っていたんですね」
「ああ、朝から出掛けっぱなしだったからな。これからも行くところがあるしな」
「そうですか。なら、コレを」
ナオは正方形の紙包みを差し出した。
中を開けると、それは色とりどりの折り紙だ。
「この前のチェーンメールのお詫びです。ご注文どおりの物を作りました」
「ああ、すまない。これで互いにチャラだな」
「はい、でも…」
ふとナオは表情をくもらせた。
「戦いに、使うおつもりなんでしょう?」
「ん? …まあ、な」
相手が相手なだけに、用意はちゃんとしておきたかった。
だからリンやナオに頼んで、とある物を作ってもらった。
「私が口出すことではないとは分かっています。でも…あまりムリはしないでくださいね? もしお力が必要であれば、私も少なからずご助力いたしますから」
「…ありがとな」
私は苦笑を浮かべた。
ナオにまで心配かけるとはな。
でもそれも仕方無い、か。
何せ相手は…。