絹の娘
王アルス直々の催しで、セリカはディアナの付き添いとして絹について奏上させられることになった。
「似合う?」
今日のセリカが身にまとうのは、絹でできた純白のドレスである。
火傷を負っている右目は、これまた絹の眼帯で覆っている。
「素敵だよ。セリカといえば黒だったけど、白も黒髪に映えていいよ」
「ありがとう」
「セリカ、今聞かないとそんな余裕はなくなるから聞くけどさ、どうして消えちゃったの?」
「わからないわ。仮説ならあるんだけど……」
「なに?」
「私の顔が痛みはじめた、ってことは、私の体の感覚が戻ってきたせいで、ディアナに取り付いていた私が本来の体に戻り始めたんじゃないかしら。ほかの人でも同じことが起きるかどうか確かめてからじゃないと、確かなことは言えないけど」
「そっか。あと、元娼婦たちのことどう紹介しよう?」
「確かに、元娼婦って呼ぶのまだるっこしいわね」
「じゃあ、レミーが言っていた絹の娘、っていうのはどう?」
「わかりやすいわね。採用!」
「じゃあ、行こう!」
二人は呼吸を整えて、控室から踏み出した。
「皇太子レーン殿下の、おなーりー!」
奇妙な抑揚の掛け声とともに大広間の扉が開けられる。大広間の様子は、絵本で見た大聖堂によく似ていた。ステンドグラスと天井や壁に所狭しと描かれた壁画。ミサの参列者の代わりに貴族たち。部屋の真ん中に一筋赤い絨毯が引かれているのは大聖堂と一緒。
入り口から続く赤い絨毯が磨き上げられた白大理石の階段付きの台を終着点にしているのも一緒。
違うのは、台の上には祭壇ではなく、金色のゴテゴテと宝石で飾られた玉座があり、そこに栗色の髪をした、いかにも粗野そうな顔をした男が座っている、という事。
「女がここに来るとは」
「やはりあの皇太子も、女好きということは父親と変わりなかったか」
聞えよがしの悪口が聞こえるのも、前に一度来た時と変わらない。
国王の前で正式な挨拶を行い、頭を下げる。
「挨拶はまともなようだ」
「だが女がまともに話せるものか」
悪口はやまない。
「面を上げよ。絹について話せ」
国王アルスの好色な視線に、冷ややかな貴族たち。ディアナは心臓が止まりそうだった。
それでも、セリカは優雅にスカートをつまんでみせる完璧なカーテシーで彼らを黙らせた。
「このような場にお呼び頂き、大変光栄でございます。今日は、神が王家に絹を授け、それがいかなる奇跡によって絹の娘たちを救済したのか、わたくしが神の御意志の不思議を語りましょう」
セリカは堂々とスピーチした。
ブレナンの助言通り、セリカがディアナにした助言をすべて神託として語り上げ、そしてそれは天使の血筋だからこそ起きたものであり、教会を否定するものではないと厳選された言葉で述べるため、セリカを異端として処刑するとそれがそのまま教会による王家への不敬罪になり、教会が王家に処刑されるという絶妙なバランスを取っていた。
あまりの見事さに、誰一人ヤジを飛ばすこともなく、大広間にはセリカの声だけが響いていた。
「特に蚕を発見し直して育てた、『ディアナ』に対する謝辞抜きには、この奇跡は語れません」
「私は1を10にし、元娼婦の娘たちは10を100にしましたが、レーン王子の妹たるディアナ、彼女が0を1にしてくれなければここまでたどり着くことはできませんでした。彼女は正に絹の娘。ここにいらっしゃる皆様、この絹を評価してくださるならどうか……『ディアナ』の名前を心に刻んで下さい」
セリカの結びの言葉に、ディアナは、目頭が熱くなるのを抑えられなかった。
一方、皇太子派の人間には、緊張が走った。
「なぜ、あの女がディアナのことを知っている?」
「もしや……まさか」
「そうならば、早く口をふさがねば」
「やめろ。パルタス殿が教会の宝物庫の管理責任を問われてお取り潰しにあったばかりだぞ。表向きには反皇太子派の犯行とされて、ならず者とつながりがあった貴族が処罰されたが、どうもパルタス殿は皇太子の不興を買っていたらしい」
「あの女が何者であったとしても、下手に手を出せば皇太子による報復があると?」
「間違いない。裏社会で皇太子から下賜された絹が出回っているとか」
セリカのスピーチは、ディアナの男装を知ってる人間にとっては「わしゃ王子の正体を知っているという脅しにも等しい。
特にナオミの眼が尋常なものではない。
自分の子供に向けるとものではない憎しみの視線に対して、ディアナはにっこりと満面の笑みを向けた。
「この者が申したように、神の子孫として、私はすべての人間に恵みを与えようと考えております。神は慈悲深い。体を売らなければならない、最もいやしいとされた娘たちが徳を積むために、神は絹を紡ぐことをお与えになった。教会には女が入ってはならないというが、このように神は世界を変えようとなさっている。私は絹の娘として、神の意志を代行する」
高らかに宣言したディアナの姿は、のちの歴史家により、新グレートブリテン王国最初の女王が公式に自分の性別を明らかにした場面として長く語り継がれることとなる。
(第三部に続く)




