新たな場所
バスで行ける所に、その現場はあった。
バスから一歩降りると、見渡す限りの山々。
足元にはウサギが駆け寄ってきた。
真っ白な体に、真っ赤な両目のウサギだ。
ウサギは視線で、バス停の隣に設置された無人の野菜売り場をさした。
…買ってくれってか?
こんな真冬でも、野菜は売っていた。
ウサギの懸命な視線に負けて、ニンジンを一山買った。
3本で100円か。まあ安い方かな。
「ホレ、食え」
1本をウサギに差し出すと、喜んでカリカリ食べ始めた。
1本を食べ終えたところで、また1本差し出す。
食べている姿がおもしろくて、3本一気に食べさせてしまった。
…まあ野菜だし、大丈夫だろう。
「さてと…」
行かなくてはな。
しかし靴に何かが乗っかった。
…ウサギだ。
真っ赤な目で私を見上げている。
「…ここに行きたいんだが、分かるか?」
私はポケットからメモを取り出し、ウサギに見せる。
ウサギはじっと見つめた後、動き出した。
私はウサギの後を追った。
ウサギは山の中を歩き、山道をちゃんと歩く。
そしてしばらく歩くと、山の中に村を見つけた。
ウサギは通りすがりの村人の足に蹴りを入れた。
「あいてっ! 何すんだ、このバカウサギ!」
「あ~、許してやってくれ。案内役を頼んだのは私だ」
私が声をかけると、村人はぎょっとした。
「あっアンタは?」
「この村でつい最近、2人の若者が消えたと聞いてな。詳しいことを知りたい」
村人は目を大きく見開いた。
そして挙動不審げに首を回す。
「…ああ、安心しろ。私は警察じゃない」
ぴたっと村人の首の動きが止まった。
この村は匂うからな。
いや、このウサギもだな。
血と死臭の匂いが、村やウサギから溢れ出ている。
恐らく何人かの人間が、食い殺されたんだろう。
だが私の関わることではない。
「私はただ単に、消えた時のことを知りたいだけだ。この村に深入りする気は無い」
それでも村人は口を開こうとしない。
「どうしました?」
村の奥から、美青年が出てきた。
私を見ると、軽く頭を下げる。
青年に村人は小声で話しかけた。
すると僅かに青年の表情に陰りが差す。
「あの2人のことを…。そうですか。僕からご説明しましょう」
青年はそう言って、近付いてきた。
「とりあえず場所を変えませんか? ここではちょっと…」
「ああ、構わん」
私は青年に連れられ、村はずれの湖に来た。
「…消えた二人は僕の友達でした。でも…」
「消えた二人に特別な力があった、だろう?」
先に言うと、青年の目が丸くなった。
「よくご存知で…」
「まあ職業柄な。それより消えた時のことを聞きたいんだが」
「ああ、そうでしたね」
青年は深く息を吐き、湖を見つめた。
「一人目は霊能力がある16歳の少年でした。我が村では青年団という存在がありまして、夜には巡回に出ていました。彼もまた、青年団に入っていたのですが…」
そこまで言って、顔を上げ、沈みゆく太陽を見つめた。
「あの晩は月が出ていませんでした。真っ暗闇の中をランプを持ちながら巡回していました。巡回と言っても、村の外側を一回りするだけだったんです。なのに…」
ぎゅっと唇を噛み締めた。
「少年はランプの火が一瞬消えた隙に、消えてしまいました」
「消えた? …正確には?」
「言葉通りです。残念ながら…」
そう言って首を横に振る。
「3人一組での巡回でした。僕も一緒にいたんです。ですが…あの時、風もないのにロウソクの火は消えて…。再びマッチで付けた時には、彼はいませんでした」
その後、いくら捜しても彼は見つからなかったと…。
「ふむ…。二人目はどうだ? 確か未来予知者だったんだろう? 先に何か感じていなかったか?」
「二人目はまだ15歳の女の子でした。母親と外から家の中に入る前、暗い森の中で何かを感じたらしく、中に入った後、見つからなくなりました」
青年は視線を私に向けた。
「確かに彼女は未来予知をする力を持つ人でした。でもあくまでもそれは予知夢でして、とっさのことはムリだったでしょう」
「自分の身の危険も見なかったのか?」
「彼女は残念ながら、自分に関する予知夢は見られなかったようなので…」
なるほど。
まあ、ままあることだ。
自己防衛の為か、未来予知者は自分の未来を視ることはできない者が多い。
彼女もまた、そういうタイプだったのだろう。
「2人とも、まるで闇に飲み込まれたようでした。音も気配も無く、いなくなってしまいましたから…」
ソウマの報告では『影』と言っていたが…。
まっ、この場合、同じ意味だろうな。
『影』も『闇』の一部だから。
「その後、いくら捜しても二人は見つからず、諦め始めています」
「そうか。状況は良く分かった」
私は青年に肩を竦めて見せた。
「ちなみにその前に、村に何か起こらなかった?」
「…いえ、特には…。あっ、でも…」
青年は何かを思い出したように、眉をしかめた。
「数日前から、この湖で若い青年をよく見かけるという報告が入っています。この二日間はありませんが…」
「若い青年? …どういうカンジのだ?」
「顔は分からなかったらしいです。何でも黒いズボンと黒いコートを着ていて、その上フードをかぶって顔を隠していたらしいですから」
黒尽くめの服装に、顔を隠す仕種…。
そして『闇』を使う者。
―間違いない。マノンだ。
アイツがここで動いたんだろう。
「そうですね…。彼なら、暗い闇の中でも自由に動けるでしょう」
青年の言葉に驚いて、顔を上げた。
すると青年は苦笑した。
「まっ、今では全てが遅いことだと思います」
「…そうだな」
足元のウサギが、じっと私を見上げていた。
「ん? どうした? もうニンジンはないぞ?」
屈んで赤い目を見る。
「そう言えばそのウサギ、今のあなたを見ているように、黒尽くめの人を見ていましたね」
青年の言葉に、私は眼を見開いた。
…なるほど。
このウサギが私に懐くわけだ。
私はウサギを一撫でして、立ち上がった。
「いろいろ聞かせてくれてありがとう。まあもうないとは思うが、くれぐれも暗闇には気をつけて」
「分かりました。お送りしましょうか?」
「いや、私は1人でも平気な者なんでな」
青年に軽く手を振り、私はその村から出た。
村人は最後まで、私を胡散臭そうに見ていた。
…恐らく何らかの勘が働いているんだろう。
そしてその勘は正しい。
私は人間では無く、闇のモノなのだから―。