夕方、帰還
しかし街中を歩いていると、前から来た人物に意識が向いた。
楽しそうに、2人の女の子を両脇にはさまれながら歩いてくる美少女。
美しい銀色の長い髪に、深海のような深い色の瞳。
しかし私と美少女は何も言わずに通り過ぎる。
―美少女の口元には一瞬、イヤな笑みが浮かんだが…。
ソウマの店に行くと、一人の少女と入り口ですれ違った。
具合が悪そうで、顔面蒼白だ。
胸元を押さえながら、ソウマの店から出てきた。
「…珍しいな。客が来ていたのか」
「ええ、まあ。お帰りなさい、マカ」
「おっ、マカ! いらっしゃい!」
「マカ、いらっしゃい」
ソウマ・ハズミ・マミヤが出迎えてくれた。
「ブランデー入りココアを頼む」
「マカ…。ここは小物屋兼喫茶店ではないのですが…」
「外は寒かったんだ。良いから、作れ」
「あっ、じゃあオレが作ってくるよ」
ハズミは笑顔で奥に引っ込んだ。
ハズミは意外と手先が器用で、細かい作業や料理が上手だ。
だから安心して任せて、私は店内を見た。
「で、さっきの少女は何を買ったんだ?」
か弱そうに見えたが、多分女子高校生だろう。
「それは企業秘密です。それよりマカ、オススメしたい商品があるのですが」
「私に? 新作の確認か?」
「いえ、個人的にですよ」
ソウマが手招きをするので、私はそこへ向かった。
ソウマが示した棚には、新色の毛糸が山積みされていた。
「今年の新作であり、新色です。水濡れせず、また破れたり、千切れたりしません。丈夫な毛糸でして、織物にして身にまとうと、防御力が上がります」
「防御…言い方はアレだが、まあ意味は分かる」
私は近くにあったオレンジ色の毛糸を手に取った。
…ハズミに似合いそうだな。
「マカ、冬になると必ず編み物をするでしょう?」
「まあな。ストレス解消にもなるし」
結構凝った物ができれば、素直に嬉しい。
ミナに毎年プレゼントしているが、スゴク喜んでくれるし。
「普通の人間にも害はありません。カエデも買っていきましたしね」
「…ああ。このマフラーと同じ毛糸か」
ワインレッドのマフラーの色は、確かに棚にある毛糸と同じ色・そして手触りをしていた。
「フム。いくつか買っていくか」
ミナにカーディガンでも編むか。
それにいくつか買って、いろいろ編んでみるか。
選んだのを次々とマミヤに渡すと、紙袋いっぱいになった。
「マカ、編み物が趣味なのか?」
「冬限定だけどな。気晴らしには良いんだ」
「マカらしい理由だ」
マミヤは苦笑しながら紙袋を渡してくれた。
「お待たせ! マカ、できたよ」
「ああ、テーブルに置いてくれ」
ハズミはココアとクッキーを持ってきてくれた。
「クッキーはマミヤお手製。ジンジャークッキーだよ」
「季節ならではだな。ありがたく頂く」
マミヤに微笑みかけると、笑顔で頷かれた。
美味いココアとクッキーを味わっている途中で、気付いた。
「あっ、そうだ。頼まれた物、持って来たぞ」
バッグから鏡を取り出し、ソウマに見せる。
「ああ、待っていましたよ」
ソウマは早足で近付き、鏡を受け取った。
そして角度を変え、真剣に鏡を見つめる。
「―はい、確かに。お礼は後程ということで」
「ああ。奮発してやれよ。主はコレを作った後、疲れて眠ってしまったようだからな」
「分かりました」
ソウマは鏡を持って、店の奥へ行った。
するとハズミが近寄ってきた。
「アレ、ウチの新作?」
「いや。ソウマ個人の頼み物だ」
「へぇ、珍しいな。でもマカが取りに行ったんだ」
「私でなきゃ、取りに行けない所だったんだ」
「へ~。マカも大変だなぁ」
「ちゃんと礼は貰うから良いのさ」
そして肩を竦める。
しかしソウマは険しい表情で、店内に戻って来た。
「マカ、ちょっと良いですか?」
いつも柔和な態度しか取らないソウマにしては、珍しく少し焦っている。
私はハズミと視線を合わせ、すぐさま立ち上がった。
「どうした?」
するとソウマは奥の方へ手招きした。
ハズミとマミヤに聞かれたくない話ということか…。
「今、連絡が入りましてね。とある地域で、『力』を持つ人間が突如行方不明になっているそうです」
「何だと?」
あくまでも小声で、問い返す。
「失踪者は突然消えてしまったようです。ウワサですが、影に覆い隠されてしまったとのことで…」
「影…」
私の脳裏に、双子の弟の姿が浮かんだ。
「まさかと思いまして…」
「そうか…。場所は?」
ソウマは真剣な表情で、小さな紙切れを差し出した。
「2日前になりますが、2人ほど消えてしまったようです。1人は霊能力者、もう1人は未来予知者として地元では有名だったようです」
今度は能力者を喰らったのか…。あの愚弟は。
確かに普通の人間よりも、能力者の方が栄養にはなるな。
「同属を狙わないのは、私に勘付かれない為か。変なところで知恵が回るのは、母親譲りだな」
チッと舌打ちすると、ソウマは苦笑した。
私は紙を受け取り、広げた。
「…ここから20分程度か」
「行ってみます?」
「もう遅いかもしれんがな。手がかりくらいは見つけられるかもしれん」
紙をコートのポケットに突っ込んだ。
「悪いが毛糸は私のマンションに届けておいてくれ。今日はメイド達が来ているから、カエデにでも渡してくれ」
「分かりました。お気をつけて」
店内に出ると、空気を感じ取ったのか、ハズミとマミヤは真剣な表情をしていた。
「悪いが急用ができた。また今度な」
「うん…」
「またな」
そのまま駆け足で現場へ向かった。




