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王城の底

 馬車はディアナが景色を眺める暇もなく王城に着き、先程と同じように召使いにマントで押されながら、ディアナはアルスの待つ大広間に連れていかれた。


「皇太子レーン殿下の、おなーりー!」


 奇妙な抑揚よくようの掛け声とともに大広間の扉が開けられる。大広間の様子は、絵本で見た大聖堂によく似ていた。ステンドグラスと天井や壁に所狭しと描かれた壁画。ミサの参列者の代わりに貴族たち。部屋の真ん中に一筋赤い絨毯じゅうたんが引かれているのは大聖堂と一緒。入り口から続く赤い絨毯がみがき上げられた白大理石の階段付きの台を終着点にしているのも一緒。違うのは、台の上には祭壇さいだんではなく、金色のゴテゴテと宝石で飾られた玉座ぎょくざがあり、そこに栗色の髪をした、いかにも粗野そやそうな顔をした男が座っている、という事だった。ノミで乱雑にられた様な顔がにやりとゆがんだ。ディアナは本能的に嫌悪感をもよおした。


「よく来たな、我が息子よ。近う寄れ」


 作法通りに一礼し、ディアナは敷居をまたぐ。その瞬間、貴族たちの視線が自分に集中するのをディアナは感じた。貴族たちは自分を品定めしている! まるで鳥狂いたちの集まりで、各々の鳥に対してケチをつけあうように。

 ディアナはその場から逃げ出したくなったが、ブレナンに言われたことを思い出して必死に足を前に出した。私は、生きていきたいなら、レーンとしてふるまうしかない。王をだますのは大罪だ。バレたら、殺されてしまう。鉛に変わってしまったかのように重い体で一歩進むごとに、森を風が吹き抜けるかのように、密やかなささやき声が大広間に広がっていく。


「前王に息子があらせられれば、その方が王位を継ぐはずだったのに」


「全くだ。アルス殿は、これまで王位継承権がある者らしからぬ振る舞いしかしておらぬ。王の器にふさわしいとは考えられぬ」


「女遊びとか部下を連れて暴れたり、好き勝手をしてきた放蕩ほうとう者だ」


「この国はいったいどうなることやら」


「臣下たる我らが導けばよい。その分の対価は払ってもらうが」


「そのような男の息子だ。聞けば、ずっと森の中で育ってきたというではないか。人間の作法を解さぬ猿だろうよ」


馬子まごにも衣装、とはよく言ったものだ。召使いも着飾らせればそれなりの身分の者に見える。猿にだって、最上級の衣装を着せれば王子に見えるさ」


「召使いと言えば、レーン様の母親は召使いではないか。礼儀など知るはずがない」


 絨毯の両側から聞こえてくるのは、一応声を低めてはいるものの、皇太子に聞かせようとしている間違いない悪口であった。ナオミの、自分の思い通りにディアナが行動しなかったことに対する不満をぶつけてくる、烈火れっかのようなヒステリーなら慣れっこだ。しかし、貴族たちの氷のような悪意だらけの鋭い目は、ディアナにとって未経験のものだった。貴族たちは、私を嫌い、侮り、傷つけようとしているのだ。ディアナは震えあがった。

 それでもディアナは確実に歩み続け、玉座の置かれた大理石の段のすぐ下にたどり着いていた。

 ブレナンに教えられた儀礼に従ってディアナは膝を折り、敬意を示すために頭を下げ、長々しい正式な挨拶あいさつの字句を言い間違えないように気をつけながら、できるだけ低い声で言い切った。先程とは打って変わり、感嘆かんたんの声があちこちで上がる。


「立派な挨拶だ。あの放蕩者の息子とは思えぬ」


「母親がよいのだろう。身分が低いからこそ、貴人をいかに育てるべきかわきまえておるのだ」


 ママじゃない。ブレナン先生よ。ディアナは叫びたかった。ぐっと心を押し殺す。貴族たちの言ったことを信用すると、目の前にいるのは、ルールを無視するひどい男の人らしい。もし自分が女だとバレたら、血が繋がっているけど何をされるか分からない。怒らせて殺されてしまうかもしれないし、命は奪われないが、尊厳そんげんを奪われてしまうかもしれない。


「顔を上げよ、レーン。辺境へんきょうの地でいろいろと不便があっただろう。これからは王都で、思うままに過ごすと良い」


 ――ああ、ここにディアナは、いない。ここにいるのは、レーンだ。死んでしまった、わたしの弟だ。


 ディアナは顔を上げる。下品に笑う父親の顔が目の前にあった。

 ・

 なんとか父親との会見を乗り切ったディアナは、そのまま王城の奥の部屋に案内された。

 ブレナンはめてくれたが、ディアナの気分は沈み込むばかりだった。彼女の不機嫌を感じとり、ブレナンはそそくさと去っていった。

 ひとり取り残された豪奢ごうしゃな部屋の中、ディアナはベッドの上で大声を上げて泣いた。涙と鼻水で、れているかのようになめらかなシーツが本当に水浸しになり、泥のように不快にまとわりつく。

 ひとしきり泣いた後、ディアナは遠い日の事を思い返すかのように大広間の出来事を頭に浮かべた。あの会見で、改めて【ディアナ】が必要とされていないことを突き付けられた。

 こんな国、なくなっちゃえ。みんな死んじゃえ。ディアナはすべてを憎んだ。大好きだったレーンも、大切にしていた標本も、スケッチも、全部なくなってしまった。あげくの果てには、私の名前と存在さえも消されてしまいそうなのだ。みんなが私を要らないというなら、私もみんなが要らない。みんな消えちゃえ!

 だがどうやって。そうだ。ブレナン先生が言っていた。王城の下には、悪魔が封印されてるって。悪魔なら、全部壊せるだろう。

 ディアナは涙をぬぐい、靴を履き直す。適当な召使いに案内させて、ディアナは王城地下の悪魔が封印されていると言われる部屋へと向かった。

 悪魔が封印されている部屋には王族以外入ってはならない。召使を帰らせ、ディアナは黒い三つのおうぎまるく並べたような模様が刻まれた扉を押し開けた。カンテラの明かりで照らすと、扉の向こう側には灰色の階段が地の底の暗闇へ向かって伸びていた。見たことの無い石だった。

 ディアナは本能的な恐怖を覚えた。でも、悪魔を開放すれば、私を要らないという世界にものを見せてやれるんだ。憎しみを燃え立たせ、ディアナは地の底へ向かって一歩踏み出した。


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