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山に入ると、後は獣道しかない。
まるで時が止まったかのように、森の中は静かだ。
しかし私は迷うことなく歩く。
しかし…寒い。
バックから買ったココアの缶を取り出し、飲んだ。
あたたかさと甘さにほっと一息。
これから向かう所は、とても寒いからな。
30分ほど歩いて、私は山の中の古びた社にたどり着いた。
「リン! いるのか?」
社に向かって声をかけると、袴姿の女の子・リンが中からひょっこり姿を現した。
「マカ先輩! お久し振りです」
リンと共に、この山の神々であるコムラとミトリが出てきた。
「約束の物は用意できたか?」
「もちろん! はい、コレをどうぞ。父からです」
リンはそう言って、大事そうに抱えていた物を私に差し出した。
私は受け取り、表面の紙を丁寧に外して、中身を確認した。
―丸い鏡―
一転の曇りもない、美しい鏡だ。
手のひらサイズで、装飾は銀。派手ではないものの、細かくて、キレイだ。
そして―強い力が込められている。
「…確かに、注文通りだな」
「ええ。おかげで父は疲れて、眠っちゃいました」
困ったというように、リンは肩を竦めた。
彼女は私の学校の後輩だった。
でもコムラに恋をし、そしてこの山神の子孫であることから、学校を転校し、ここへ引っ越した。
リンの言う「父」とは実父のことではなく、山の主のことだ。
今では神々と人間の橋渡し役を頑張っている。
…その頑張りを、血族共にも見習わせたい!
「マカ、そっちはどう?」
コムラに声をかけられ、現実に戻る。
「まあまあ順調だな。そっちは慌しいみたいだな」
「そうね。でもまた人間達に触れ合うことができて、ちょっと嬉しいかも」
ミトリがはにかみながら言う。
リンの動きは大したものだ。
頑なだった神々と、人間の心を通い合わせているんだから。
…そのうち、何か礼をしなければな。
この頼み物も、リンがいたからできたことだし…。
「…とと、あんまりゆっくりは出来ないんだった」
慌てて鏡を包み、バックに入れる。
「リン、コムラ、ミトリ。悪いが今日はここまでな。礼はまた後日、ゆっくりたっぷりするから」
「分かったわ」
「気を付けて帰りなよ」
「また遊びに来てね!」
笑顔の三人と別れ、私は山を下りた。
今日は予定がつまっている。
ゆっくりは出来ないのが、少しさみしいな。
しかし電車の時間が迫っていた。
少し急ぎ足で山を下りる。
山の冷たくも清浄な空気が体に満ち、少し浄化されたようだ。
…ここんとこ、疲れていたからな。